第1-13話 彼女の正体


 不穏な気配を捉えきれぬまま、町に戻って来たレギアス。戻ってくる頃には既に太陽が地平線の向こうに沈みそうになっており、さっさと報告を済ませて、晩飯にしようと考えていた。


 簡単に報告を終え、集会場を後にしようとしたその時。


「あ、いたわ。やっと戻って来たのね」


 背後からマリアに声を掛けられ止められてしまった。彼女の後ろにはアルキュスも立っており、少し遠慮がちが表情を浮かべながら彼女の後ろに控えている。


「ちょうどいいわ。一緒にご飯行きましょ」


「お前らと飯食いに行くとゆっくり食えなさそうだから断る」


「いいじゃないの。奢るわよ? それにあんたと一緒にいるとオマケしてもらえるから便利なのよね」


 付きまとってくる彼女に対してうんざりしたような表情を浮かべるレギアスだったが、お構いなしにマリアは彼を食事に引き摺って行こうとする。助け舟を出してもらおうとアルキュスにも視線を送ったが、彼女は曖昧な笑みを浮かべているだけで何も助けてくれない。どうやらこの流れは既定路線だったらしい。


 こうなろうものならば、抵抗したところで彼女は無理やりにでも引き摺って行く。それに今回はアルキュスもおり、指導をしている彼女を無下にもできない。しばらく耳から意識を遠ざけてやれば大して気にもならないだろうと自分を無理やり納得させるとレギアスは彼女たちに付き合うことに決めたのだった。


 マリアに連れられ、店に入った三人。入るなり彼らを出迎える給仕の声と礼。しかし、マリアはそれが当たり前かのように振舞いながら店の奥に足を進める。


 彼女は席に着くなりすぐに店員を呼び注文を通す。それに甘んじたアルキュスがメニューに目を通すと、彼女は目を丸くした。そこにはなんと普通の店の三倍はするであろう値段が書かれていた。


 冒険者として活躍していて多少の金は持っているアルキュスでもこの店をわざわざ選択しない。


「マリアさん、本当にこのお店大丈夫なの?」


「ん? 大丈夫よ、前にも来たことあるから」


「そうじゃなくて……。このお店、どれもすっごく高いよ? こんな店に来ると思ってなかったからアル手持ちが……」


「奢るって言ったじゃないの。大丈夫よ、手持ちはたくさんあるから」


 自信満々に胸を張るマリア。それでも心配そうな表情を浮かべ、居心地悪そうに腰を動かしていたアルキュスだったが、彼女の自信を信じて腰を落ち着かせた。


 が、それですませるわけにはいかないレギアス。彼は常々思っていたことをこの機会だからと問いかけることにした。


「なあ、お前冒険者として活動してるわけでもないのに何でそんなに金持ってるんだ? おまけに異空間とつなげる魔道具にその中に入ってる大量の魔道具。そっち系に疎い俺でも一般人の持てるもんじゃないってことは分かるぞ」


「確かに。アルもマリアさんにパパがぺこぺこしてるのを見たことある。ほんとはどこかの偉い人の娘だったり?」


 料理を待っている間の雑談が徐々に勢いを増していく。何となく察しのついていそうなレギアスはともかくとしても、アルキュスはマリアを好奇心の籠った瞳で見つめている。特に裏もなく単純に好奇心で動いている分、無下にもしづらい。


 だが、それはそれとして答えるのもなかなか憚られる。彼女の瞳を受けてマリアは目を泳がせていた。


「あー……、旅に出る前に親が死んでその遺品を整理して……、その分を切り崩して今旅をしてるのよ」


「でも、魔道具は売ってないんだね?」


「……私、戦えないから戦えるように最低限の魔道具は必要だったのよ」


「回復の魔道具も最低限?」


 明らかに苦し紛れだと分かる説明に躊躇うことなく突っ込み続けるアルキュス。こいつは空気が読めないのかと思いながら眉に皺を寄せながら彼女を見ていたレギアスは、今度はマリアに視線を向ける。アルキュスの口撃を受けて徐々に表情が歪んでいくマリア。ここまでくるといつ爆発してもおかしくない。


 そうなれば確実に被害が出る。その矛先は間違いなくレギアスに向くだろう。


「だが、こいつがやんごとなき家の人間だっていうのは無理があるな。ちゃんとした教育を受けてる人間があんなにお転婆でじゃじゃ馬なはずがない」


「誰がお転婆よ! それと教養は結びつかないでしょ!」


「あ、飯来たな。じゃあ俺これもらうな」


「ああ、私の肉!? ってそっちまで取らないで!」


 テーブルに置かれた料理の内、肉がメインの物を真っ先に持っていかれ悲鳴を上げるマリア。レギアスから取り返そうとするが、彼の防御技術はここでも発揮され、指一本触れさせてもらえない。そうしている間にアルキュスにも料理を持っていかれ、彼女に残ったのは野菜料理のみである。


