第1-17話 分断
おどおどと自信なさげな様子だった時と一変して、本性を露わにし蛇のような笑みを浮かべたメイ。彼女は二ヤついた表情を隠すことことなくぐるりとレギアスとライを見つめた後に、バルデスに視線を向けた。
「バカは操りやすくて本当に助かる。ワタシがいろいろやっていることにも気づかずに自分の力だって少しも疑わないんだから」
「なッ!? テメエふざけたことぬかしてんじゃねえぞ!」
「黙ってろよゴミが。立場を弁えろ」
「ふざけんな!」
彼女の言葉が侮蔑の物だとさすがに理解したバルデスは跳ねるように立ち上がるとメイに向かって駆け出す。そのまま戦槌を振り回し叩きつけようと考える彼だったが、ここに来てやっと自分の身体の異変に気付く。
ついさっきまで当たり前のように出来ていた動きが出来なくなっていたのだ。肉食獣のように俊敏に動いていた身体は今ではもう一人の自分に圧し掛かられているかのように重く自由が利かない。スプーンでも持つかのように軽々と戦槌を支えていた腕の力は今では地面に擦らないようにするので精一杯というほどまで落ちぶれていた。
違和感を悟りながらも感情の赴くまま、メイに直進したバルデス。普段であればそのままそれを叩きつければ立ち塞がる物は簡単に砕ける。そのはずだったのだが。
「ああ弱い弱い。速さも力も子供みたい。こんなのに三年間も付き合ってきたのがバカみたい」
しかし、叩きつけるつもりで振り下ろした戦槌は空中で停止していた。その軌道上にある細い糸のようなものが戦槌の柄を受け止めている。それを無視してさらに押し込もうとするバルデスだったが、糸はその細さに反してビクともしない。
「
何が起こったのかも分からないまま、空気弾をがら空きの腹部に叩きつけられ吹き飛ばされたバルデス。自分の十倍以上の大きさのモンスターにぶつかられてもビクともしないはずの彼の身体はたった一発の空気弾によって悲鳴を上げていた。
未だに自分との実力の差を理解できていないバルデスを見てメイは呆れたように溜息をつくと冷たく細められた瞳で睨みつけた。
「そもそもお前に勇者印が発言したのが三年前でそのあとすぐに私が来た。何かおかしいと思わなかったのかしら。まあ、思わなかったからこそ簡単に操れたんだけどねェ!」
そう言うとメイは右手を擦りながらゆっくりと周囲にも見えるように持ち上げる。何事かと思ったバルデスがそこに意識を集中させると徐々にその行動の意味が明らかになる。
じわじわと浮き上がってくるようにして彼女の右手の甲に浮かんでくるのは、まさかまさかの勇者印。彼女にはないと思いこんでいた物であった。しかし、バルデスが驚愕したのも束の間。それと同時に彼の右手の甲に浮かんでいた勇者印が消えていく。思わず消えるのを防ごうとバルデスは右手の甲に左手を伸ばすが、そんなことでそれを掴むことも、消えるのを止められるはずもなく彼の勇者印は跡形もなく消えてしまった。
自信の象徴である印が消え、呆然とするバルデス。そんな彼にさらに追い打ちが掛けられる。
「私がつけてあげていただけの勇者印に子供みたいにはしゃいでたあなたは最高に面白かったわ。何度思い出しても笑えるくらいにはね!」
悪辣な笑みを浮かべ、バルデスを追い詰めることを楽しんでいるメイ。そんな彼女の様子にレギアスはつい問いを投げかけた。
「……一応聞いておくが何でそんな下らんことをする?」
「なに、意外と闘技場の英雄は俗っぽいのかしら」
「黙れとっとと答えろ」
「まあいいけれど。そんなの簡単、積み木を積み上げて積み上げてぐらついているところを叩いて壊す。ワタシはそれが好き。だからそれを大きくして楽しんでるだけ。それ以外の理由なんて必要?」
「なッ、俺にそんな口聞いていいとォッ!?」
意気消沈して口も聞けなくなったかと思ったバルデスが復帰し、メイの言葉に異を唱えようとしたが、彼の口に彼自身の拳が一人でに飛び込みそれ以上の言葉を紡がせない。
「ゴッ、モゴッ!?」
何が起こったのか分からないまま言葉を紡ごうとする彼だったが、ふごふごと空気の漏れる音がするだけで拳を取り除くことも、なんなら指一本動かすこともままならない。
「悪趣味だな」
「なんとでも言って。でも別にそいつに恨みがあるわけじゃないの。ほどほど身体能力が高くて、何より頑丈。壊れにくくていいおもちゃだもの。だけど目の前にもっといいおもちゃが見つかっちゃったからもう用済み。あとは壊れるまで使い潰して終わり」
