第1-12話 新たなる脅威
バルデスを撃退して三日が経過した。普段通りレギアスは冒険者組合に訪れ、アルキュスの稽古をつけていた。一日やそこらで二人の実力差が埋まるはずもなく、またゲロを吐かされ地面に倒れ伏したアルキュスを放ってレギアスは自分の依頼に出る。
今回彼が受けたのはザルボの森での見回り。ヒュドラが出たことでまた何か起こるんじゃないかと予期した組合が出した依頼であった。ヒュドラを倒せる彼からしてみれば何とも温い依頼であるが、日銭を稼げるならば何でも構わない、というのがやはり彼のスタンスだった。
手早く依頼の受諾を行って、ザルボの森に向かうべく町に出たレギアス。彼のことを太陽が燦燦と照らしており、町行く人々は思い思いに通りを行き交っている。まさに日常、いつもと変わらない一日の始まりである。
しかし、三日前とは一つだけ変わっていることがあった。それは町の人々から声をかけられるようになったということである。
「おう兄ちゃん。今度はうちの店に食べに来てくれよ。うんとサービスするぜ!」
「兄さん、今度うちの店をのぞきに来てくれよ。魔道具の一つや二つだったら仕入れておくからさ!」
「お兄さん、良い果物が入ったんだよ。一つ持っていきな!」
投げられた果物を掴みながらレギアスは通りを進む。先日の一件が人づてに広まってしまい、レギアスは『横暴な冒険者を追い払った正義の冒険者』というふうに受け取られてしまったのだ。本人からしてみればやかましいウドの大木を蹴散らしたに過ぎないし、ハッキリ言って鬱陶しいと思っているのだが、所詮は噂。放っておけばそのうち収まるだろうと考えていた。
町の人々に声を掛けられながら、ようやく町の外に出たレギアスはザルボの森に向かうべく走り出そうと一歩を踏み出そうとした。が、その一歩目が踏み出された直後、彼の足が止まり周囲をキョロキョロと見回し始めた。
「どうした? 虫でも飛んでたか?」
「……いや、何でもない」
その様子に門を守る衛兵が声を掛けるが、レギアスは端的に答えを返す。
「そうか、気を付けてな。闘技場の英雄!」
そんな彼の様子に本当に心配いらないのだと判断した門兵は彼を送り出す一言を掛けると、自分の仕事に戻る。
心配ないと言いながらも未だに妙な違和感を覚えていたレギアスだったが、確証も得られないことだしあまり気にしても仕方ないと考えると彼は改めて森を目指すべく、一歩目を踏み出して走り始めるのだった。
そして森に到着したレギアスは、森で何か不審なことが起こっていないかを調べるために森の中を歩き始める。森にはヒュドラが暴れた傷跡が深く残っていたが、それ以外には特に変わった様子はなく平和そのもので、先日来たときにはいなかった小動物がうろうろしてる程であった。
だが、森自体に問題はなくてもレギアス本人にとある問題が降りかかっていた。
(視線を感じる……。誰か遠視で見てやがんな)
「……チッ、イライラするなこの視線」
町を出たときから視線を感じるようになっていたのだ。それもその発生場所がまったく割り出せないのだ。町の中で感じなかったのは、町の中ではできなかったのか、それともする必要がなかったのか。そんなことは彼にとっては別にどうでもいいことだったが、この視線が外に出続ける限り続くというのはかなり気分が悪いものだった。
口元に手を当てて、この視線の主を探る方法を考えるレギアス。しかし、彼には魔力がなく、魔法に頼った探知は出来ない。おまけに魔道具の一切もなく、視線を探るのは困難を極めることになる。
「……行けないこともないな」
しかし、レギアスは見つけられると判断した。改めて視線について考えたところ、明らかに町を出た直後と、今では視線の強さが違うのだ。通常の人間には不可能、ましてや探知に特化した魔法使いでも感じられるか怪しいほどの微かな違いだろう。
だが、レギアスの第六感はそう告げていた。そしてこの視線が強くなる方向に行けばこの主に出会えることも教えてくれていた。
この直感に従って間違いがなかったことを知っているレギアスはこれまでにないほど素直に歩を進め始めた。わずかな視線の強弱に全神経を集中しながら歩き続けると、それにつれて僅かにではあるが視線が強くなっていく。
モンスターの妨害なぞ気にも留めずに、歩みを進めていったところでザルボの森とは違う森に近づいていく。もし視線の主が根城にしているならこの森だろうとレギアスが考えた次の瞬間。
「ついに尻尾を出したな。この俺を見物したいなら金を払え!」
