ダークエルフの使う武器も大概よね


 世界樹と精霊樹、二つの側面を持つ大森林。

 いつも青空の広がることが多い大森林は、肌を舐める陰気な曇り空に包まれていた。

 ダークエルフたちは進軍する。

 族長のラオウさん、副族長のメラチャルさん、メンマとわたしのお父さんに至るまで。

 全勢力を持って進軍する。

 

「憂鬱だわ」


「歩けや」


 昨日の疲れやら感情やらが抜けきれていなくて、わたしはつい正直な言葉をぼやく。

 すると隣に居たハルナに頭を叩かれた。

 どうせ本人は観客のつもりで来ただけでしょうけど。


「いたっ、何するのよ」


「昨日の今日だろうが」


「分かっていてもめんどくさいのはめんど……雨?」


 ポツリ、またポツリと。

 天から降り注いだ雫を手のひらで受け止める。

 そして撃鉄の音が鳴り響いた。

 各自の判断でダークエルフたちは散開する。

 降り注ぐは銃撃の嵐。

 木陰に隠れたわたしたちは相手のいる位置を特定するのに勤しむ。

 

「ここは私めがやりましょう」


 ダークエルフたちの歓声を浴びながら、銃弾吹きすさぶ中颯爽と飛び出したのは副族長のメラチャルさん。

 拳を握り締めて一撃必殺の鉄の雨と対峙する。


「一族に伝わりし秘伝の塩味。とくと味わえ」

 

 メラチャルさんは拳に握りしめた物を解き放つ。

 広範囲に白い粉が舞う。

 粉に触れた弾丸は徐々に推進力を失っていき、遂には自由落下していった。

 ミリアは落ちた弾丸を見て一言零す。


「錆びてる?」


「そりゃ、塩だからね」


「まんまなの!?」


 メラチャルさんが投げているのは塩。

 銃弾は鉄なので良く効くのである。

 わたしはメラチャルさんの塩について解説する。


「言葉通り一族に伝わる塩で、水や鉄などを一瞬で錆びさせるというとんでもない力を秘めているわ」


「伝えんなよ、そんな塩!」


「舐めてみるとこれが案外美味しいのよね」


「マジで? えっ、美味いのかよ!?」


「問題があるとすると、ひと舐めで口の水分全部持っていかれるわ」


「ダメじゃねぇか! ってか伝えんなよそんな塩!」


 相変わらずツッコミを入れてくれるハルナ。

 喧嘩しても一日経たず内に仲良くしてくれるのは、本当に美点だと思うわ。

 嫌な相手とかわたしだったら二度と会いたくないもの。

 メラチャルさんは自分の服の内に手を突っ込んでは、次々と塩を生み出して銃弾の盾にする。

 ミリアが不思議と一言添えてから疑問を口にする。


「あの量の塩、どこに持ち運んでいるのかしら? 収納する魔法はあるけど、使っていないわよね?」


「メラチャルさんは、塩を含む何らかの白い粉を身体から生み出せるのであります!!」


「うん、とりあえず何らかってつけるのを止めようか、メンマちゃん」


「制約として身体の中に無い白い粉を生み出すことはできないのよね」


「だから、白い粉って言うのを止めろよそこの姉妹! 塩って言え!」


 メンマの答えにわたしはひとつ補足をしておく。

 この能力があれば、うどんを食べ続けても奇病に掛からないという利点があるのよね。

 だからメラチャルさんはうどんを食べる時、リンダの実を練り込まない。

 ちなみに塩じゃなくて、白い粉であっているわよ?

