英雄で勇者で最強で自分勝手!?  ~闘技場から離れてもそこで培った実力の前には誰も相手になりません。 だから俺の平伏せ好き勝手させろ!~

カイナベル

第一章 野に放たれた勇者

第1-1話 自由の獲得


「それじゃあ世話になったなクソギレン。もう二度と来ねえからな。しっかり顔刻み込んどけ」


 一本の剣と円筒状のバックを背負った青年がコロシアムの搬入口前で向かい合う包帯でグルグル巻きになっている男に軽く頭を下げ、中指を立てながら言葉を吐く。


「おう、もう二度と顔見せんじゃねえぞレギアス! 最後の最後まで上司不幸してくれやがって!!! テメエの顔なんぞもう二度と見たくねえわ!!!!!」


 そんな彼に対してギレンと呼ばれた包帯の男は明らかに怒りを見せながら彼のケツでも蹴っ飛ばさん勢いで彼を追いだす。彼が起こっている原因は紛れもなく、向かい合うレギアスが原因である。


 諸事情でとある町の闘技場で剣闘士として活躍していた彼であったが、その人気にギレンは彼を拘束し再び契約をしようとしていた。その結果がこれだ。幇助しようとした部下たちまとめてボコボコにされた。


 険悪さの漂う双方であったが、見送り見送られの様子を見せている当たり、お互いに恩のようなものは感じているのかもしれない。


「とっとと消えろクソ野郎! 印持ちだからって調子に乗りやがって!!!」


 言葉とともに飛ぶナイフ。やっぱりダメかもしれない。


 飛んできたナイフを選別として軽くキャッチし、懐にしまったレギアスはそのまま背を向け歩き始めた。その足取りに一切の淀みなし。


 そのまま一切振り返ることなくある程度歩いた彼は適当な場所で立ち止まると、バッグから地図を取り出し視線を落とす。


「どこに行くか……。まあ適当に一番近くの町でいいか。仕事なんぞ探せばあるだろ」


 スーッと視線をずらしながら近くの冒険者ギルトのある町を吟味するレギアス。しばらくそれを続けた彼は一つの町に視線を落とした。


「それじゃあここか。ハイルデイン……。まあとにかく行けばわかるだろ」


 今後の目的地を定めたレギアスは地図をしまうと再び走り始めた。その足取りは軽くまさに風になったかのようであった。


 投げられたナイフを掴み、地図を操った彼の右手。その甲には燦然と輝く勇者の印が刻まれていた。
























 現在地からハイルデインへまっすぐに進み続けるレギアス。既に三日が経過している。本来であれば街道横やら野党やらが出てきてそれどころではないはずなのだが、何故か今回に限って全くその様子がない。まったくもって不思議なものである。


 だが、敵が出てこないことに悪いことなど普通はない。剣を抜かずに心穏やかに進める分、十分すぎるほど得である。まあ、


 ともかく彼は町までの道のりを順調に進んでいた。だが、旅というのはそう順調に進むものではない。この程度常識の範疇だが、今まで一度も旅をしたことの無いレギアスはそのことを全く知らない。


 街道を進み続けていたレギアスの耳に人が言い争うような声が届いた。気にも留めずに走り続けていた彼であったが、足を進めていくにつれてその声が大きくなっていくのを感じる。


「おいおい、この状況でよくもまあそんな言葉が吐けるもんだなァ! 援軍でも来るのかよ!」


「うっさい! いいから私に近づくんじゃないわよ! 殺すわよ!」


 次第に明らかになってくる声の主を取り巻く状況。一人の少女が複数の野盗に囲まれている。中央で応戦体勢を取っている少女は両手に持つ剣の切っ先を野盗に向けているが、その手は微かに震えている。恐怖の中で必死に虚勢を張っているのが手に取るように分かる。


 それを視界に捉えながら走り続けるレギアス。その足取りは目の前の光景をもってしても緩むことがない。彼の足取りが弛むことはなく、ひたすらに街道を進み続ける。


 そんな彼の存在に野党が気づかないはずもない。気づいた野盗はレギアスのことも標的にすべく、街道上に立ち塞がる。


「へっへっへ。獲物が二体に増えやがった」


 随分と嬉しそうな笑みを浮かべ、レギアスを待つ。しかし、レギアスの足取りはそれでも一向に緩む気配はない。まったく速さが変わらないまま、進み続ける彼に野盗の様子がおかしくなる。