そう言うとメイはゆるりと片腕を持ち上げる。するとそれに連動するようにバルデスの身体が持ち上がっていき、口の中に押し込まれていた拳が抜くと、地面に取り落とした戦槌を持ち上げた。
しかし、バルデスはそれに対して困惑している。自分の意思じゃない力に身体が動かされていることに困惑と驚き、そして不快感の混じった表情を浮かべており、抵抗しようと小さく身体をよじっていた。
「な、なんだこれ!? 身体が勝手に!」
「
「お、おい止めろ! お前何をやってるのか分かってるのか! クソッ、止めろ! 頼む止めてくれ!」
身体を操っている張本人は彼の懇願になど耳を貸さずに慈愛の籠った微笑みを浮かべている。それはこれから人が壊れるまで無茶をさせる人間とは思えないほど穏やかな笑みであった。
「もうおしゃべりは終わりましたか?」
「ええ、もう十分。あとは適当に始めましょう」
「王女には逃げられてしまいましたが……、先ほどの女と彼を始末すればこの町には腰抜けだけ。何もかもが赤子の手を捻るが如く簡単に終わります。もっともこの男を落とすのが相当骨が折れるでしょうが……」
「殺しちゃダメだからね。この後私が使うんだから」
屋根の上から降りてきたライはメイの隣に立つと、敵であるレギアスに明確に殺意を向けてくる。それに加え、背後でギクシャクとした動きをしているバルデスは戦槌をレギアスに向けている。
お喋りの時間が終わったことを確信したレギアスは彼らとの戦闘に殉じるべく、剣を握り直した。
場面は移り変わり、アイラとアルキュスの二人に移る。町中のレギアスたちと離れたところに転送された二人は、お互いにお互いを睨み合っており、今すぐにでも戦いが始まろうとしていた。
火蓋を切ったのはアイラ。感情に身体を任せる直情さでアルキュスに跳びかかると、腕の板をアルキュスに叩きつけた。
「グゥッ!」
バルデスの一撃に並ぶんじゃないかという膂力に苦悶の声を漏らしたアルキュスは大きく後方に吹き飛ばされ地面を転がる。そんな彼女に追撃を仕掛けるアイラだが、それは転がる勢いをさらに加速させることで距離を取ったアルキュスに躱された。
「フン、その程度の実力でこの私に勝とうなんて百年早いわ! とっとと顔を洗って出直してきなさい!」
「たった一回打ち合った程度で実力が分かるなんて大した力だね。けど精度はどうしようもないくらい低いみたいだから鍛えなおしたほうがいいと思うけど?」
早くも舌戦で火花を散らす二人。殺気をぶつけ合いお互いのことを倒してやるという気迫に高め合っていた。お互いに似た感情を持っていたために、どこか親近感のような物すら感じている始末。
とはいえ仲良くなんてできるはずもない。二人は戦いの末にどちらかが散る運命なのだから。
アルキュスは改めて戦う相手を認識し、戦いの流れを予測する。アイラの戦いかたから彼女の距離に付き合わないことが勝利の鍵であることをすぐに理解した彼女は距離を取って戦うために魔法発動の準備をする。
「
先手は譲ると言わんばかりにアルキュスの動きを待っていたメルシィ。彼女の誘いに乗ったアルキュスは素早く魔法を発動する。彼女の手のひらに光の球が浮かぶとそこから別れた小さな球が周囲に散らばり漂い始めた。
それを受けて少しは怯んでほしい、行動に躊躇を見せてほしい。そう思いながら次に備えるアルキュスだったが、彼女の願いはいとも容易く砕かれた。
「こんな小手先の技、私には効かないわよ!」
アルキュスの放った魔法をせせら笑ったメルシィは一切の躊躇なくその光の球の群れに突っ込んでいき、進路上の球を二、三個ほど掻き消す。そのままの勢いで突っ込み四つの目の光球を掻き消したその瞬間。その光の球が彼女の脇腹付近で爆発した。
至近距離での爆発、常人であればそこが吹き飛んでしまっていてもおかしくない。それは魔族であっても例外はなく少しはダメージを負っていてほしいと思うアルキュスだったが、当の本人は全くの無傷であった。
「ほらほら! このままじゃ懐に飛びこんじゃうわよ!」
爆発に怯むことなく走るメルシィはまるで獲物を前にした肉食獣がごとき表情でアルキュスとの距離を詰めていく。このままでは相手の得意距離を押し付けられ続ける。それを防ぐべくアルキュスはすぐに次の手に移る。
「クッ!?
