第1-15話 襲撃


「起きなさい、バルデス」


「んあ……、ってライか。どうしたこんな朝っぱらから」


 森で眠っていたバルデスを起こしたのは先日約束したライであった。眠け眼を擦りながら身体を起こす彼を待たずにライは言葉を紡ぐ。


「お待たせましたね。今日がその約束の日です」


「何!? てことは」


「貴方の復讐がなされる日ですよ」


 ライの言葉にバルデスのテンションが一段階上がる。


「あいつは町にいるのか?」


「今はいません。ですが十中八九すぐに戻ってくるでしょう」


 ライの言葉にバルデスは一縷の違和感を覚えたが、気にせず耳を傾け続ける。


「先に私どもの計画を始めます。すると町の人間どもがパニックを起こします。あとはその隙にあなたはやりたいようにやっていただければいい」


「よっしゃ任せておけ! 今日という日を待ち望んだぜ!」


 立ち上がって己の得物を豪快に振り回した彼は俊敏な動きで立ち上がる。既に起き抜け特有の重さはない。重厚な雰囲気を放ちながら獰猛な笑みを浮かべていた。


「ところでヒナの奴はどこか知らねえか? 姿が見えねえみたいだが……」


 バルデスはいつもそばで休んでいるはずの女の姿を探す。すると、ライからすぐに答えが返ってくる。


「彼女は率先して偵察に行きましたよ。今は町の様子を窺ってもらっています」


「なんだそんなことか。全く伝言の一つでも残してから行けっつうんだよ」


 悪態をつきながら立ち上がり、町に向かうはずの方向に歩き始めるバルデス。


「……ん? まあいいか」


 その時、彼は微かに違和感を覚えていた。特に関わりの無いはずのヒナがなぜライの指示で偵察に出ているのか? 二人は以前から交流でもあったのだろうか。


 だが、そんなことはすぐに彼の中でどうでもいいという結論が出た。既に頭の中は復讐で一杯である。すぐに違和感など忘れ、後に頭の中に溢れる幸福感を先取りして驕り高ぶっていたのだった。


 意気揚々と町に向かうバルデス。その後ろ姿を見てライは微笑ましそうに笑みを浮かべていた。その顔はまるで買ってもらったおもちゃを前にする子供を見守る大人のそれであった。


















































 翌日、冒険者組合にてレギアスの到着を待つアルキュス。しかし、一向に彼が姿を見せないことで心配と焦りの混じった感情が浮かび始めていた。


 そんな彼女に手を差し伸べたのが、先に姿を見せたマリアであった。


「あいつ? あいつなら昨日依頼を受けて町を離れたらしいわよ。三日はかかるだろうって受付が行ってたわ」


 何も聞かされないまま、依頼に出ていったことに不機嫌そうにしているマリア。同様にアルキュスは今日から三日ほどは訓練を受けられないことを知ってがっくりと肩を落とす。


 訓練を受けられないなら仕方がないとアルキュスは久しぶりに依頼を受けることにする。訓練ばかりでは実戦での感覚が鈍ってしまいかねない。そういう意味でこのタイミングで実践に戻ることが出来るというのはタイミングとして最適であった。


「マリアさんはどうするんですか?」


「依頼に行ってくるのね。私は冒険者になりはしたけど別にお金に困ってるわけでも強くなりたいわけでもないし、こっちで静かにのんびりやってるわ。気を付けてね」


 彼女の言葉を受けてアルキュスは小さく首を縦に振ると依頼の選定のために掲示板に向かって進歩き始めた。


 その時である。彼女の本能に根付く危機管理の力が警鐘を鳴らし始める。町を包む強固な魔力に何かを感じ取った彼女は掲示板に向かおうとする身体を返し、外に向かって走りだした。


 慌てて外に出たアルキュスは町を丸ごと包み込んでいく障壁を目の当たりにする。


「な、なにこれ……」


 彼女の後に続いて外に出てきたマリアもこの光景に困惑を隠せずにいた。当然町の人間も同じであり、町を囲む障壁に半ばパニックに陥りそうになっている。


「この町にこんな防衛の仕掛けはありません。つまりこれは……」


「敵の攻撃ってこと?」


「十中八九そうだと思います。となると仕掛けてきたのは……」


 二人がこの障壁について相談しているともう顔見知りになりつつある冒険者の男が駆け寄ってくる。


「おい大変だ! 障壁のせいで町から出られなくなってる! おまけに町の外には大量のモンスターで、この町は完全に包囲されちまってる!」


 男の言葉に再度驚愕するアルキュスたち。もはやこの町は人一人逃げられない巨大な檻と化してしまっており、この包囲に穴を開け脱出することが出来なければ、彼らはこの町で飢え死にを迎えるか、こんなことをした下手人に弄ばれるだけである。


