第1-16話 戦闘開始


「えぇっ!? さっきの男? なんで……」


 集会場の屋根の上に姿を現したライにアルキュスは驚きを隠せない。レギアスの行動から見て屋根の上にいたというのが分かる。


 つまり自分たちの先ほどまでの行動もすべて見られていたということか。なんて悪趣味なのか。自分たちを嘲笑うようなライの行動にアルキュスは怒りを覚える。


「しかし、なぜバレたのでしょうかね? そこにいた誰にも気づかれなかったというのに」


 怒りで震えているアルキュスのことなど気にせず、レギアスに気づかれた原因を推察しながら本人に問いかけるライ。


「俺に二度同じ手段を使いやがって。それで見抜かれないと思っていたならテメエの脳みそはサル以下だ。森に帰って教えでも請うてろ」


 そんな彼にレギアスはきつい口調で答える。するとライはハッとしたような顔を浮かべながら呟く。


「なるほど。見くびっていたわけではありませんがこれほどとは……」


 レギアスの実力を感じ取った彼はうんうんと首を縦に振る。だが、彼らはおしゃべりをしに来たわけではないのだ。それにこの場にいるのはライとレギアス、アルキュスたちだけではない。


「この私を! 無視するなァ!!!」


 吹き飛ばされた女魔族、もといメルシィは両手にレギアスの背後から襲い掛かった。その両腕には鱗状の盾のようなものがついており、表面の鱗一つ一つが一級品の剣にも負けないほど鋭く煌めいている。


 それをレギアスはそんな奇襲に対しても冷静な態度を崩さず振り返る。初見の相手であるのに対応できるのが当たり前と言わんばかりの表情で振り返った彼は、振り返ると同時に剣を振ると彼女の攻撃を弾いた。


 しかし、弾かれたアイラは空中でクルリと身を翻し腕に付いた盾を分離させるとそれを踏み台にして空中で跳ね軌道を変える。そして屋根の上で一連の攻防を眺めていたライの隣に降り立った。


「チッ、相変わらずムカつくほど強いわね……」


「メルシィ様落ち着いてください。ヒュドラをほぼ無傷で倒してしまうような奴です。この程度は予想の範疇でしょう」


 並び立った二人は顔を合わせることなくレギアスに視線を固定したまま言葉を交わす。二人の観察対象は今のところ彼一人であり、敵も彼一人であると考えている。となれば他に意識など割く必要は無く。彼の実力の底を測るべく、軽い口ぶりとは対照的に一挙手一投足に神経を巡らせていた。


「一応聞いておきますが、王女をこちらに引き渡すつもりはありませんか。そうすれば生かしてあげますが……」


「あ、そんな下らん質問をしてる余裕があるのか。だったら俺の答えはこれだ」


 そういうとレギアスは剣の持たない手を顔の横まで持ち上げる。そしてそこから中指を立て彼らに突き付けた。


「くたばれカスが。手前らの言葉なんぞ草の根一本の価値もねえ。不愉快だからさっさと俺の前から失せろ」


 次の瞬間にはアイラが屋根を踏み壊しながらレギアスに向かって飛び掛かっていた。銀の盾を振りかぶりながら襲い掛かってくる彼女だったが、レギアスの剣技によって軽くあしらわれ弾き飛ばされる。

 

「こっちの女はイノシシ同然。お前の方が強く見えるな」


「いえいえ、私ではメルシィ様には勝てませんよ。だからこそ、私の役目はあの方の援護と」


 そういいながらライは右手を持ち上げレギアスに向ける。


「あなたの妨害ですよ」


 ライがそう呟いた瞬間、レギアスの周囲に旋風が発生する。その鋭く吹きすさぶ風はたとえレギアスであっても間違いなく傷を負わされる程度のもの。無理やり突破などしようものなら全身がズタズタに切り刻まれてしまうだろう。


 そんなものの中心に囚われ動きを制限されたレギアスは次の攻撃に備え意識を整える。


 いつか来る攻撃に備え、意識を集中させているとその直後旋風を突き破ってメルシィが背後から襲い掛かってきた。身体で襲い掛かってくる彼女に対しレギアスはチラリと視線を送りながら攻撃に反応する。


 彼女の両腕の盾での攻撃を回避しながら懐に呼び込んだレギアスは彼女の腕を掴むと投げ飛ばし、旋風の外に送り返す。同時に右足を持ち上げるとそれを全力で地面に叩きつけ、震脚の要領で取り囲む旋風を霧散させた。


「なんと……、私の旋風の檻エアリエル・ロックをいとも簡単に」


「この程度で驚いたような姿なんぞ見せるな気色悪い。この程度、お前の本気ではないだろうが。それよりもあの女が傷一つないのは自前だけじゃない。防御系の魔法をかけてるな?」