「お、おい止まれ。斬り殺されてえのか!」


「冗談じゃ済まねえぞこらぁ!」


 声を張り上げ恫喝する野盗。その数は三人、四人と増えていくが、それでもなお足取りは衰えない。


 そしてついに双方の間合いが触れ合う。ここまでくれば剣を交えるしかない。


「てんめぇ……。舐めてんじゃねえぞコラァ!」


 ついに野盗のうちの一人が飛び掛かった。剣を上段に振り上げながらレギアスに突っ込んでいく。


「くらえぇぇぇっ!!!」


 そしてその剣をレギアスの脳天めがけて振り下ろした。その太刀筋に一切の躊躇はなく。普通に行けばその一撃は彼の頭にめり込み、絶命するはずだ。そのはずだったのだ。


 だが、男の一撃はレギアスに当たることはなかった。彼にとって男の一撃は何の障害にすらならないちんけな一撃でしかなかった。


「グブッ!?」


 走りながら紙一重で剣を躱したレギアスはすれ違いざまに男の喉に手刀を打ち込み同時に顎を跳ね上げ脳を揺らした。目にも止まらぬレギアスの一撃に苦悶の声を上げながら振り下ろした勢いのまま前方に倒れこんだ。


 男は理解する暇もなく脊髄を捩じ切られ絶命し、斬りかかった勢いのまま地面に倒れこむ。その様子をそばで見ていた他の者たちにはそのあまりの早業に、リーダーが斬りかかったと同時に倒れこんだようにしか見えなかった。


 早業で男を倒したレギアス。しかし、その間も彼の足は止まることを知らない。男の存在などまるでなかったかのような速さで横をすり抜け街道を進む。


 カモにしようとしていた男のあまりの早業に動くことが出来ない野盗の横をレギアスはすり抜け進む。十秒もしないうちにレギアスの背中は遠く離れたところに行ってしまった。


 ここで野盗は気づく。レギアスの眼には自分たちなど路傍の小石と同程度の存在でしかないのだと。


「あ、あのやろぉ!」


 レギアスの背中がもう追いつけないところまで言ったところでやっと野盗たちの動きが再開する。やり場のない怒りを声にし、恨みを内側に溜め込む。


「おい、あの女はどこ行った!」


「あれ、いつの間にかいなくなってやがるぞ! あの男のどさくさに紛れて逃げやがったんだ!」

































 野盗を一蹴し、街道を進み続けるレギアス。そんな彼の前に再び妨害者が現れる。


「待って!」

 

 両手を広げて通せんぼをしているのは先ほど野盗に絡まれていた少女であった。どうやって先回りしたのかはとりあえず置いておくとして、彼女はレギアスが通るのを待っていたらしい。


「待って! ねえ待ってったら!!!」


 だが、レギアスの足取りが緩むことはない。道を塞ぐ彼女のことなど見えていないかのように走り続け彼女の横をすり抜ける。


「ちょっと待ちなさいッ、よッ!?」


 気にも留められず横をすり抜けられた少女はあっというまにご立腹。通り過ぎたレギアスに向けて拾った小石を投げつける。


 だが、投げた小石は空を切る。レギアスに後ろを振り返ることもなく躱されてしまったのだ。


 さすがに背後から攻撃されれば、その対処のため足を止めて振り返るしかない。振り返った彼は小さく声を上げる。


「……何か用か」


 やっとこさ彼の足を止めることが出来た少女は小さくホッとしたように息を吐くと、レギアスのもとに歩み寄っていく。


「何よその言い草。さっき助けてもらったからお礼を言いに来たのに」


 勝気な口調で言葉を紡いだ少女。彼女はレギアスに対して頭を下げる。同時に感謝の言葉を述べ、彼のその意思を伝える。


「さっきはどうもありがとう。おかげであんな奴らにやられなくてすんだわ」


 頭を下げたまま感謝の言葉を述べ終わり、頭を上げる少女。しかし、彼女の視線の先にレギアスはいなかった。向かい合っていたはずの男がいないことに驚いた彼女が周囲を見回すと、彼は街道の先に歩みを進めていた。


