第1-3話 冒険者の資格
魔力が一切存在していないという特異体質によって冒険者としての登録を断られてしまったレギアス。
本来魔力というのは誰にでも存在している。生まれたての赤子でも瀕死の老人でもそれは例外ではなく、魔力の無い人間と言うのはそも前例が存在していないのだ。そんな存在がいきなり告知なしに姿を現したのだ。足踏みしてしまうのは別に不思議なことではない。
正直、自分の体質を鑑みて断られるようなことを多少想定していたレギアスに動揺した素振りは無い。仕方がないことだと考えて集会場を離れようとする。
しかし、そんな組合の決定に異を唱える者がいた。
「ちょっと! こいつが登録できないってどういうことよ!」
後ろで見守っていたマリアが職員に対して怒声を上げた。集会場内に響き渡る声に思わずレギアスの足が止まる。
「魔力がないからってどうだって言うのよ! こいつはそこらのチンピラ染みた下級の冒険者なんか相手にならないくらいには強いのよ! 助けてもらった私が言うんだから間違いないわ! そんな奴を魔力がないからって登録しないってどういうことよ!」
集会場内の冒険者に指を走らせながらマリアは主張する。そのあまりの剣幕に受付嬢は動揺しながらも彼女の主張に異を唱える。
「も、申し訳ありませんが、魔力の無い方は前例がない上、組合カードの登録が出来ないのです! カードの登録が出来ない以上、身分の証明が出来ず冒険者としての証明が出来ないんです!」
「そんなのどうにかしなさいよ! 規則規則ってそれで金塊を逃がしたら世話ないじゃない!」
彼の処遇について言い争いを続ける二人。徐々にヒートアップしていくマリアだったが、これとは別に火花を飛ばしていた。
「おい、嬢ちゃん。俺たちがこいつより弱いって?」
彼女に遠回しにチンピラ扱いされて黙っていられなくなった一部の冒険者たちが彼女の肩を掴む。肩を握りつぶさんばかりの力で掴まれる彼女は痛みで顔を歪ませながらも、その手を振り払い男たちと向かい合う。
「そうよ! こいつは素手で野盗に何もさせずに瞬殺したのよ。あんたたち程度じゃとても到達できないレベルに纏まってた。目の前で見たんだから間違いないわよ!」
目の前にそびえる巨漢たちに怯むことなく言い返すマリア。だが、その程度で男たちが怯むはずもなく、青筋を立てた男の一人が彼女の胸元に手を伸ばす。
「このクソアマ、言わせておけば……」
「おい、止めとけって! その男確か……」
「ルセェ! ここまで言われて黙ってられるか!」
止めようとしている男の声を振り切り、詰め寄った男は胸倉を掴もうとする。もう片方の手は硬く握られており、いつそれが彼女に飛んでもおかしくない。
まさに一触即発の空気。何かのショックで弾ければ血しぶきが飛ぶ事態になってもおかしくなかった。誰もが次に起こる事態に備えている。
そんな張り詰めた空気の中に救いの手が差し伸べられた。混沌とした集会場内に響き渡るパンという乾いた音。それによってこの場が一気に秩序を取り戻す。
「ギ、ギルド長!」
「みんな落ち着きなさい。一体何があったというのですか」
集会場の奥から姿を現した礼服の中年男性を見て、その場の全員が冷静さを取り戻す。持ち上げていた男は思わずマリアを手離してしまい、尻から地面に落ちた彼女は小さく悲鳴を上げる。
集会場が秩序を取り戻したところで、ギルド長は状況を整理するために受付嬢から事の顛末を聞き出す。そうして事の詳細を簡潔に理解したギルド長はレギアスのもとに歩み寄ってくる。
一目でレギアスがタダ者ではないことを見抜いたギルド長。彼が騒動の中心であることを改めて理解した彼は心の帯を締め直し、応対を試みる。
キリっと気を引き締め直したギルド長。だったのだが、彼の意識は視界に映ったある存在に持っていかれてしまう。その瞬間、一瞬レギアスの存在が頭の中から消え、そちらに対応してしまう。
「ま、マリア様? 一体なぜこのようなところに……」
「ワーッ!!! ワーッ!!!!!」