「さすがは鋭いですね。言ったでしょう。援護も私の仕事だと」


 そういうとライは再びレギアスに攻撃を仕掛ける。だが、彼の放った攻撃は小手調べ程度のもの。放った炎の槍は剣を振った風圧だけで吹き飛ばされる。それに続いて死角から襲い掛かってくるメルシィだったが、再度レギアスに簡単にいなされる。彼女の身体はうっすらと光に包まれており、ライの支援を受けている状態であることが容易に想像がつく。


 なぜこうも簡単に対処されてしまうのかとメルシィは歯噛みしながら考える。魔力のない人間なんぞに負けるはずがないと思っていた彼女からしてみれば理解の出来ない事象であった。


 その理由は彼女の戦闘スタイルにある。彼女は近距離でバチバチやり合うことが得意であり、得意距離での苛烈な攻撃で相手を攻めるタイプ。しかし、レギアスの実力は近距離において世界最強クラス。まともにぶつかり合えばすぐに対応されてしまうのもそうおかしい話でもなかった。


 再び膠着状態に突入する双方。レギアスは二人を一度に見れる場所に位置を取ると口を開く。


「そっちの女は随分腕に自信があるみたいだが、その程度の腕じゃ俺には勝てんな。家にでも帰ってそっちの男に乳でも吸わせてろ」


「そんなの今更、余計なお世話よ! ムカつく男ね今すぐにでも殺してやりたいくらいだわ!」


 レギアスの挑発によって再びボルテージを上げ余計な情報を吐き出してしまうアイラ。そんな彼女をライは少しだけバツが悪そうにしながら窘めると再び口を開く。


「それで? 貴方は自分の実力に相応の自信があるみたいですが我々二人を相手して勝てるとお思いですか?」


「当たり前だ。お前たち程度の相手なら戦ったことがある。その程度で揺らぐほど俺はやわじゃねえ」


 その言葉にいつもの調子で言葉を返すレギアス。が、今日は少しいつもとは様子が違っていた。


「それに……」


「それに?」


「前提が間違ってる。そっちの女の相手をするのは、俺じゃあない」


 彼の発した言葉を理解できずに首を傾げる二人。何を言っているのかと問いかけようとしたその時、その場で唯一その言葉の意味を理解できた者が動き出した。


 アルキュスは理解したと同時に音を立てずにメルシィの背後に回り込む。そして腰の剣を抜くと素早く飛びこみ斬りかかった。


「舐めるなァッ!!!」


 だが、それは察知される。アルキュスを迎撃するメルシィはその膂力に任せた攻撃で吹き飛ばした。吹き飛ばされたアルキュスは空中で体勢を立て直すとメルシィを睨みつけた。


「生意気な小娘ね……。そんなに私に殺してほしいのかしら?」


 生意気な視線をぶつけてくるアルキュスに苛立ちを隠せないアイラ。双方は一触即発。いつ戦いが始まってもおかしくない。


 一方のアルキュスだったが、瞳に闘志は宿りながらもは未だに任されたことを不安に思っていた。魔族の一人の相手を任せてもらったが、果たして自分の実力で大丈夫なのだろうか。強気に睨みつけているように見せて、実は内心そんな考えが頭をよぎり続けていた。


 だが、同時にマリアに以前言われた言葉も思い出す。レギアスは無茶は言わないというその言葉。その言葉を信じるならば、レギアスは自分に出来ると判断したうえであのようなことを言ったのだ。ならばその期待に応えるべく、全力を出し目の前の相手を撃破しよう。


「――よしっ」


 両手で自分の頬を叩き、不安を吹き飛ばすと同時に自分に喝を入れたアルキュスはアイラのことを見据え完全に戦闘態勢に入った。その瞳にもう迷いはない。自信に満ちた高位の冒険者のものであった。


「なるほど女性同士の戦いということですか。なかなか面白い組み合わせですが、闘技場でのやり方が染みついているのでは?」


「黙れ。口を縫い留めるぞ」


「おお、怖い怖い。ではお二人にはこことは別の場所で戦っていただきましょうか。邪魔が入っては面白くありませんから」


 ジロリとレギアスに視線を送りながら、そう言ったライが指を鳴らすとメルシィとアルキュスの姿がどこかに転送され掻き消えたのだった。














































 アルキュスに言われ、この場から逃げ出したマリアを除き、残されたのはライとレギアス。二人はお互いのことをじっと見据えていた。


「さて、残されたのは私とあなただけになりますが……」


「どうした。一対一じゃ戦えないか?」


「いえいえ、私がするべきなのは時間稼ぎ。アイラ様が血に塗れてこちらに戻ってくるのを待っているだけでいい。それに、――などと一度でも言いましたか?」


 ライは再び指を鳴らす。するとレギアスの前に見覚えのある巨躯が姿を現した。その巨躯は現れたその瞬間にはレギアスとの距離を詰めると全力で戦槌を叩きつけた。だが、そんな大ぶりの一撃がレギアスに当たるはずもない。現れたその瞬間にその正体を看破していた彼は半身になることで回避しつつ、衝撃波を受けながら巨躯を蹴って距離を取る。