「俺は町に残ってる冒険者を集めてくる。お前は親父さんと話して打開策を考えてくれ!」


 そういうと男は彼女らに背を向けて走り出した。彼を見送ったアルキュスは、ゾルダーグに相談してこの状況を打開するための策を考えようと集会場に戻ろうとする。


 その時、町の上空に変化が発生する。


「あー、テステス。皆さま聞こえておりますでしょうか?」


 どこから響く声と同時に空中に陰が浮かび上がってくる。徐々に細身の男の姿が浮かび上がっていき、町の人間すべての意識をその一点に集めた。


「あ、ああ……。魔族、魔族じゃないか……?」


「ホントだ、魔族だぁ!!!」


 その姿を見て町の人々は慄き、震え始めた。その原因は男のある特徴にあった。シルエットにそう大きな差はないが、ある一点に人間と大きく違いが表れている。それは頬から首に至るまでを占めている巨大な刺青のような痣であった。それは魔族にしか現れない特殊な文様であり、人間と魔族を区別する最も分かりやすい目印であった。


「私は魔将の一人、メルシィ様の部下の一人、ライと申します。早速で申し訳ありませんが、今回このような行動を取らせていただきました理由を説明させていただきます」


 ライの言葉に町中の人間が神経を張り巡らせ耳を傾ける。これを聞き逃してしまえば死ぬ確率が高くなるという本能からくる防衛行動であった。


「えー、皆さまには我々の力を増すための生贄となっていただきたいと考えています。我々は現在、命を代償として発動する魔法の研究を行っており、皆さまの協力を得てその魔法を完成させたいと考えております。そのための生贄としてこの町を選ばせていただきました」


 ライの言葉が一区切りついたその瞬間、町は大パニックに陥る。何も知らないままいきなり生贄にされてしまうことが決められ、そのことを告げられてしまったのだ。


 自分を守るために、行動を起こす町の人々。だが、出来ることは少ない。何せ町は障壁で完全に囲まれているうえにその外にさらに大量のモンスターが控えているのだ。魔の手から逃れることはできず、出来ることと言えばせいぜい建物の中に引きこもって息を殺す程度。何の気休めにもならない。


 パニックで狼狽え、徐々に凶悪になっていく人々。その光景を上から眺めて楽しんでいるかと思われていたライだったが、どうも彼も何か様子がおかしい。


「な、もう戻って来たのですか。だが、外にはメルシィ様と大量のモンスターがいる。そう簡単にここに戻ってくることは……」


 何かをブツブツと呟いている彼であったが、まだ演説の途中だったことを思い出すと、咳ばらいをし演説を再開する。


「コホン。とはいえ我々も悪魔ではありません。皆様が生贄を嫌がるというのであればある条件を達成していただければこの場から逃がさせていただきましょう」


 彼の提案で再び街は静寂を取り戻す。助かるかもしれない可能性を聞き逃すものかと町の人々は再度彼の言葉に耳を傾ける。まあ、一部の者にとっては悪夢でしかない提案であるが。


「今、この町にこの国の第二王女、マリア・エヌ・オーヴァインがいるという情報があります。その方を私のもとに連れてきてくださればこの町は見逃してもいいと考えております。命が惜しくない、という方は別に構いませんが、どうか賢明なご判断を」


 それを最後に空中のライの幻影はフッと姿を消した。町は嫌なざわつきに包まれていき、彼の言葉を内々で反芻しながら理解していく。


 この町に王女がいるという話に驚きを隠せない町の人々。そんな高貴な人がなぜここにと思いながらも彼らは相談を繰り返す。


 しばらくは困惑と葛藤でまとまらずにいた人々だったが、次第に意見が二分されるようになる。


「王女を差し出して俺たちは助かるべきだ! それなら少なくとも一人の犠牲でこの町が助かる!」


「何言ってんだ、王家の人間だぞ!? その価値は俺たちとは比較にならない。幸いこの町には勇者印が三人もいるんだそんなことをするんだったら全員でモンスターや魔族と戦った方がいいんじゃないか!? 」


「そんなこと言ったってあの量のモンスターとどうやって戦うつもりだよ! それに一人はまともに協力もしてくれなさそうじゃねえか! それに王女は護衛もつけずに歩き回ってるんだ! いなくなっても事故で言い訳が付くだろ!」


 双方の言い合いは徐々にヒートアップしていき、手が出てしまうものまで現れる始末。そんなところに王女がいるとバレればすぐさまマリアを巡る人間同士の戦いになるだろう。


「まずいよマリアさん。このままじゃモンスターの襲撃前に人間同士で殺し合っちゃう……」


「分かってるわ。けど……」


 町の混乱を目の当たりにして焦燥感に包まれる二人。アルキュスはマリアを死なせないために今すぐにこの場から離れ姿を隠すことを心の中で。彼女の一人くらいならモンスターの包囲を潜り抜けて逃げ出すことはできる。


 だが、マリアの意見は違っていた。自分一人が犠牲になれば他が助かる。ならば自分が出て行って町の人々を守るべきだと考えている。民を守るのは王家の人間の使命。少なくとも彼女はそう考えている。


