第1-4話 模擬戦


 二人の前に姿を現したアルキュス。彼女とレギアスの視線が交錯すると、彼女は彼という存在に気が付き、父親に問いを投げる。


「誰この人。それなりに出来る人みたいだけど」


 レギアスの姿を見て、それなりと表現するアルキュス。

 

「お前にはこの方との模擬戦を頼みたくてな。闘技場の英雄、レギアスさんという」


「ふーん……」


 彼に近づいていきながらジロジロとレギアスの姿を確認していくアルキュス。


「身体を守るための防具の一つも無し。魔道具の一つも身に着けてない。おまけに背中の剣はただの鉄剣。そんなんでアルに挑んでくるとか、……舐めてるの?」


「やめなさいアルキュス。その人は闘技場の英雄だぞ。お前も見たことがあるはずだ」


 彼の貧相な装備品を見て舐められていると判断したアルキュスは睨みを効かせ、同時に怒りを声に混ぜ込みながらレギアスに問いを投げる。彼女を諫めようとレギアスの素性を明らかにするゾルダーグだったが、それでも彼女の怒りは収まらない。


「そんな昔の事なんて覚えてない。闘技場っていうルールの中で縛られてた男。どうせ大したことない」


「アルキュス!」

 

 彼女の物言いにさすがに看過できなくなったゾルダーグが怒声を上げる。そこで初めて黙り込んだアルキュスはどのようにレギアスが出てくるかを予測しながらその瞬間を待つ。怒りに身を任せるか、それとも小娘に言われたことで悔しさを露わにするか。


 しかし、彼の口から発せられた言葉は彼女の想定の外からのものであった。


「……随分とおしゃべりが好きみたいだな。受付嬢にでも転職したらどうだ? きっと人気が出るぞ」


 小さく息を吐いてからの挑発めいた皮肉。その言葉に思わずアルキュスの腕が腰の剣に伸びる。


「やめなさいアルキュス! 文句があるなら模擬戦で決着を付けなさい!!!」


 そんな彼女を制したのは父親であるゾルダーグであった。彼の声でアルキュスは冷静さを取り戻し、柄に伸びた手を抑える。彼女を気持ちを抑えることが出来なければこの部屋で刃傷沙汰になっていた。先ほどの混乱を収めたときのような賢明な判断であった。


「表に出て。吠え面書かせたげる」


 そう口走った彼女は髪を靡かせながら部屋を後にする。彼女に言われるまでもなく模擬戦をするつもりであったレギアスは腰を浮かせると彼女の後に続いて部屋を後にする。


 最後に残されたゾルダーグはこの部屋で血が飛び散らずに済んだことに胸を撫でおろすと、模擬戦の見届け人として決着を見届けるべく、彼らに続いて最後に部屋を後にしたのだった。









































 集会場に隣接された小さな訓練所。そこにアルキュスとレギアスの二人が模擬戦の準備を行っていた。町の上位冒険者と、伝説とうたわれる闘技場の英雄の模擬戦を一目見ようと周囲には野次馬の冒険者が集まっており、簡単な賭けにしながら戦いを心待ちにしていた。


「二人とも! この模擬戦では殺しは無しだ! あくまでも模擬戦であることを忘れない様に! いいな!」


「そんなこと、言われなくてもわかってる」


 ゾルダーグの言葉を軽く流しながら模擬戦への集中を高めていくアルキュス。一方でレギアスは特に変わった様子はないままに既に模擬戦の開始地点に立っている。


「あんたたち何やってるのよ?」 


「ああ、さっきの嬢ちゃんか。どっちが勝つか賭けてんのよ。嬢ちゃんもやるか?」


 マリアが先ほど胸倉をつかんできた男たちに声を掛けると彼らは賭け事をしているとのこと。腰の軽い彼らに軽く呆れながらも彼女は彼らに乗ることにする。


「私は……、レギアスのほうに賭けるわ」


 そう言うとマリアは財布から金貨を取り出し、彼の持っているジョッキに入れようとする。すると男はそれをさせまいとジョッキをもう片方の手で覆い隠した。


「おいおいこいつはお遊びだぜ。そんな高額賭けられたら俺たちの財布が空になっちまう」


 そう言いながら男はジョッキを塞いでいた手をどかすと、ポケットから銀貨を取り出してその中に入れる。そしてマリアに顔を近づけると小さな声で囁いた。


「こいつは俺からのおごりだ。さっきは悪かったな」


 申し訳なさそうな声で謝ってくる彼の謝辞で先ほどの一件を忘れることにしたマリアはレギアスたちの模擬戦に意識を向ける。


「で、賭けの割合はどんな感じなのかしら?」


「ああ、大体七対三ってところで、レギアス優勢ってところだ。アルキュスに賭けてんのはレギアスの強さを知らない奴と穴狙いの奴らだな」


「あの男ってそんなにすごいのね」


「あたりめえよ。闘技場でその姿を見たことあるやつで知らねえ奴はこの国にはいねえ。どんなに不利な状況に置かれても相手を完膚なきまでに叩きのめす。それで三千勝を挙げたんだ。弱いはずがねえ」