「ようやく借りを返せる日が来たぜェ……。覚悟はできてるだろうなァ?」


 地面に叩きつけた戦槌を握り直したバルデスはレギアスに見せつけるように獰猛で気味の悪い笑みを浮かべた。


「そのまんま返しか?」


「たまたまですよ。あなたにあんなことを先に言われてしまったのでこちらも合わせたというだけのこと。あなたに合わせようなどという意図はありません」


 しかし、レギアスはバルデスに一切の意識を向けようとせず、ライとの会話を繰り返している。それはまるで彼になどに興味が無いと言わんばかりであった。


「この俺を……、無視するなぁ!!!」


 そんな彼の態度にまたボルテージを上げたバルデスは再び戦槌をレギアスに振るった。しかし、怒りに任せた単純な攻撃は彼に簡単に回避されるのは自明の理。横薙ぎに振るった一撃は必要最低限後方に下がられて躱され、叩きつけは身を翻されて躱される。それを何度も簡単そうに躱されてしまい、バルデスは怒りで青筋を立てる。


「お前……、どれだけ俺をコケにすれば気が済むんだ……」


「お前なんてその程度でしかねえってことだ。アルキュスのことをバカにしてたが、俺から言わせてみればお前もあいつも大して変わらん」


「あんな小娘と一緒にするんじゃねえ! 俺のこの印はあんな雑魚とはレベルが違う! 俺は印を持った人間の中でも選ばれた存在なんだ!」


 自信満々に顔面を見せつけるバルデス。そこに彼の勇者印が刻み込まれている。これが彼を支える自信の源であり、彼が彼であるためのもので存在証明でもあった。


 しかし、彼がどれほど誇っても今の実力がレギアスに劣っていることは変わらない。何度己の武器を振るってもレギアスには掠りもしなかった。


「ハア……、ハア……。なんで俺の攻撃が当たらねえんだ……」


 彼の独白にレギアスは答えるように言葉を紡ぐ。


「大ぶり過ぎて読みやすいっていうのもあるが、実際のところはそれ以前の問題だ」


「は?」


「自分では気づいてないみたいだが、お前の動き、確実に遅くなってるぞ」


 レギアスの指摘を受けて、混乱するバルデス。動きが遅くなっていると言われてもその理由などスタミナが切れた程度のことしか思いつかない。だが、疲れてなどいない。ならば遅くなるはずがない。


「嘘を、つくなァ!」


 彼の発言が嘘だと判断したバルデスは戦槌を振り上げるとそれをレギアスに振り下ろした。先ほどまでであれば回避されていたはずの一撃。しかし、レギアスは回避しようという素振りすら見せなかった。


(もらった!)


 先ほどの発言が自分の消耗を隠すための虚言であると判断したバルデスはニヤリと笑みを浮かべ勝利を確信した。戦槌が彼を粉砕する感覚を夢想し、彼は手の内をギュッと締めた。


 が、彼の夢想が叶うことはなく。幻想は幻想のまま現実を受け止めることになる。


「なッ!? ハァッ!?」


「だから言っただろ、スピードだけじゃなくパワー、いや全体的な身体能力が落ちてる」


 彼の渾身の一撃はレギアスに片手で受け止められてしまっていた。レギアスは避けなかったのではない。避ける必要がないから避けなかっただけだ。


 既にレギアスとバルデスの能力は、とても埋めがたい差が出来ている。レギアスはそれを見逃すほど甘い人間ではない。


「グアッ!?」


 レギアスは受け止めた戦槌をそのまま掴んで投げ飛ばす。咄嗟に離すことも出来ずに空中に持ち上げられたバルデスはそのまま投げ飛ばされてしまう。


「出来ない人間に出来ると思わせて叩き落とす。随分と良い趣味だな。もう化けの皮はいいのか?」


 もはやバルデスなど相手ではない。レギアスは視線をずらすと別の人物に意識を向け言葉を紡いだ。


「……ええ、もう十分です。あいつはもう十分楽しんだ。ここからはが楽しむ番です」


 問いに答えを返したのは高い声音、この場で唯一の女性であるヒナ。彼女はレギアスと視線を交わすと、今までのおどおどとした雰囲気とは一変した表情を見せつけた。


 残忍さと狡猾さが限界を超えた濃度で混じり合った、粘つき黒ずんだ醜悪な笑み。しかし、それから感じ取れる感情は、おもちゃで遊ぼうとしている子供のものと同じ、非常に透明で純粋なものであった。



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