レギアスに浴びせられていた視線がフッと消えてしまったのだった。視線が消えてしまい、追跡が出来なくなってしまった。普通ならばそう考えるかもしれないが、レギアスは違う。視線が消えたということはやましいことがあるということであり、森に近づかれたくないということである。つまり、視線の主はこの森にいる可能性が高い。
すぐにその結論に至ったレギアスは、森の中をくまなく探すために全速力で走り出す。魔法で逃げようとすればその変化には気づくことが出来る。自分の感覚を信じて猛烈な勢いでレギアスは森の中を進んでいった。
そして彼は違和感のある場所に辿り着いた。木が生えていない、少し開けた空間であるはずなのに空気が淀んでおり、その流れが微妙に景色とズレている場所。ここに何かがあるのだと察したレギアスは早速その場の探索をするべく足を踏み入れた。
彼の予想通り、その空間には認識阻害の魔法による結界が張られており、レギアスが足を踏み入れた途端、その向こうの空間が見えるようになった。
そこにはこじんまりとした小屋のようなものが立っており、手のほとんど入っていない森にしては不自然なものであった。だからこそ、視線の主がこの小屋にいたことを証明している。
「足跡は……、男女がそれぞれ一人ずつか。それ以外の足跡は特になし」
中を探索するため、扉を蹴り飛ばさん勢いで中に侵入する。
「ついさっきまで誰かがいたな。男と、女か。だが、外の女の足跡と大きさが違う。てことはここに立ち入ったのは男が一人と女が二人か」
小屋に残っているわずかな痕跡から状況を推察するレギアス。しかし、残っている情報がわずかである以上得られる情報には限りがある。小屋の中からはその程度の情報しか得ることが出来ないまま、彼は小屋から出るのだった。
小屋全体から発せられる嫌な感じにレギアスは眉を顰めながらももうこれ以上ここでは何もできないと理解して小屋を立ち去ろうとする。結界を抜けて、もとのザルボの森に戻るために走り出そうとした。
次の瞬間、彼の背中に刺すような視線を受けた、レギアスは思わず戦闘態勢を取り、その視線の先に殺気を飛ばした。
「誰だ。三秒以内に出てこないと敵とみなす」
彼が声を張り上げながら視線の先にそう問いかけると、慌てたような素振りでヒナが飛び出してきた。
「わっ、わわっ! ご、ごめんなさい! ついモンスターかと思って!?」
両手を上げて無害アピールする彼女に殺気を引っ込めたレギアス。戦闘態勢を解除すると今度は彼女がなぜここにいるのかを問いかける。
「なんでこんなところにいる?」
「あの、うちの人が町にいづらくなっちゃってしばらくここで生活するって決めたらしく……。それで私も」
「それでここにか? やっぱり頭に栄養行ってないノータリンらしいな」
レギアスはそんな手段を取ったバルデスを、自分でも同じことをしたであろうことを差し置いて批判する。だが、レギアスは別に彼になど興味はない。さっさと話を打ち切ってザルボの森に戻ろうとする。
その時、レギアスは周囲の臭いでも嗅ぐようにスンと鼻を鳴らした。その行動に不信さを覚えたヒナが声を上げる。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、臭うなと思ってな」
「えっ、やっぱり臭いですか!? 水浴びもまともにできてないから……」
彼の言葉に反応したヒナは自分の臭いを確かめるように鼻を身体に這わせていく。が、レギアスからしてみれば全く見当違い。
「違うそうじゃない」
首を振ってザルボの森に足を向けたレギアスはヒナを指さしながら口を開く。
「ウソの臭いがするってだけの話だ。気にしなくていい」
そう言うとレギアスはザルボの森に戻っていった。
残されたヒナはそんな彼の背中を感情の籠っていない空虚な瞳を細めながら見送ったのだった。
「いやはや、本当にとんでもない人間がこの町にきてしまったようですね。何とも間の悪い……」
レギアスのことを覗き見ていたヒュドラを差し向けた首謀者の男。彼は冷や汗タラタラで小屋のそばの木々の上からレギアスの行動を伺っていた。
遠視の魔法を消した彼は慌ててもう一人の女の方を抱え上げると魔法なしで小屋を離れ木々に登って様子を伺っていたのだ。レギアスが結界から出た瞬間、わずかに敵意が漏れ出してしまったが、その点も問題なかった。
見つかっていれば激戦は必至のギリギリの状況であったが、今回は彼らに天が味方した形である。
「まさか遠視の魔法を伝ってここに辿り着く人間がいるなんて……。本当に人間なんですかね?」
