第3話


「人の善意をくみ取らないね、君も」


 毎年引かれる二本の傷痕は、あの日を境に一本となった。一年は続くだろう。二年は行くか。三年はそろそろ諦める。四年は、もうない。


「よくもまあ続いたものだ」


 女の予想を裏切るのは、引かれ続けた十本の線。どれもまだ、女が最後に引いた線を越えてはいなかった。


「さて……どうしたものか。大木よ、桜の木よ、あなたはどう思う」


 思うことなどただ一つ、そろそろ古傷が痒くなってきた。それを伝える術がない大木には、葉を揺らすことしかできなかった。


「そうか、トドメを差せと言うんだね」


 言っていない。


「確かにあなたの言う通りだ」


 もう一度言う。言っていない。


「彼がいい男なのは知っているさ。だからこそ、縛るわけにはいかないのさ。縛られるわけにはいかないのさ」


 女が笑う。


「残念だけど、この十年で私はまた3㎝ばかし背が伸びたんだ」


 女は泣く。


「さよなら」


 春を終え、夏を迎えるために。

 女は、線を引いた。

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