 塩に限らず、白い粉であれば何でも身体から取り出せるわ。


「敵のいる位置を把握した。行くぞッ!」


「銃を持った部隊を塩で制圧するのマジで理解できないんだが?」


 指示に従って行動すると、敵の部隊が見えてくる。

 メラチャルさんは麻袋を開いて中に白い粉を入れ、柄付手榴弾と一緒に放り投げた。


「伏せなさい」


 わたしはみんなに合図を送る。

 直後、訪れたのは衝撃波だった。

 ライブ会場ばりの轟きが身体の芯を強烈に刺激する。


「なんだよ、これ! 何が起こってんだよ!」

「なんだこれは! いったい何が!? 総員! 退避! 退避!」


 偶然にもエルフ軍とハルナが似たような反応をする。

 わたしはひとつ息を吐く。


「だから言ったじゃない。メラチャルさんは身体から白い粉を取り出せるって」


「おいおいおいおいおい、ってことはまさかこの爆発は!?」


 信じがたいといった顔をするハルナ。

 だからわたしは直球で現実を突きつけてあげる。


「粉塵爆発よ」


「お前ら種族は! お前ら種族は!! おれの知っているダークエルフとエルフじゃねぇ!!」


 一定量濃度のある状態で、空中に散布する粉に着火すると起こる爆発現象。

 金属粉とか小麦粉でも起こるのよね、これ。

 そう、小麦粉で起こる。

 密室ではないものの、朝昼夜おやつとうどんを食べるダークエルフ族。


 うどんの原料は塩と小麦粉。


 だからメラチャルさんの持つ、白い粉を取り出す力によって小麦粉を取り出すことができる。

 そうして取り出した小麦粉に、爆弾を加えてやれば見ての通り、お手軽に粉塵爆発を起こせるってわけ。


「起こせるってわけ。じゃねぇーよ!! 森! 森が大変なことになってるからな!? ほら見ろよ! ミリアの反応!」


「……森が。野蛮? それとも蛮族? 燃える……」


「完全に茫然自失じゃねーか!」


「そんなことわたしに言われても」


 やっているのダークエルフの副族長だし。

 わたしは部下だし、責任は大体上司のものよ。

 そもそも自主的にやっているのは上司だから本当に関係ないわよ?


「悪いのはメラチャルさん。QED証明完了」


「上司の暴走を止めるのも部下の仕事じゃねーのかよ!?」


「嫌よ、面倒くさい」


「お前そればっかだな!?」


 エルフ群を中心として半径十メートルにも及ぶ大爆発が生じた。


「「「「ヒャッハーーーーーー!」」」」


 ダークエルフたちが色めき立つ。

 飛び散った火花が木々へ飛び散り引火する。

 しかして燃え移り勢いを増した炎は、


「調子良いなメラチャル!」


 ラオウさんの力と雨によって鎮静化していった。


「なんだこれ。なんだこれ本当に。何が起こっているんだよ、これは!?」


 慣れてしまったっていうのと、そう思わないとダークエルフの輪に馴染めないから何も思わなくなった。

 理解できない物を理解するのは無駄な行為よ。

 理解しようとすればするほど、脳が拒んでくるから。

 だからもう、そういうものだと思って諦める。

 それも大事なことなのだとわたしは思うわ。


「というかあれ何よ!」


 ミリアは族長のラオウさんが操る武器を指さした。

 ラオウさんの力によって大勢のエルフたちが吹っ飛んでいく。

 あの武器の前では銃弾も爆弾も意味をなさない。

 届かない。それが例え、ミリアが放つような魔弾であっても。

 ミリアはもう一度ラオウさんの武器に声を荒げる。


「何よあの武器は!」


「お湯」


「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 ハルナがここぞとばかりに割って入ってきた。

 だから理解しちゃいけないのよ、あれらは。


「あっ、ああそういうことか。水魔法をさらに魔法でお湯にしているだけか。そうか。そうだよな。あれ魔法だよな。うん。いや、それにしても大魔法使いじゃ——」


「違うわ。あれ、お湯を注いでいるだけよ。ラオウさんは水の魔法の使い手でもお湯の魔法の使い手でも無いわ。お湯を注ぐってだけの能力。インスタントラーメンに注ぎ込むかのように。ただ森やエルフにお湯を注いでいるだけよ」


「限度があんだろ!? なんでそれだけでエルフがぶっ飛んでんだよ! んな威力でお湯を注いだらカップ麺真っ二つだわ!」


「威力調整出来るに決まっているじゃない。何を言っているのよ」


「ちっげぇわ! 調整の幅についてだわ! お前こそ何言ってんだよ!」


「ナンで攻撃する部族もいるし普通だと思う」


「それはターメリックだけよッ!」


 ラオウさんのお湯は岩盤を砕き、木の峰を抉り取る。

 エルフたちを押し込むたびに、ダークエルフたちの士気が高めていく。


「さっすがラオウさん! お湯を注ぐことに関して右に立つ者はいない!」


「ナンがなんだ! カレーがなんだ! こっちはうどんで対抗だゴラァ!」


「前門の塩、後門のお湯、この布陣を銃弾如きで崩せるものか! 銃はうどんよりよえぇんだよ!! カレー共が!」


 うおおおおおおと勝どきを上げる勢いのメンマとお父さんを含んだダークエルフたち。

 反対にエルフたちは敗戦ムードが漂っていた。

 さて、まだまだ油断ならない状況よね。

 エルフの部族長の実力がまだ未知数だから。

 ハルナがわたしの肩を突いてくる。


「お前よくこの状況で真面目に居られるな」


「慣れよ、慣れ。こういう時こそ、気を張る必要があるのよ」


「慣れすごいな!?」


「こんな不合理、不条理がまかり通る世界で常識を語る方が馬鹿らしいのよ。だから、非常識を常識にした方が楽なのよ」


「お前……もしかして最初は——」


「だって面倒くさいもの」


「少しでも理解できそうとか思った気持ちを返せや!」


 エルフたちを全滅させたダークエルフ。

 わたしは天を仰ぐ。

 まだまだ、雨は止みそうにない。

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