第1-2話 いざ新天地へ
少女に付きまとわれながらも、その後一日中走り続けレギアスはついについに目的地であるハイルデインに到着した。
「ふう、思いの他早く着いたな」
一日中走り続けたことで軽く疲れの溜まったレギアスは小さく息を吐く。まずは食い扶持を確保するための仕事を探して、その次は適当に人気のない場所を確保して身体を休めようか。それとも先に食事でもとろうか。初めての選択できるという感覚に微かに胸を躍らせながら彼は町に入るための列に並ぼうとする。
「ひい……、ひい……。ま、待ちなさい……」
そんな彼の足を止めたのは彼について追いかけてきた少女であった。一日中走り続けた彼のことを根性だけで追いかけてきた彼女は既に息絶え絶えであり、彼に手が届く距離まで近づいてくると倒れこみながら足を掴む。
「貴方……、どんな体力してるのよ……。一日中走り続けて疲れた素振り一つ見せないなんて……」
ぜえぜえと荒い呼吸を上げながらレギアスにへばりつく少女。レギアスを異常者扱い(実際以上ではあるが)している彼女だったが、そんな彼についてきた彼女も大概肝が据わっている。
そんな少女の手を無慈悲にも軽く払ったレギアスは彼女を冷めた目で見下ろしながら口を開く。
「で、お前は何をしに来たんだ?」
「昨日のッ……、ことッ、もうッ、忘れたのッ、かしら……? 感謝を受け取ってッ、もらうまでついていくってッ、言ったわよね……。だからッ、約束通りついてきたのよ……」
「ああ、そういえばそうだったな。ハイハイ、昨日はどういたしまして。ほらお前の感謝を受け取ったぞ。とっとと俺の前から消えろ」
呼吸を整えながら立ち上がった少女はレギアスにユラユラと身体を揺らしながら人差し指を突き出し彼の対応に対して不満をぶちまける。
「そんなッ、気持ちの籠ってない言葉でッ、私が納得するッ、わけないでしょ!」
「だったらどうすればいいんだ」
「そりゃあもちろん私に感謝されることを、生涯の宝として大切にすることね! 私からの直接の感謝なんてそう簡単に受け取れるものじゃないんだからね! 大体あそこであなたが私の前に現れたのもまさに運命。あなたに私を助けさせるため、天があなたを導いたと言っても過言ではないのよ! ……って聞いてるのかしらってちょっとー!?」
彼女の妄言など聞くに堪えなくなったレギアスは、彼女の存在自体を無視して列の最後尾につく。が、残念ながら話が終わる前に彼女の視界から消えることはなく、近づいてきた彼女は彼の後ろについた。
「ちょっと! 人の話は最後まで聞くものでしょ!?」
「そこら辺の老人の妄言に最後まで耳を貸さないし、聞いても真面目に聞かないだろ。あんな感じ」
「すっごい失礼! そこらの雑音と変わらないってこと?」
もうレギアスの言い分に慣れ始めているのか、先ほどまでの爆発するような怒りではなくぷりぷりとだいぶ可愛らしい怒り方になっている。いつまでも塩対応を崩そうとしないレギアスに対して文句を垂れ流している。
「そういえばあなた名前はなんていうのよ? 昨日からずっといるのに一回も教えてくれないじゃない」
「なんで赤の他人同然のお前に名前を教えにゃならんのじゃ。それに他人に名乗らせようってんならまずはテメエから名乗れ」
「そっか、それもそうね。私が名乗ればあんたも名乗るってわけね。だったら私から名乗らせてもらうわ。和足の名前はマリア、マリア・エ……、マリアよ。今後ともよろしく」
「あっそ」
意気揚々と名乗り上げたマリアと名乗る少女に対して相変わらず素っ気ない態度のレギアス。自分の名前を適当に流そうとするレギアスに対して彼女は再び怒りの炎を燃え上がらせる。
「ちょっと! こっちが名乗ったならあなたも名乗りなさいよ!」
「別に頼んでない。それにこっちが名乗るなんて言った覚えもないが」
「ムキー! ああ言えばこう言う! ほんと揚げ足取りね!!!!!」
彼の主張を聞き、地団太を踏み始めるマリア。本当にムキーなどと言う人間という未知との遭遇にレギアスが初めての感覚を覚えているとマリアがレギアスの耳を掴もうと手を伸ばしてくる。そんな彼女の手を叩いて阻止すると、彼は彼女にジロリと視線を向ける。
「何するつもりだ」
「耳でも引っ張れば名乗りたくなるんじゃないかと思ってね!」
「んなことしやがったら舌引っこ抜くからな。名乗れなくなったら名乗りを聞き返すこともなくなるだろうな。そしたら平和的解決だ」