 レギアスの強さと魅力を興奮気味に語る男。彼もまた、レギアスの闘技場での強さに魅せられてしまった男であり、その強さに少しでも近づきたいと冒険者になった口である。


 そんな男の言葉を聞きながらレギアスに視線を集中するマリア。既にその対面にはアルキュスが立っており、ゾルダーグの号令一つで模擬戦は始まるところまで来ていた。


「二人とも準備はいいな。それじゃあ始めるぞ」


 ゾルダーグが緊張した面持ちで二人の中間にあたる場所に立つ。そして片腕を上げ大きく息を吸い込んだ。


「始めェ!!!」


 そして声を張り上げ、号令を出した。それに合わせて取り巻いている冒険者たちからヤジが飛び始め、二人の戦いに彩を付けていく。


 号令と同時に腰の剣を抜いたアルキュスはその切っ先をまっすぐにレギアスに向ける。


「……なんで? もう模擬戦始まってるんだけど?」


 戦闘態勢に入ったアルキュスに対して、レギアスは始まった時の自然体の立ち姿のまま動こうとしてない。剣を抜かないどころか構えすらしない彼に、再び舐められていると判断したアルキュスは彼に抜くように指示を出す。


「だったら抜かせて見せろ。とっととかかってこい」


 その答えとして突きつけられたレギアスの挑発が着火剤になる。怒髪天を衝くと言わんばかりの怒りを身体から溢れさせた彼女は口元を引くつかせながら口を開く。


「後悔させるッ! フィジカルブースト!」


 魔法を詠唱し身体を魔力で溢れさせたアルキュスは、力強く踏み込むと同時に剣を振り上げそれを一気に振り下ろした。低級の冒険者ではまず間違いなく真っ二つにされるであろう一撃。それが風を切りながらレギアスに向かって振り下ろされる。


 だが、その一撃がレギアスの脳天を捉えることはない。未来を読んだかのような淀みの無い動きで後ろにわずかに下がった彼の鼻先を掠めるようにして剣が通り過ぎていく。


 アルキュスの豪快で鋭い振り下ろしと、それをいとも簡単に回避したレギアス。わずかな攻防で実力を見せつけてきた二人に歓声が上がる。それを他所に二人の攻防が続く。


 振り下ろしの体勢から素早く戻したアルキュスは下がった彼に対して横薙ぎを繰り出す。が、これも後方に下がられて服を掠めるようにして躱される。続けて連撃を繰り出すアルキュスだったが、それをレギアスは重心の一切を崩すことなく、回避し続ける。


「クソッ、ひらひら鬱陶しいッ! 攻めてきて男らしくない!」


 渾身の連撃を躱され続けたアルキュスは怒りの感情を言葉としてぶつける。しかし、レギアスは一切怯むことなく、無言のままクイクイと人差し指を動かし挑発する。


 さらにボルテージの上がったアルキュスは今まで以上の強い踏み込みで彼の懐に飛び込む。今度の彼女の狙いは柄での腹部の殴打。剣の刀身に意識を向けさせたうえでの次につなげるための崩しの一撃であった。


 しかし、彼女の狙いは悉く外される。柄での一撃は身体を半身に傾けられたことで躱され、逆に進行上に置かれたレギアスの肘に彼女の顔が突っ込んだ。


 鼻面に当たった肘に思わずアルキュスは、よろめきながらもキッと彼を睨みつける。彼は肘を突き出した体勢のまま、追撃もなく悠然に佇んでいた。


 鼻を抑えながらレギアスのことを怒りのままに睨みつけるアルキュス。これが決まれば少しはやる気を出させることが出来るだろうと考えていた彼女は、おちょくっているような彼の態度に苛立ちを隠せなくなり冷静さを失い始める。


「……殺してやる」


 そしてとうとう怒りが最高潮にまで達した彼女は本気を出すことを決断し、溢れ出る殺気をレギアスに向ける。彼女の呟きにまずいものを感じたゾルダーグは模擬戦を止めようとするが、彼女の耳に彼の言葉は届かず。そもそも止められたところで止まるつもりも毛頭なかった。


凍てつく空間アイスフィールド!」


 アルキュスが発動した魔法によって訓練場がそこだけ冬が訪れたかのように気温が低下する。このような状況を想定していない周りの冒険者たちはあまりの寒さに身体を震わせ、動くこともままならない。