「あとで、追加すればいいだろ。それじゃあ遠慮なく」


「ごちそうになりまーす」


 狼狽えているマリアを他所に、レギアスとアルキュスは手元に寄せた料理に口を付け始める。師匠と弟子は似るところがあるというがまさにそれを体現したかのような行動であった。


「あんたたち店出たら覚えておきなさいよ!」


 もう釈迦に説法、糠に釘だと判断したマリアは追加の注文をしながら椅子から浮かせていた腰を落ち着かせると、残っている料理に手を伸ばすのだった。















































 食事を終えて別れたレギアス・マリアとアルキュス。自宅に戻ったアルキュスを出迎えたのは父親であるゾルダーグ。


「お帰りアルキュス。どこに行ってたんだ?」


「師匠とマリアさんとご飯に行ってた。高そうなお店だったけどマリアさんが奢ってくれたの」


 アルキュスがそう答えるとゾルダーグは小さく頬をひきつらせた。ごくわずかな変化であったが、その変化をアルキュスは見逃さなかった。


「……ねえパパ。マリアさんってそんなに偉い人なの。すごいお金持ってそうな感じだし、パパは変にへりくだったような態度だし」


「いやッ、別にそんなことは……」


 不自然な態度を取るマリアに加えて明らかに動揺を見せるゾルダーグ。彼女との約束がある彼は何とか取り繕うと次に吐く言葉を考えるが、アルキュスの刺すような視線に抑えられる。そしてもはや言い訳すらも思いつかなくなってしまった彼が、約束を破ることを決断する。


「ハァ、これは秘密で頼むぞ」


 ゾルダーグはアルキュスを手招きする。それに従ってアルキュスが彼のそばに近づき、小声でも聞こえる距離まで近づいたところでゾルダーグはマリアの正体について話し始めた。


「マリアさん、いや、マリア様の本名はマリア・エヌ・オーヴァイン。この国の王族であるオーヴァイン家の次女に当たられるお方だ」


 父のカミングアウトに驚きの声が漏れそうになるアルキュスだったが、冒険者の鉄の精神力で口を手で抑えながら心を静めていく。そして冷静さを取り戻したところで父と問答を始める。

 

「なんでそんな人がここにいるの? それになんでパパはそんなこと知ってるわけ?」


「冒険者組合は国が運営している組織だ。私がこの集会場を任されたときに王族の方々への謁見を許された。その時にあの方が国王のおそばにいられて、その時にお会いしたのだ。なんでここにいるかは知らないが」


 昔のことを思い出しながら語るゾルダーグ。


 冒険者組合は国が運営する組織であり、その集会場は運営委託という形で優秀な冒険者に委託されることになっている。つまり集会場を任された時点で彼らは国家公務員に近い形になり、官僚と一部においては同程度の権限を得ることになる。

 

 同時に国を背負って立つ人間になるため、王族に対して忠誠を誓うことになり、その際に国王と謁見することになる。彼も前任者からこの集会場を引き継いだ際にその行事を行ったのだが、その時にマリアのことを見ていた。


 五年ほど前、彼が謁見中に玉座に間に乱入をかましたのがマリアであり、そのせいでゾルダーグの脳内には彼女の印象がより強く根付いており、その甲斐あってすぐに彼女の存在に気づくことが出来た。


「だったらなんで余計にそんな人が一人で出歩いて回ってるの?」


「……さあ?」


 二人は改めて首を横に傾げるのだった。












































 アルキュスと別れて宿に戻ったレギアス。あとは眠るだけでいいのだが、なんとなく寝付くことが出来ずに屋根に上って夜空を眺めていた。物思いにふけることもなく、ただひたすら上を向いて眺めていると屋根を踏みしめる音が聞こえてくる。


「こんなところで何してるのよ。もう寝たほうがいい時間よ」


「お前には関係ねえだろ」


 恐る恐ると言った足取りで屋根の上を進んできたマリアはそのまま彼の隣に座り込む。レギアスは何故座るのかと思いたくなるが何も言わずに彼女のことなど気にせずに空を眺め続けていた。


 そんななかでマリアがぽつぽつと話し始めた。話題は今晩の夕食の際の事であった。


「今日はありがとうね」


「何の話だ?」


「夜ごはんの時、話を逸らしてくれたじゃない? おかげで下手にあそこで追及されずに済んだから」


「そんなことあったか?」


「あんたのことだと本気で気にしてなさそうだけど……、本当に感謝してるのよ。あんまりバレると困る立場だから」


 そう言うとマリアはそのままの流れで自分が王家の人間であることを打ち明けた。この際だからバレても仕方ないと思ってなのか、それとも彼にだったらバレても構わないという気持ちの表れだったのか本人にしか分からないが、それでも彼女は自分の秘密を打ち明けた。