近寄って来たギルド長の声を掻き消すように大声を上げたマリア。奇天烈な行動にその場の全員が理解不能を示していると彼女はギルド長に顔を近づけると小声で話し始めた。
「今はちょっと事情で家から離れてるから、ただのマリアとして接してちょうだい!」」
「しかし、そう言われましてももしものことがありましたら……」
「返事はハイだけよ! それ以外の返事は今すぐクビだからね!」
「か、かしこまりました!」
内緒話を終えた二人は顔を離し、距離を取る。彼女のことを一度脳内から消し去ったギルド長は改めてレギアスに向き直る。そして前置きとして咳ばらいを一回すると話し始める。
「さてレギアス様、出よろしかったでしょうか。事情は把握いたしました。しかし、申し訳ありませんが先ほど受付嬢から説明しました通り、当集会場では魔力の無い方の登録はご遠慮いただいておりまして……」
レギアスの目を見ながら丁寧に説明するギルド長。最初はマニュアル通りに対応していた彼であったが、途中から何か違和感を覚え始める。どこかで見覚えのある顔に引っかかった彼は改めて彼の書いた書類に目を通す。
「待てよ……。レギアス……? 青色の髪……?」
彼の中で湧き上がってくる疑念に心をざわつかせるギルド長。彼の行動に集会場はざわめき始め、独特の緊張感に包まれ始める。
書類とレギアスを交互に見たギルド長は、疑念を確信に変えるため目の前の彼に問いかける。
「つかぬことをお尋ねいたします。もしや闘技場の英雄、レギアス様でしたでしょうか!?」
「そうだ、といったらどうするんだ? 俺を登録でもしてくれるのか?」
ギルド長の言葉に遠回しに肯定して見せたレギアス。その瞬間、集会場のざわめきは一瞬にして爆発する。
「闘技場の英雄ってあの十五年間、三千戦全勝の最強の男か!?」
「だからやめとけって言ったんだよ! そんな男じゃお前殺されてもおかしくないぞ!」
「どおりで見覚えがあると思ったんだよ! てかそんな奴がなんでこんなところにいるんだよ!」
口々に彼について声を上げる冒険者たち。そんな中、彼のことを対応した受付嬢がギルド長に声をかける。
「あの……、この方ってそんなに有名な方なんでしょうか?」
「え? ああそうか、君はまだ若いものな。良いか、彼はジコルで行われている興行、闘技大会で前人未到の十五年無敗を貫いた伝説の存在だ!」
興奮した様子で語るギルド長に、なんとなく彼の凄さを認識した受付嬢。それを実現するのがどれほど大変な事かは正直いまいちピンとこなかったが、すごいということは理解した。
興奮した様子のギルド長はハッと何かを思い出したような素振りを見せると再びレギアスに問いを投げる。
「ということは、印を……」
「ああ、これの事か」
ギルド長の問いかけの意図を察したレギアスは右手にはめていた手袋を取り去る。するとそこには剣と広げられた片翼をかたどったような印が刻み込まれていた。
「勇者印!? あんた何で隠してたの!?」
それが何かを瞬時に理解したマリアが声を張り上げ、ギルド長は興奮のあまり足取りが覚束なくなっている。周りの冒険者たちのざわめきもピークに達し、騒がしさがさらに増す。
――勇者印。それは世界を支配しようとする魔王を倒すべき存在として生まれ落ちたものにのみ発現する印とされており、それを持つ者は極めて優れた何かしらの能力を保持しているとされており、国はこれを持つ人材の確保に躍起になっている――
もはや興奮のるつぼと化した集会場。しかし、その中で一人冷静さを保っていたレギアスは次第に苛立ちを覚え始めていた。いつになったら話が進む。その疑問を抱える彼は目を細め、キラリと光らせながらギルド長に問いかけた。
「一体いつになったら話が進むんだ? 称賛の声なんて聞き飽きてるぞ?」
「あっ、申し訳ございません。今一度検討いたしますので少々お待ちください!」
そう言うとギルド長は受付の奥に引っ込んで行ってしまう。残されてしまったレギアスはしばらく時間がかかるだろうと予測し、先に食事を終えるため集会場を出た。
「ちょっとレギアス! あんたなんでそんな重大なこと秘密にしてるのよ!」