 動きを鈍らせるために周りの温度を下げた彼女は次の手を講じる。


燃える針地獄ファイアスピット!」


 アルキュスが次の魔法を詠唱するとレギアスの周りを取り囲むように炎の輪が現れる。一体何が起こるのかと冒険者たちが歯の音を鳴らしながら見ているとその炎の輪から針と化した炎がレギアスに向かって襲い掛かった。それも一本だけではない。連続して、時には数本同時に彼を貫くべく襲い掛かっていく。


 これでは彼がバーベキューになってしまう。本能的にそう考えた周りの人間はいよいよ看過できないと彼女を止めることを決意する。彼女の作り出した冬の寒さと頭に血が上っている激昂状態の彼女を止めるのは至難の業だが、それでも止めなければレギアスが殺されかねない。


 しかし、取り巻きの彼らの覚悟とは裏腹にレギアスはこれでも冷静さを保ち続けていた。そして同時に周りの人間が驚愕する絶技を見せつけていた。


 彼は襲い来る炎の針を最小限の動作で回避し続けているのだ。全方位から飛翔する炎の針を瞬時に見極め、当たりそうものだけを見極めて最小限の動きですり抜ける。これを彼はまるで当たり前かの様にやって見せていた。


「随分と良い焚火だな。おかげで身体が冷えなくて済む」


「……化け物」


 これには攻撃を仕掛けている側のアルキュスも思わず声が漏れる。今までにこれを防がれたことはあってもここまで鮮やかに回避されたことはなかった。闘技場の英雄がこれほどの化け物なのかと彼女の中に刻み込まれる。それと同時にすべて遊ばれていたのかと自分の未熟さにギリリと歯が鳴った。


 ここで今まで無言を貫き通してきたレギアスが攻撃を回避しながら初めて口を開く。


「行動を鈍くしてから全方位攻撃。並の相手だったらこれだけでも仕留められてる。おまけにこれは崩しでしかない。大本命が別にあるだろ?」


「……心が読めるの? そんなことされたらいよいよ勝てなくなっちゃう」


 さんざん必勝パターンをスカされた挙句、狙いまで見抜かれたことでアルキュスはいよいよ一蹴回って清々しさすら覚える。今までのは模擬戦ではなく指導だったのだと、そう錯覚させられるほど彼との実力には開きがあったのだと彼女は改めて認識させられた。


 だったら、あとは自分の全身全霊を賭けて最後の大勝負に出るまでだ。剣の柄を握る手に渾身の力を籠めると同時に、全身をばねと化したアルキュスは剣を構えるとレギアスに向かって踏み込んだ。


「行くぞ!」


 踏み込むと同時に剣を上段に振り上げたアルキュス。ここまで来たならばもうフェイントもくそもない。


 全身全霊を籠めて剣を振り下ろす。あれほどの実力があるのだからどうにか対処するだろうというある種の信頼に任せた彼女の攻撃はその日一番の鋭さをその場の全員に見せつけた。


 目にも止まらぬ速さで振り下ろされる上段からの一撃。周りから見ても確実に届いたと思わせる一撃だった。それが次の瞬間には地面にめり込んでおり、レギアスの足によって踏みつけにされていた。


「……何が起こったの?」


 目視することすら困難な攻防にマリアが思わず声を上げる。戦いをかじった程度の実力しかない彼女にしてみれば二人の攻防は異次元のものであり、理解は困難を極めていた。


 そんな彼女に手を差し伸べたのは隣で観戦していた胴元の男であった。


「……アルキュスの上からの振り下ろし。その一撃に合わせて右足での内からの回し蹴りで迎撃したんだ。あんな速い振り下ろしに回し蹴りを合わせて軌道を完全に逸らし、その上無傷だなんてバケモンにもほどがあるだろ!」


 彼の人外じみた技量に興奮を隠せなくなる男。その興奮は徐々に周りの者に伝播していき、彼に歓声が浴びせられる。男の説明を聞いて理解できたマリアは思わず深いため息を漏らし、自分の言ったことが改めて間違いでなかったことを理解したのだった。


 一方で向かい立っていた二人。剣を振り抜いた体勢のまま佇んでいるアルキュスを見下ろしていたレギアスは短く一声上げる。


「まだやるか?」


 それを聞いたアルキュスは剣から手を離し、まっすぐに立つ。そしてレギアスのことをまっすぐに見つめ直すと小さく頭を下げながら一声上げた。


「……参りました」


 これが模擬戦の決着の合図となった。レギアスの完全勝利である。


 次の瞬間、訓練場内に割れんばかりの歓声が起こった。






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