木の上から降りた彼は抱えている女を伴いながら小屋へと戻っていく。魔法が仕掛けられていないことを確認した彼は小屋に入ってすぐに落ち着こうと彼女をベットに寝かせようとした。
が、首に回った彼女の腕が離れることを許さなかった。
「久しぶりにそんなに熱く求めてくれるなんてね。いいじゃない付き合ってあげるわ」
「いや、別にそういうわけじゃ」
「ん?」
「あーもうそういうことですよ。お付き合いしていただきますよ」
そういうと男は身体を成り行きに委ねた。
「遅せえぞヒナ! あの男の情報は手に入ったんだろうな」
「は、はい。冒険者や町の人々の噂を聞いて回って何とか……」
ヒナは知りえた情報をバルデスに伝える。事細かに、獲得していった情報を伝えていくとバルデスの様子が変わっていく。
「闘技場の英雄だァ!? んなもん闘技場の連中が客寄せのために拭いて回ったホラに決まってんだろうが!」
あんなにボコボコにされたくせにとは思いながらもヒナは口をつぐんて彼の怒号に耳を貸し続ける。
爪を噛みながらレギアスの恨みを呟き続けるバルデス。しかし、その内心は決して穏やかなものではなかった。
(クソっ、闘技場の英雄が本当だっていうなら俺がどうこうできる相手じゃねえぞ。かといっていまさら引けもしねえし……)
今の人間はレギアスの実力を知っている者と知らない者に二分される。彼の場合は前者であり、噂を耳にした後、現地でその実力を見せられた者だった。となれば実力はもちろん知っており、本気になった時の彼に勝てないことも承知していた。
しかし、プライドと天秤にかけてもはや引き下がれない。
「どうするどうする……」
額に汗を浮かべながら考えていると、彼のもとにスッと男が姿を現した。
「お困りのようですね」
「ウオッ!? テメエ、どっからきやがった!?」
突然の闖入者に慌てて戦闘態勢をとるバルデス。しかし、彼とは対照的に男は落ち着いた様子で両手を前に突き出して武器を持っていないことを見せながら声を上げる。
「失礼、私は敵ではありません。ただ、少しお困りの様子でしたのでお声を掛けさせていただいた所存です、話してみればすっきりすることもございます。ここで会ったのも何かの縁、私に話してみてはいかがでしょうか?」
突然現れた不審者に警戒していたバルデスだったが、男の持つ不思議な雰囲気に徐々に警戒心を解されて行き、彼は事の経緯を話してしまった。
「なるほどなるほど。この町を守り続けてきたあなたに対してその態度。それはよくありませんねぇ。確かに仕返しをしたくなるのも当然のことです」
「だろ!? だが、相手が少し悪くてよ。手を出しにくいだよなァ」
自分のことを肯定されたことでバルデスは嬉しくなり、喜色の気配を出す。それを見計らった男はある提案をする。
「であれば、私共に協力させてくださいませ」
「は? それってどういう……」
「ご安心ください。あなたは私どもがタイミングを教えるまでひたすら待っていればいいのです。あとはあなた次第、思う存分復讐に勤しんでいただければいいのです。さあいかがします? このようなチャンスは二度と来ませんよ?」
矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、バルデスに思考の時間を与えない。そしてバルデスはその言葉に一縷の希望を見出してしまった。どうせ分の悪い賭けなのだから、協力してもらえるならば何でも構わないだろうと。
「よし分かった。あんたたちがそう言ってくれるんだったら遠慮なく受け取らせてもらうぜ」
「よろしい。ならば我々が合図を出すまであなたは普段通りに暮らしていてくださいまし。それでは私はこの辺で失礼させていただきます」
「ちょっと待ってくれ。あんた名前はなんていうんだ?」
「そうですね……。ライ、とお呼びください」
それだけを告げて、ライと名乗った男は暗闇の中に姿を消していった。
「クヒヒ、これであいつに復讐できる。そして闘技場の英雄を倒した俺の名声もトップに……」
未来のことを考えて皮算用をするバルデス。彼の頭の中は血まみれで自分の足元に倒れているレギアスの姿でいっぱいである。
そんな彼の姿をヒナは目を細めて見守っていた。まるでおもちゃであそぶ子供を見守る母親のような瞳で。
ところで彼女はライが姿を現してバルデスと約束を交わすまで一切の動揺を見せていなかったのだが、きっとただの偶然であろう。偶然ったら偶然なのだ。
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