 続けて彼女はさらなる秘密を打ち明けていく。


「じゃあなんでここにいるのかって話になるでしょ」


「あー……」


「私ね。体質なのか知らないけどすべての魔道具が使えるの。どんなに古いものでもね」


 魔道具というのは使用者を選ぶ傾向にあるものであり、使いたい人間が使いたい魔道具を使えるというわけではない。普通の人間では一個使えれば御の字。五個も使えれば引く手あまた。二桁を超えれば国家の宝に等しい。


 そんな使用者の限られる魔道具を彼女はどんなものであってもすべて使うことが出来るのだ。その存在価値は計り知れない。


「だから私、王国の魔道具の実験に何度も付き合わされた。王城に収容されてる魔道具が、どんな能力を持った魔道具なのか、どういう性質なのか、解明するために随分いろんな魔道具を使わされたわ」


 マリアは言葉を続ける。


「でもね。やってくうちに気づいたの。私、このままこれに付き合わされて一生を終えるのかなって。外の世界の事なんて何も知らないまま、死んでくのかなって思ったの。だから自分一人だけで世界を見てみようと思ってこっそり家出したの。一般人がどんな生活を送ってるのか、モンスターや魔族とどんな風に戦ってるのかをこの目で見て自分の人生に向き合おうと思って」


「あー……」


「あと、どうせ大した権力なんて持てないだろうし、気に入った男を婿にするために男捜しもね。まあ、あんたは一番あり得ないけど」


「あー……」


「……ねえちょっと聞いてるの?」


 気の抜けた返事しか返さないレギアスに嫌な予感を覚えたマリアが彼に問いかけると彼はここで初めて星空から視線をずらしてマリアのほうを向く。


「ああ、聞いてたぞ」


「じゃあ、何の話してたか言ってみなさいよ」


「アレだろ。ほんとに感謝してるだのなんだのって」


「ホントに最初のところだけじゃないの! それじゃほとんど何も聞いてないのと変わらないじゃない!」


 重要な部分を何も聞いていなかったレギアスにマリアはいつものように声を荒げる。最早お馴染みとなりつつあるやり取りであるが、今回ばかりはマリアも本気で怒っていた。覚悟を決めて伝えたというのに全く聞いていなかったというのだから怒りも芽生えるというものである。


「で、何の話だったか」


「それをさっき話したばっかりなのよ!」


 悪びれた様子無く聞き返してくるレギアスに怒りを隠せないマリアはいよいよ立ち上がりながらレギアスの身体に手を伸ばした。捕まえて文句の一つでも行ってやろうという気持ちで手を伸ばしたのだが、当たり前のようにレギアスに躱されてしまい伸ばした手は虚空を切った。


「って、キャッ!?」


 その時、レギアスに向けられるはずだった力があらぬ方向へ向いてしまい彼女はバランスを崩す。屋根の縁近くに座っていた彼女はこのままいけば屋根の上から落ちてしまう。戦闘能力ほぼ皆無の彼女が生身の状態で屋根から落ちたら怪我は避けられない。その未来を拒むため、何とか体勢を整えようとするが、努力は報われずとうとう完全にバランスを崩し、屋根から身体が離れた。


 このまま地面に叩きつけられるのだろうかと思い、身体をギュッと緊張させるマリア。衝撃に備え、覚悟を決めた彼女だったが、幸いなことに彼女の身体に衝撃が奔ることはなく、空中で静止した。レギアスが落ちそうになった彼女の服を掴んで持ち上げたことで彼女は激突を免れたのだ。


「ったく、こんなところで素人が暴れたらこうなることは予想できるだろ。頭がアリの巣で出来てるのか」


 マリアを救った彼は、いつものように毒を吐くと彼女を屋根の上に下ろす。そして静かに屋根の上を歩くと建物の中に戻っていく。


「ちょ、どこ行くのよ」


「寝るんだよ。お前は自分で言ったことも忘れたのか?」


 そう言うと彼は身軽な動きで窓から自分の部屋に戻っていったのだった。


 余りにもマイペースな彼の行動に呆れを隠せないマリア。しかし、良い方に考えてみれば彼は自分の身分を気にしていないということである。お互いに振る舞いを気にすることなく接してよいということで、堅苦しいのがあまり好きではない彼女としては好都合であった。


 加えていつもであれば物でも放るかのように置く彼であるが、今回はそっと屋根に置いた。彼なりに自分のことを気遣ってくれたのだろう。マリアはそう解釈した。


「……素直じゃないんだから」


 自分にとって都合のいい考えでしかないが、レギアスの行動の真意を呼んだマリアは頬を緩ませた。そして彼の後を追うように宿の中に戻っていくのだった。

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