彼の後に続いて集会場を離れたマリアが声を荒げる。そんな彼女に対してレギアスはいつものように対応する。
「なんでお前に教えなければならんのだ。それに気安く名前で呼ぶな。苛立ちが抑えられんくなる」
レギアスはさらに言葉を続ける。
「それにお前は俺に秘密を問えるような立場なのか? お前も何か隠しているだろ。それを明らかにせんことにはこっちが秘密を明かす義理などない」
「グッ……」
レギアスの指摘に言葉を詰まらせるマリア。彼女とギルド長との会話から彼女が何かを隠さなければならない立場にあることはレギアスもはっきりと理解している。図星を受けたマリアは先ほどまでの騒がしさはどこへやら言葉を詰まらせ弁明しようと思考を働かせる。
そんな彼女を他所にレギアスは昼食のために歩き始める。それ以上の追及もなく歩き始めた彼に対して拍子抜けしたマリアは戸惑いながら彼の後を追っていく。
「ちょ、ちょっと。それ以上追及しないの?」
「貴様の秘密なんぞどうでもいいわ。それに秘密を知ったところでお前のやかましさが変わるわけでもないだろ」
彼女の問いかけに淡白に答えたレギアスは歩みを続ける。彼の答えに一瞬ポカンとした表情を浮かべた彼女だったが、すぐに復活すると彼の後をついて歩き始める。その表情はどこかすっきりとしており、憑き物が落ちたかのようであった。
昼食を取り終えて集会場に戻って来たレギアスを出迎えたのはギルド長であった。彼は集会場に入ってきたレギアスを真っ先に出迎える。
「お待ちしておりましたレギアス様。お話がありますのでどうぞこちらに」
彼の案内に従って集会場の奥に歩みを進める(当然ながらマリアは留守番である)。少し歩いて辿りついた扉の奥の部屋に足を踏み入れた彼はその奥の椅子に案内されて腰かけた。その対面にギルド長も座りお互い向かい合って話を始める準備が整う。
「改めまして、このハイルデインの集会場の長を務めております。ゾルダーク・ネロンと申します。以後お見知りおきを」
「自己紹介はいい。とっとと話を進めろ」
「かしこまりました。では本題に入らせていただきます。あなた様を冒険者として登録するか、改めて再考いたしましたところ……、簡潔に申し上げさせていただきます。力を見せていただきたい」
「力か。この集会場でもぶち壊せばいいのか?」
「それは困ります!」
本当にできてしまいそうでという枕言葉をゾルダーグは飲み込みながら、一度小さく咳ばらいをした。彼は詳しく言葉の意図を説明する。
「貴方様が闘技場で華々しい成績を収めていることは重々承知しております。ですが、魔力の無い人間の能力というのは前例がなく未知数であります。冒険者として、強大な敵を相手にして生き残れるかを戦いの中で見定めたいのです」
「なるほど。要は魔力無しでどこまで出来るかを見せろと」
「まあ、言ってしまえばその通りでございます」
ゾルダーグの言葉に納得したレギアス。
「それで? 相手は誰だ? まさかあんたがするわけじゃないだろうな。もう六年近くは戦っていないだろう?」
「……よくお分かりですね。今年で冒険者を引退して七年になります」
戦っていない年数をおおよそ言い当てられて、頭の中でも覗かれたのかとゾルダーグはうすら寒いものを感じた。これが最強の剣闘士か、昔客席側で見た彼の強さを思い出し、その凶悪さを身体を震わせた。
「今回の模擬戦の相手は、この町で上から二番目に相当する階級の冒険者、アルキュス・ネロン」
「ネロン、っていうことは……」
「ええ、私の娘です。そして、あなたと同じ勇者印の持ち主でございます」
その直後、彼らのいる部屋の扉が勢いよく開く。その奥に立っていたのは腰に目に見えてわかるほどの名剣を備え、洗練された立ち振る舞いを見せる少女であった。
「来たよパパ。何か用があるって聞いたんだけど?」
その瞬間、黒髪を靡かせながら声を上げた彼女とレギアスの視線が交錯したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます