第1-14話 知らぬ者たちの語り合い


 翌日、当たり前のごとく二人で組合の集会場にやってきたレギアスとマリア。いつものように彼に稽古をつけてもらおうとアルキュスが近づいてくるが彼の後ろにいるマリアを見て、少し遠慮したような素振りを見せる。


「ま、マリアさん。おはようございます。今日もいいお天気ですね?」


 彼女が王女であることを知ってしまった以上、無礼な態度で接するわけにはいかない。アルキュスはいつもの挨拶に一言付け加える。だが、これが余計な一言であり、彼女の振る舞いで悟ったマリアが眉を顰める。


「もしかしてゾルダーグから聞いたかしら?」


「えっと、……はい」


 彼女の振る舞いから自分の秘密をゾルダーグから聞いたことを悟り、確認を取ったマリアは不機嫌そうな空気を放つと、踵を返すと組合長室に向かって歩き出す。


「あの……、何処へ?」


「ちょっとゾルダーグと話をしてくるわ」


 彼女の言葉に慌てて止めようとしたアルキュスだったが、不機嫌そうな彼女の態度に止めることなど出来ず、その背中を見送った。一体、彼にどのような仕打ちが待ち受けているのか。想像に難くない。


 そんな中で二人のやり取りを見守っていたレギアスが声を上げる。


「おい、今日は訓練はいいのか?」


「あっ、もちろんお願いしたいんですけど……。良いんでしょうか。あの方を行かせてしまって、と思って」


「別にやらせとけばいい。さすがの奴でも良識の一つや二つくらい持ってるだろ」


 アルキュスがマリアに引っ張られて、丁寧な口調で話すのを聞きながら、レギアスは彼女の問いに答えた。そんな彼の言葉を聞いてアルキュスは不安そうな表情を浮かべ、恐る恐ると言った口調で彼に異を唱えた。


「あの、マリア様にそんな口を聞くのは良くないんじゃないかなって……。あの人王女様みたいですし」


「ああ、なんか確かそんなことほざいてたな。だが、それがどうだっていうんだ。あいつが王女だろうと別に俺を殺せるわけじゃないし、そんな権力は奴にはないだろ。王都から離れて一人で行動してるあいつはただの女でしかねえ。ほっといてもなんの問題もない」


 しかし、自らの身を心配してのアルキュスの言葉すらレギアスは跳ね返す。彼にとってみれば彼女はマリアという一人の存在でしかなく、王家の人間だろうが何だろうが彼にとっては知ったこっちゃないのだ。気に食わないのなら叩きのめし、気に入ったのなら見逃す。その程度の存在でしかなかった(それが本人に気に入られているところではあるのだが)。


「それより訓練するならとっとと始めるぞ。あいつが戻ってくるのなんか待ってられないからな」


「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ーーー!!!!」


「――本当に大丈夫なの?」


 アルキュスの問いに耳も貸さず、これ以上の話を打ち切って訓練場に向かうレギアス。気持ちとしてはマリアが戻ってくるのを待つ、もしくは父の安否を確認しに行きたいアルキュスだったが、彼の機嫌を損ねれば今日の訓練がなかったことにもなりかねない。後ろ髪を引かれながらもレギアスの背中を追って訓練場に足を踏み入れたのだった。


 それから三十分ほど訓練を行い、いつものように地面に倒れ伏すアルキュス。案の定、彼女はレギアスにボコボコに叩きのめされ、立つことも出来なくなっていた。だが、ゲロは吐いても気絶はしなくなっていた。そこは大きな進歩と言えるかもしれない。


「まあ、一週間で動きが大きく変わることもないしな。だが、起きてられるようになったのは大きな進歩だ」


「はい……、ありがとうございます……」


 彼女を見下ろしながら、声を掛けたレギアスは訓練場を離れていく。そしていつものように適当な依頼でも受けようとレギアスが依頼の張り出された掲示板を眺めていると背後から声が掛けられる。


「あの、レギアス様よろしいでしょうか」


 彼が振り返るとそこには一枚の紙を持った受付嬢が立っていた。


「なんだ?」


「あの、あなた様をご指名での依頼が入っております。詳しい内容はこちらに」


 彼は受付嬢から紙を受け取るとその内容に目を走らせる。その内容はとある街道に巣くっている黒犬バーゲストの討伐。報酬は金貨十枚というものであった。


「すまん。地図あるか?」


「は、はい少々お待ちください」


 内容を確認したレギアスは今度は地図を要求する。カウンターに戻っていった受付嬢が持ってきた地図を受け取ると、依頼の場所と照らし合わせる。


(ふむ、――てことはつまり、――っていうことか)