「ちょ、ちょっと!」


 少女は彼のことを慌てて追いかけ始める。回り込んでレギアスの道を塞いだ彼女は不満げな表情を浮かべながら声を漏らす。


「わざわざ助けたんだから私の礼くらい聞いてくれてもいいんじゃないの? そりゃお礼が差し出せるならそっちの方がいいけどそんな余裕はないし……」


 お礼の一つも渡せないことに後ろめたさがあるのかもじもじとした態度で言葉を発する少女。しかし、そんな彼女の訴えを耳にしてもレギアスの行動が変わることなく彼は歩みを止めようとせず彼女の横をすり抜けて進もうとした。


 さすがに穏便に事を終えたかった少女もこんなに素っ気ない態度を取られると気分が悪くなる。頭が沸騰しそうなほど熱くなり、感情のままに身体が動く。


「ちょっといい加減にしなさいよッ!」


 声を荒げながら、すり抜けようとしているレギアスの肩を掴もうと手を伸ばす少女。しかし、彼女の手は空を切る。紙一重で回避したレギアスは彼女のほうを向くと、ふぅと息を吐くと呆れの言葉を漏らす。


「あれ、お前だったのか。別にお前を助けるためにやったわけじゃない。俺のことを邪魔したから蹴散らしただけだ。わかったら消えろ。次俺に攻撃なんかしたら次はお前の番だからな」


 それだけを告げるとレギアスはスタスタと歩き始める。彼の告げたことは嘘偽りの無い本心からの言葉であり、事実その眼中に少女の姿はない。


 だが、それを少女が納得するかはまた別問題である。自分勝手な言い分。それに存在すら認識していない傲慢さ。なんてわがままな男だろうか。心の底からそう感じた少女は体内で燻ぶっていた熱を維持したまま再び彼の前に回り込んだ。


「そんな納得できるわけないでしょ! 私が言うんだから礼の一つや二つくらい受け取りなさいよ!」


 理不尽な物言いに対して、彼女も理不尽な物言いで対抗する。一体どこからその物言いの自信が出てくるのかと一瞬思うレギアスだが、別に真っ向から受け止める必要は無い。適当に聞き流してまた進めばいい。


 そう考えて横をすり抜けようとする彼だったが、少女はそうはさせまいと後ずさりしながら彼の進路を塞ぐ。一瞬足が止まるレギアスだったが、再び横をすり抜けようとする。が、少女は再び彼の進路を遮った。


「なんなんだ貴様。一体何が気に食わない?」


「あんたがどういう気持ちでやったのかは知らないけど、人の感謝の気持ちくらい素直に受け取りなさいって言ってるのよ!」


「貴様の礼なんぞ受け取ったところで何の意味もないだろ。お前は自分にどれだけの価値を見出しているんだ?」


「当たり前でしょ! 私はこの国のッ、……ともかく人に感謝されたら受け取りなさいよ!」


 怒りで髪を振り乱しながら怒声を上げ続ける少女。しかし、対面の男はピンと来ていないらしく、頭の上にハテナを浮かべている。


「覚悟しなさいよ……。あんたにありがとうって言わせるまで私の姿があんたの前から消えることは無いと思いなさい……」


「……もはや理解に値しないな」


 彼女の強情さに呆れかえったレギアスは再び歩き始める。今度は脇をすり抜けようとせず、まっすぐに、一直線に進む。舐めているとしか考えられない彼の動きに少女は彼を捕まえようと跳びかかる。


 次の瞬間、彼女の身体は宙を舞っていた。何が起こったのかわからないまま頭から落下した少女は痛みと衝撃で思考が止まり身体が動かなくなる。足首が痛むことから足を払われるなどの何かしらの攻撃を受けたことはわかったが、それ以外の何もかもが分からなかった。


 だが、今重要なのは彼の動きを分析することではなく、彼についていくことだ。分析を二の次にした少女は痛みを堪えながら身体を起こし、レギアスを探す。街道を走る彼は既に少女がすぐには追いつけないところまで行ってしまっている。このまま放っておけばいずれ見失うだろう。


「やってくれるじゃない……。絶対に逃がさないんだから……」


 走り去ろうとする彼の背中に頬を引くつかせた笑みを浮かべた少女は、跳ね起きると同時に彼の背中を追って走り始めるのだった。



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