 しかし、言い出すことはできずにいた。いくら頭ではわかっていても自ら死に向かうなど正気の沙汰ではない。彼女だって感情を持つ一人の人間。積極的に命を捨てるような真似は出来ずにいた。


「マリアさん。ここを離れよう。一人だけだったらアルでも守れるから」


「え、ええ……」

  

 アルキュスの言葉に促されるまま、その場を離れようとするマリア。自分の意気地なさを悔いながら静かに走り出そうとしたその時。

 

「おい、そこの二人ちょっと待て!」


 二人の背後から声が上がる。その方向を見ると十人程度の男たちがおり、その中には見知った顔の冒険者も混じっていた。


 駆け寄ってきた彼らは逃げ出そうとしていた二人を取り囲む。彼らの行動にまずいと感じて行動しようとしたアルキュスを差し置き、冒険者の一人が声を上げた。


「邪魔するなアルキュス! その女、確かマリアって呼ばれてたよな! てことはそいつが第三王女なんじゃねえのか!?」


「ち、違う! この人は王女じゃないわ! この世界に何人同じ名前の人間がいると思ってんの!?」


「うるせえ! 今この町にいるマリアって女全員魔族に差し出せば俺たちは助かるんだ! 黙ってそいつを渡せ!」


 そう言うとアルキュスに向けて武器を突き付ける冒険者。彼の声を聞いてしまったらしく周りの人々も彼女たちのほうを向いて敵意を剥き出しにしており、冒険者たちが先陣を切れば彼らも動き出しそうな勢いだった。


 もう退くことなどできない。アルキュスも威嚇のために剣を抜くと周囲の人間にそれを突き付ける。なぜ人間同士で戦わなければならないのかと思いながらもこうしなければならないという矛盾に彼女は胸を痛めていた。


「アルが時間を稼ぐからマリアさんはそのうちに逃げて」


「それじゃあ今度は貴方が槍玉に上がっちゃう。何とかして二人で行かないと」


 小声で相談する二人だったが、焦る脳ではまともな答えなど上がるはずもない。じりじりと時間だけが過ぎていき、両者の空気がどんどん張り詰めていく。


 もはや玉砕覚悟で全員倒していくしかないか。そうアルキュスが考えたその瞬間、町を囲う結界が一瞬揺らぐ。


(障壁が揺らいだ? 一体何が――?)


 その変化に敏感に反応し、アルキュスの意識がそちらに向いたその瞬間。


「今だやれ!」


 取り囲んでいた冒険者が動き、マリアを捕らえてしまった。それに気づいたアルキュスは彼女を救い出そうとするが、そちらに気を取られた隙を突いて他の冒険者たちが彼女の剣を奪い抑え込んでしまった。


「ちょ、離しなさい!?!?!?」


「うるせえ、抵抗しようとしたお前らが悪いんだ!」


 アルキュスの必死の訴えに男たちは耳も貸さない。いくら魔力で身体能力を強化しようと限界がある。何人もの男に全力で押さえつけられ、アルキュスは身動き取れなくなってしまう。


「ダメ!」


 力づくで連れて行かれそうになるマリアを眺めていることしかできず無力感と絶望感に飲み込まれるアルキュス。このまま何もできずに彼女を連れていかれてしまうのか。


 その時だった。町中に戦闘音が響き始める。加えてそれが彼女のもとに近づいてくるのだ。突然の発生し大きくなってくる異変に男たちが困惑しながら様子を窺っているとついにその正体が露わになる。


 建物の陰から現れたのはオオカミ型のモンスターの首を持ちながら剣で女の魔族と戦っているレギアスであった。激しく剣を交えながら集会場に向かって疾駆してくるレギアスに男たちの脳内は完全にパニックに陥る。


「お、おい逃げろ!」


 走ってくる二人でマリアを捕らえるどころではなくなった男たちは二人を放棄するとその場から一目散に逃げ出した。解放されたアルキュスはすぐに起き上がるとマリアのもとに駆け寄り彼女を守るように抱きかかえた。


 集会場近くまで来たレギアスは、剣を女魔族に向かって思いっきり叩きつけ弾き飛ばすと一瞬の隙を作り出した。その瞬間に彼は持っていたモンスターの首をアルキュスたちのほうに向かって振りかぶった。


「ちょちょちょ何を考えてるの!?」


 気でも狂ったのかと思ったアルキュスは咄嗟にマリアを庇うように身を乗り出した。だが、レギアスの狙いは彼女たちではない。


「くたばれええェェェェッ!!!」


 振りかぶった体勢から彼は全力で首を集会場の屋根の上に向かって投げつけた。何もない空間に向かって首を放り投げるという蛮行。アルキュスの目にはその理由は分からなかったが、レギアスにはちゃんとした狙いがあっての行動であった。


「……驚きましたね。まさかその状況で見抜いてくるとは」


 勢いよく飛翔した首は透明の壁にでもぶつかったかのように空中で停止する。直後、そこから先ほど空中に幻影として浮かんでいた男の姿が現れたのだった。



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