 顎に手を当てながら思考を巡らせるレギアス。彼にしては時間をかけて思考した彼は答えを導き出すと受付嬢に紙を返しながら結論を言葉をして編む。


「分かった。受けさせてもらう」


 その依頼を受けることにしたレギアス。返した書類には既に自分の名前が書かれており、返してすぐに彼は集会場を後にした。


「……ペテン師が。そんなに俺と戦いたくないのか」


 外に出た彼はそう小さく呟くとすぐに町の外に向かって走り始めるのだった。




































 依頼に出たレギアスとは対照的に、訓練場に残っているアルキュスはとりあえず立ち上がれるようになるまで身体を休めようと仰向けになると天井を眺め始めた。


 特訓を始めるようになってから一週間ほどが経過した。しかし、彼女は全く手ごたえを感じることが出来ていなかった。それも当然。毎日のようにボコボコにされ、三十分もすれば訓練場の床に転がされている。今日だって気絶せずに済んだのは彼が加減というものをそれなりに覚えたからで自分自身の耐久力が上がったわけではないのだから。


「アル、意外と強くないのかな……」


 自分の中で確固たるものとして築かれていた自信にヒビが入る音を聞きながら彼女はポツリと呟いた。このままじっとしていたら知らず知らずのうちに泣いてしまうかもしれないと思った彼女は身体を動かそうと、無理やり起き上がろうとした。


 が、そんな彼女の額を抑え、それを阻止したものがいる。彼女が頭のほうに視線を向けるとそこにはマリアが彼女のことを覗き込んでいた。


「ま、マリアさ――」


「他の連中にもバレちゃうでしょ。マリアって呼びなさい」


 思わずを付けて言いそうになったアルキュスの口を押さえたマリアはそのまま、アルキュスを寝かせるといつものように魔道具での回復を始めた。発せられた霧の力で全身の痛みが抜けたアルキュスはゆっくりと身体を起こす。


「あの……、パパは?」


 起き上がったアルキュスはまず最初に父親の安否を確認した。あれだけの悲鳴、何をされたのだろうかと心配になったのだから仕方ない。


「別にひどいことはしてないわよ。ただしばらくの間脛が痛いってだけの話」


 父親の無事に安堵すると同時に、改めて何をされたのだろうかと身を震わせたアルキュス。


 治療を終えたマリアが魔道具をしまうと、彼女はアルキュスに声を掛ける。


「それよりも浮かない表情してるじゃないの。何かあった?」


「いえ、マリアさ――んのお手を煩わせるようなものでも……」


「何、私には聞かせたくもないってこと?」


 マリアの脅しじみた言葉にそれ以上の言葉を言い淀んだアルキュス。彼女は決意すると正座でマリアの方に向くと、彼女は自身の悩みを話すのだった。


「何よそれ。戦いのことを私は知らないけどそんなの考えるなんてどうかしてると思うわ」


 それに対してマリアの返した言葉は何とも鋭い言葉であった。彼女の内心を慮っていないような言葉に思わずアルキュスは言い返そうと口を動かすがそれより先にマリアが言葉を続ける。


「よく考えて見なさい。あの男、私が知る限り一回も傷を負ってないのよ。あなただって一度もあいつに傷を負わせられていない。最早人間かどうかも怪しいわ。そんな奴と自分を比べるなんて命知らずにも程ってものがあるわ」


「で、でも私は勇者印の持ち主で。あの人と同じで」


「印を持ってる人間が全員同じ実力を持ってなきゃいけないなんて道理はないわよ。追いつきたいと思うのは結構だけど、思い詰めすぎるのは良くないわ。自分に出来ることをすればいいのよ。あいつは無茶は言わない男よ」


 そう言いながらマリアは魔道具をしまった。彼女の動きでアルキュスは自分の身体が完全に治ったことを理解した。立ち上がった彼女は自分で吐いた吐瀉物を片付ける。


「それじゃ気分転換にお茶でも行きましょ。喉の酸っぱさもお茶でも飲めば落ち着くでしょ」


 魔道具をしまって服についた砂埃を払いながら立ち上がったマリアは、微笑みながらアルキュスに提案する。お茶を飲みたいというのは彼女自身の願いでもあるのだろう。ここまで尽くしてもらって無下にするわけにもいかない。


「かしこまりました。お供させていただきます」


「そんなにかしこまらないでよ。居心地悪くなっちゃうじゃない」


 年は近いが立場は全く違う二人。しかし、二人は友人の様に笑みを浮かべ合うと訓練場を後にして茶の一杯でも飲もうと集会場の出口に向かうのだった。

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