第2話 死ぬはずだった男。

(ここは……どこだ? 俺は、生きているのか??)


 俺は、目を覚ました。だが、身体がいっさい動かせない。

 身体が重く、しびれて動かない。

 かろうじで動く首をもたげて、周囲を見渡す。


 そこは教会に臨時でできた野戦病院だった。

 が、随分と様子が違う。隅々まで掃除が行き届いているのだろう。野戦病院でつきものの、埃っぽい血の匂いがいっさい感じられない。

 かわりに、強烈なアルコール臭がただよっている。


 俺の身体は、全身包帯でぐるぐる巻きにされている。完全な治療が施されているようだ。

 しかし、おかしい。俺が傷を受けたのは脇腹だけだ。なぜ、頭から足の小指の先まで包帯で覆われているんだ??


「おー、どうやら目覚めたようだねぇ? どうだい、生き返った気持ちは」


 女性の声が聞こえる。若い女性の声だ。


(は? だと?)


 俺は声の主を見た。


 白衣を着て、銀の細フレームの眼鏡をちょこんと乗っけた、子供のような体躯の少女は、俺の顔を満足そうにながめている。


「あなたの名前は下僕9號! アタシのために死ぬ気で働きなさい!

 まあ、死にたくても死ねないんだけどね♪」


 は? どう言うことだ? ??


 アンタは、アタシの手で生き返ったの。アタシが履修した遥か東国の術式『反魂はんごんの儀式』でね。


 は? どう言うことだ? 東洋の術式? 『反魂はんごんの儀式』??


 少女は俺に質問するスキを与えぬまま、興奮した口調で話し続ける。


「東洋の術式ってばすごいのよ。死者のこんぱくを切り離すことで、腐敗しない死体を作れるの! しかも! その腐敗しない死体に魂を呼び戻せば、無敵の不死兵団が作れるの!!

 もっとも、雑菌の繁殖には滅法弱いから、まめな掃除とアルコール除菌が必要不可欠なんだけれどー」


 なんだかちっともよくわからないが……とりあえず、俺は本来であれば、あのまま戦場でのたれ死んでいたらしい。

 そして、死んだ俺をこの少女が助けてくれたと言うわけだ。


 つまりは、この少女は、命の恩人ということだ。

 つまりは、この少女に、謝辞のひとつでも述べる必要があるというわけだ。


「ありがとう。俺を救ってくれて」

「お礼なんて良いわよ。それよりも、さっき言ったようにアタシのために死ぬ気で働きなさい! それなりのグレードの衣食住は補償するわよ」

「わかった。では何をすればいい?」

「ズバリ、この戦争の決着! 我が南軍を勝利させることよ!」

「……それは不可能だ」

「む、なんでよ!!」


 やれやれだ。この少女は典型的な学者気質なのだろう。随分と世間にうとい。


「今、国境であるオオバラ平原で戦っている兵の数を見れば明らかだ。

 我が南軍の兵力は2,000。比べて敵さんの兵力は倍の4,000だ。この数的不利をどうやって覆すんだ?」

「簡単。アタシの造った9人の不死兵が戦況を覆す! まずは、一番劣勢の一番隊の救援に向かうわよ!」


 やれやれだ。せっかく命を繋いだのに、世間知らずな少女の命令で、俺は再び最前線に放り込まれるらしい。


 文字どおり命がいくつあっても足りゃしない。やってられるかってんだ。

 俺はとびきりの悪態をつこうとして、今更ながらのことに気がついた。


「お前、名前は?」

「レイニィ! レイニィ・マードックよ」

「レイニィか……いい名前だな。親に感謝することだ。そして今、すぐに! 親元に帰るんだ!!」

「はぁ……だから、さっきからそうするって言ってるじゃない。パパは今、オオバラ平原で陣を張っているわ」

「ちょっと待て、ひょっとしてお前の父親って……」

「アタシのパパは、南軍の最高指揮官、リバー・マードック将軍。

 アタシはそのひとり娘、レイニィ・マードックよ!」

「パパは、アタシの研究の成果を待ち望んでいるわ。すぐにでもこの不死兵団を実戦投入しないと」


 マジかよ……。



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