「この上ないくらいには暴力的で血みどろよ!」
耳を掴もうとするマリアとそれを軽くいなすレギアス。二人の攻防は彼らの順番が来るまで続いた。周りの目も気にすることなくコントを続ける二人。意識しないうちに二人の足取りは進み、とうとう彼らの順番がやってきた。
とはいえ特に問題を起こすようなことはない。町に入るための税を少し払えばあとは簡単に入ることが出来る。二人揃って税を納めると颯爽と町に入っていくのだった。
そんな二人の背中を見送った町を守る衛兵。そのうちの一人の熱い視線がレギアスの背中に向けられていた。
件の衛兵が仲間のもとに近づいていくと、世間話の一環として話しかける。
「なあ、さっきの剣背負った男、どっかで見たことないか?」
「さぁ? 俺はどっちかって言うと女のほうが気になったけどな。なんかどこかで見たことある気がするんだよなぁ……」
「えー、絶対どこかで見たことあるって」
「いや、俺もあの女どこかでなァ……」
仕事の合間に雑談をする二人の衛兵。彼らの会話は上司に仕事をサボるなと怒られるまで続くのだった。
町に入ったレギアスはまず、仕事を探すために町をぶらつき始めた。キャンキャンうるさい横の女に意識を向けることなく、彼は町の人々の動きに意識を向ける。
だが、そう簡単なものではない。当てもなくこの町に来て、右も左もわからないレギアスが仕事を見つけるのは至難を極めるだろう。
しかし、別に考えがないわけでもない。彼の視界には二百人以上の人間がいる。この分を考えるとこの町は万単位で人がいる巨大な物であり、それ相応の広さがあることになる。となれば仕事の供給も需要もそれ相応のものがあるはず。そのための人員を得るための拠点もきっとある。そこを探せば何とかなるはずだ。
方針を軽く定めたレギアスはそのために歩き出そうと足を踏み出そうとする。しかし、そんな彼の足がまたマリアに止められた。
「ねえ、あなたこの町に来るの初めてでしょ」
「……だから何だ?」
そんな素振りを一度でも見せただろうかと自分を顧みるレギアスの前にマリアはスルリと歩み出ながら問いかけてくる。彼女の指摘を適当に受け流したレギアスだったが、構わず彼女は言葉を続けた。
「目的がありそうな動きじゃないもの。きっと田舎から出てきて仕事を探してるんじゃないの?」
半分正解の答えを導き出した彼女。認めるのは癪だが、内心で舌を巻く。
「だったら冒険者よ。あんたほどの腕があればおそらく簡単に認めてもらえると思うわ」
そんな彼女はレギアスにとって最適とも言える答えへと導いた。
「冒険者か……。聞いたことはあるな」
「でしょ。腕の立つあんたにはピッタリじゃないかしら?」
彼にとって初めて役に立つ情報を生んだ。が、そんな少女は続けて無駄な情報をレギアスに与え、沸きそうになった感謝の泉を一瞬にして掻き消した。
「でもぉ、この町こんなに大きいからぁ、冒険者ギルドの集会場を見つけるのは大変だと私思うのよねぇ。実は私何度かこの町に来たことあるから案内できるんだけどなぁ……」
笑みを浮かべながら提案してくるマリア。一見すると親切心から来るものにも見えるが、その言葉には親切はほとんど含まれておらず、顔はニヤニヤとよくない方向に歪んでいた。
ようは道案内を押し付けて彼に感謝してもらおうというのだ。押し付けたものだとしても案内をした以上、感謝はするだろうという魂胆である。子供の浅知恵同然の策である。
そんな彼女の提案を周囲を見回しながら聞き流したレギアス。町行く人々の様子を観察した彼はマリアのほうに向き直った。
「いらん。逆に道に迷わされそうだ」
そして彼女の提案を蹴る。そして彼女のことをぐいと押しのけるとスタスタと歩き始めるのだった。
「フン! 道に迷ったって素直に教えてもらえると思わないことね!」
そんな彼の様子を単に強がっているのだと考えたマリアは鼻を鳴らすと、彼の後について歩き始める。
(ゲッヘッヘ、せいぜい私に道案内を頼まなかったことを後悔することね……)
この町は相当広い。通りを歩いているだけで早朝から夕方まで暇をつぶせるくらいには・それを知っているマリアは道案内無しでは間違いなく目的地にはたどり着けないと考えていた。だからこそ歩みを進める彼女の脳内には、彼が道に迷って自分に泣きついてくる未来が思い浮かんでいた。
