ハードボイルドごっこ

霜月かつろう

まねっこ

「嬢ちゃん。いったいどういうつもりなんだ」


 吸っていたタバコを灰皿に押し付けると突然の訪問者に向かってそう声を掛けた。


 見慣れない格好をしている嬢ちゃんはそれを聞いて得意げにその場でくるりと回ってみせた。


 どうやらその格好を自慢したいらしい。


 いつもは内面と違っておしとやかな服を着ていることが多いのに。今日は違ったのだ。


「別に。依頼に必要だから着てきただけよ」

「そんな依頼あったっけか」


 頭の中を必死に探し回るけれど、あいにくそのような依頼を受けた記憶はない。


「ええ。これからくるの。依頼主の好みに合わせてみたわ。扉を開けたらこう言ってあげるのよ。おいおい。ここは嬢ちゃんが来るような場所じゃないぜってね」


 確かにこんな怪しげな探偵事務所にわざわざ足を運ぶ連中なんてそんな扱いでいいとは思っているが。


 相手が嬢ちゃん想定なのはなぜだ。嬢ちゃんはそもそもお前さんだろうに。


「あー。そういう遊びが流行ってるのか」

「そうね。探偵さんが言うハードボイルドを体現してみたのだけれど。流行りに見えるのならそれは自信過剰が過ぎる」


 中身はいつもの嬢ちゃんでホッとしているが。サングラスに黒いスーツ。ネクタイまできちんと締めているその姿はハードボイルドとはかけ離れた存在に見える。


 誰にも言えないが間違いなく不釣り合いなその姿は可愛いと言えるだろう。


 それにしても、その格好は俺を真似たものなのか。それは随分とむずかゆいことだ。


「今日、依頼が来るなんて聞いてないんだが。それはだれの手引だ」

「あら。私よ。昨日困っている女の子がいたから声を掛けておいたの。昼過ぎにここを尋ねるときっと助けてくれるって。もちろん破格の値段でね」


 おそろしいことをサラッと言ってのける嬢ちゃんに呆れてもうため息もでない。


 たしかに嬢ちゃんのおかけで依頼は増えた。でも、それに見合った報酬を得ているかと言われれば正直厳しいところだ。


 なぜだか知らないが嬢ちゃんが持ってくる依頼のほとんどが、お金をあまりもっていないであろう、子どもや貧困層が多いのだ。


 主にその内容は探しものだ。それもペットを探してくれというのが本当に増えた。


 ちょっと前まではペットなんて高級すぎて手が届かなかったのに、時代の移り変わりによるものか普及し始めているのもその原因かもしれない。


 おかげであたりが騒がしくなった気がする。この辺りは子どもが少ないことで有名だったのだ。それが子どもが住み着き始めたし、それがペットを連れて歩いているのだ。


「今回もペット探しじゃないだろうな」

「それは全くハードボイルドじゃない依頼。それなら私はこんな格好をしてこない」


 確かにそうだろうけれど。そう言われても説得力がまったくない。だいたいハードボイルドな依頼ってなんだ。


「今日の依頼はこれを使う」


 そう、スーツから取り出したものを見てギョッとする。


「おいおい。そんな物騒なもの取り出してなんだって言うんだ」

「必要だから借りてきたの。似合うと思ったの。それに今回の依頼には必要になりそうだから」


 おいおい。子どもからの依頼がそんなことに発展するわけないだろう。いや、そもそも……。


「それ本物なのか」

「ええ。もちろん」


 嬢ちゃんがどこからそんなものを借りてこれるって言うんだ。いくらなんでも考え過ぎだ。どうせおもちゃかなんかだろう。それにしてはしっかりとしている様に見えるが、きっと気のせいだ。


 コンコン。


 そんなことをしている間に依頼主が訪れたようだ。事務所の扉がノックされた。


「ああ。開いてるぜ。入りな」


 そう言ったのは俺じゃない。嬢ちゃんが俺の真似をしているだけだ。


 だからなのか分からないがこわごわと扉が開いていく。


 それを見ている嬢ちゃんは楽しそうだ。そんな嬢ちゃんを見て、まるで夢のようだと。そう思ってしまう。


「おいおい。ここは嬢ちゃんが来るようなところじゃないぜ」


 台本通りにセリフを読み上げる嬢ちゃんを片目にため息をつく。


 まあ、いいか。付き合ってやろう。サングラスを掛け直すと、消したタバコを口へと運ぶ。窓を空気を入れ替えるために窓を開けるとふわっとした風が事務所に舞い込んできて。少女の髪とネクタイをなびかせる。


 これでバッチリだろ。


 こんな夢なら大歓迎なのだ。と、そうなぜだか自然と思えたんだ

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ハードボイルドごっこ 霜月かつろう @shimotuki_katuro

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