距離を取るために下がりながらアルキュスは以前レギアスに放った魔法を撃つ。メルシィを取り囲むように炎の輪が現れ、次々と炎の槍がそこから放たれる。がこれも有効打にならず、盾から分離した銀の鱗が周囲を飛び回り、炎の槍を受け止めてしまう。
二つの魔法を使っても足を止めるどころか弛めることすらできなかったアルキュス。ついに彼女の懐、その制空権にメルシィが侵入した。
このままではまずいと距離を取ることに全身全霊を注ぎ込むが、それより速くメルシィは速い。
「
次の瞬間、彼女の盾に付いていた銀鱗全てが剥がれ落ち、その数を二倍、三倍と増やしながら彼女を取り囲む。そしてアイラの身体の三分の二を隠すほどの数まで増えたところでそれがものすごい速度で渦を巻いて回転を始めた。
彼女が魔法を発動した次の瞬間には後方に跳び退っていたアルキュスだっが、一歩遅く左腕が銀の渦の中に一瞬取り残されてしまった。すぐに渦から引き抜いたが、次の瞬間には彼女は自分の左腕の状態を理解させられることになる。
銀鱗に呑まれたのはたったの一瞬。それに咄嗟に魔力で防御を施した。であるのに彼女の左腕はズタズタに切り裂かれている。見るも無残な状態の彼女の腕からは血がドクドクと流れ出し、場所によっては骨すら見えるほど深く斬りこまれている。もはやこの戦闘では確実に使い物にならない。それほどの傷であった。
「アァァグゥゥゥゥイッタァァァァイッ!!!」
苦悶の叫びをあげながら左腕を抑え、止血のために傷の上を紐で縛り上げる。その甲斐あって血は止まったが、結局左腕が使えないのは変わらない。アルキュスが圧倒的に不利な状況に置かれた。
が、その間メルシィは一切追撃を仕掛けてこなかった。これが意味するところはただ一つ。完全に舐められている。
「どう? これが人間と魔族の差よ。あなたの攻撃じゃ私は倒せない。わかったらとっとと諦めなさい?」
地面にうずくまるアルキュスを見下しながら、アイラは勝利を確信したような言葉を吐く。実際これだけの傷を負わされれば戦闘不能同然である。彼女がそう考えるのも別段おかしなことではない。
だが、残念なことに彼女の前にいる女は頭のおかしい師匠に一週間食らいつき続けた、非常に諦めの悪い女であった。
「なるほど……、確かに分かったわ」
「そう。だったらさっさと首を差し出しなさい」
俯き加減で佇むアルキュス。彼女の言葉を真に受けメルシィは首を差し出すように促す。だが、アルキュスが次に紡いだ言葉は彼女の予想とは全く違ったものだった。
「まだアルに勝つ見込みがあるってことが」
「……は?」
理解できずに思考が停止する。そんな彼女のことなど無視してアルキュスは言葉を続ける。
「あんなことが出来る奴なら、わざわざ近づかずに遠くから攻撃していればいい。なのにわざわざ近づいてい来るってことは、多分魔法を遠くに飛ばせない。だったらまだ戦える。あなたの速さは大体わかった。もう同じ轍は踏まない。まだ、アルに勝ちの目は残ってる!」
「痛みで気でも狂ったのかしら……」
圧倒的に不利な状況にも拘らずアルキュスは自信満々に啖呵を切った。そんな彼女にメルシィは可哀そうなものを見る目を向けていた。もう楽にしてやった方が彼女のためか。そんなことを考えるくらいには。
「見てろ師匠。アルがこの女に勝つところ!」
そう言うと彼女は腰の剣を抜くと、切っ先をアイラに向けた。第二ラウンドの開始である。
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