途中、買い食いなどをしてなんやかんや楽しみながら町を行くレギアス。そんな彼を見て最初こそ、かわいいところがあるなどと思っていたマリアだったが、彼女は徐々に違和感を覚え始める。最初こそ、自分の考えを疑わずにいた彼女であったが、それはやがて確信に変わった。
レギアスの町を進む足取りが緩むことはあっても淀むことが決してないのだ。まるでこの町に来たことがあるかのようにスイスイと町を進んでいく。一瞬この町に来たのは初めてではないのではと思ってしまうほど彼の足取りに迷いがなかった。
このままでは集会場に着かれてしまう。そう考えたマリアは小さく歯噛みしたかと思えば、早速妨害に走り始める。
「あー! ひょっとしたらあんたが目指してる場所、反対側じゃないかしら!」
「なんだ、妨害か? ガキでももうちょっとうまくやるぞ? 脳みそにクソでも入ってるのか?」
「んな訳ないでしょ! えっと、冒険者組合の集会場は……、こっちよ!」
「じゃあやっぱりこっちで合ってたな」
反対に行かせようとする彼女の言葉を、罵倒で跳ね返した彼は我が道を進んでいく。何とかそれを食い止めたいマリアだったが、結局、彼の歩みを止めることはできない。うなだれながら彼の後ろをついていくことしか出来ず、敗北を味合わされた。
「……ここだな多分」
うなだれるマリアがレギアスの声を聞き顔を上げると、視界に集会場を収めるレギアスの姿が見えた。一体どうやってここを特定したのかというマリアの疑問を置き去りにしてレギアスは集会場に足を踏み入れていく。
スイングドアを押し中に入ったレギアスを出迎えたのは、中にいる冒険者たちの視線だった。彼を値踏みするような鋭い視線。それがあとから入ってきたマリアなど一切気に留めることなくレギアスに降り注ぎ続ける。
この集会場で見たことの無い存在である彼が一体どんな人物なのかを見定めようとする視線だった。あまり気分のいいものではないはずだ。しかし、レギアスはそんな視線を一心に受けながらも一切動揺することなく、受付のカウンターに足を進めた。
カウンターに辿り着いた彼を出迎えたのは組合の制服に身を包んだ受付嬢だった。
「こんにちは。こちら冒険者組合でございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者の登録をしたい」
「かしこまりました、冒険者のご登録ですね。ではまずこちらの書類を埋めていただきます。失礼ながら文字の読み書きは?」
「大丈夫だ」
受付嬢の事務的な手続きに機械的に返しながら、差し出された紙を埋めていくレギアス。サラサラとペンを滑らせ書き終わったところで、今度は受付嬢が台座にはまった水晶を彼の前に置く。
「続きまして、魔力のほうを測らせていただきます。こちらに手をかざしてください」
「魔力? 測ったところで意味は無いと思うぞ。まあ、別に構わんが……」
一言付け加えながら手を水晶にかざすレギアス。その言葉に受付嬢は首を傾げる。同時に普段と同じように水晶に映し出される情報に目を走らせた。
次の瞬間、受付嬢は映し出された情報に目を見開く。前例のない事態に困惑した様子を見せる彼女はそれを声色にも出しながらレギアスに声をかける。
「も、申し訳ございません。一度手を離してからもう一度かざしていただけますでしょうか?」
この状況をただ唯一理解できているレギアスは、焦ることなく彼女の指示に従って行動する。しかし、再び情報が映し出されても受付嬢の困惑が終わることはなく、自分一人ではどうしようもないと他の者に対応方法を聞くため、奥に引っ込んで行ってしまった。
何の説明も無いまま、カウンター前で待たされるレギアス。周囲では彼のことを噂する声が微かに響き渡っている。一体何を話しているのだろうかと、気になったマリアが聞き耳を立て囁きに耳を傾ける。
しばらくして受付嬢が戻って来た。しかし、その顔色は芳しくない。目尻は申し訳なさそうに下がり、どことなく腰も低くなっている。そして再びレギアスの前に立った彼女の口から告げられたのは彼にとって都合の悪いものであった。
「大変申し訳ありませんレギアス様。その、魔力をお持ちでない方というのは、防犯上の問題により登録できないという規則になっておりまして……。大変申し訳ございませんがお引き取り願いたく……」
それはレギアスは冒険者にはなれないというものであった。
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