新しい世界で人生一からやり直せって面倒くさいわ
窓から入り込んでくる月明かりが良い感じのムードを作り出す。
わたしはミリアに両手を抑え付けられ、ベッドの上に押し倒されていた。
その隣には何かいけない物を見るかのように、遠慮気味にわたしたちを見てくるハルナ。
月光に照らされるミリアは真剣な表情で口を一文字に結んでいた。
入ると同時にこの状況になってしまい、わたしの方も何を口にすれば良いのか分からない状態である。
「あの女。ガーリックも神装を持っているのかもしれないの」
ミリアの肩から髪がはらりと落ちた。
ダークエルフの石鹸を使っているからか、リンゴとはちみつにも似たにおいが漂ってくる。
「あの女がエルフを指揮するようになってからというもの、不思議な力が身体から込みあがってきたって話らしいわ」
「そういう魔法でしょう?」
「あんた、最初にガーリックに言った言葉、覚えている? あんたはこう言ったのよ。神様からの贈り物って」
わたしはミリアから目を外して天井を見上げた。
その可能性は十分示唆されていたわけなのよね。
ミリアも同じ結論に至ったというわけね。
瞼を落として数秒。
頭が締め付けられるかのように痛くなる。
だってそうよね。
わたしは神装を持っているだけで出来る限り、慎ましやかに生活してきたのに。
そんなわたしが、明らかに戦闘慣れしている女と同じように神装を持っているから戦えっていうのよ。
いじめよね、これ。
「次、ターメリックの奴が言った言葉を覚えている?」
「確か、神装の力を引き出しきれていないって奴よね」
本当に嫌だわ。
なんで少年向け絵巻みたいなこと言われなきゃならないのよ。
わたしはゆったりと暮らしていたい。
修行だとか、努力だとか、必要経費だとか、新入社員に向けられたカリキュラムをもう一度受けるなんてことしたくないのよ。
だって面倒くさいもの。
ミリアがにぃーと口橋を吊り上げた。
「神装の力の引き出し方はね。穢れ無き少女とネチョる必要があるって知ってた?」
「生々しいわね。ハルナ?」
そんなわけないでしょと意味を込めて、わたしはハルナを睨みつける。
冗談を教えるんじゃないわよ、みたいな意味を込めて。
「いやこれが嘘のようでほんとなんだよ。英雄色を好むって言うだろ? 神装の力を引き出すには、強敵との戦いの中で成長していくって方法と、目的を持って誰かと身体の交渉する方法の二種類があんだよ」
「前から思っていたけど、なんでこの世界そっち系の設定が多いのよ」
「おれが見てきた中でダークエルフもそれに近しいけどな。なんかうどんとカレーで争ってっけど。バトルか道具でレベルアップって、ソシャゲみたいなのは否定しないけどな」
ソシャゲ?
あぁ、携帯でやるゲームのことね。
この世界ってあれに近いの?
わたし、携帯は携帯でもゲーム機として作られた奴でしかやったことないから分からなかったわ。
ミリアはわたしの肩を手で叩いてくる。
「というかあんたさ。元は男なんでしょ? もっと良い反応しなさいよ」
ミリアは呆れかえった顔でわたしに半目を向けてきた。
なんでみんなから元男である点を突っ込まれるのかしら。
元男であっても今は女なのよ。
「社会に馴染むために捨てたわ」
「はいはい分かった分かりました。あんたがそういうムカつく奴なのは。じゃあね」
ミリアはわたしの胸に手を置いて再びベッドに押さえつけてきた。
背中からくる衝撃にわたしはウグッと喉から声を吐く。
ミリアが目と目の先まで顔を近づけてくる。
「ほらほら、抵抗しないとこのままあんたの純潔が無くなるわよ?」
「そういうキャラ、メンマだけでいいわ。やるなら早くやりなさいな」
むっと口を尖らせるミリア。
慌てた様子でハルナが顔を逸らす。
ちらちらと眼球だけをこちらに動かして。
……初心すぎるわよ、あなた。
緑のマントが生える緑黄色のエルフ族の装束。
職人が作り上げたとしか思えないほどのきめ細やかな金色の髪。
そして確かな意思を宿した碧い眼。
そういえばわたし、ちゃんとミリアのことを見たのは初めてじゃないかしら?
ミリアは不機嫌な顔のまま、静かに近づけてきて薄紅色の唇をついばむようにわたしの頬に当てた。
「で、これで神装は強化されるのよね?」
「そんな感じしないわね」
「そうなの? おっかしいわね」
ミリアは不可解といった表情でハルナに目をやる。
ハルナはこちらと目を合わせようともせずに口を開いて真相を語る。
「一番効率が良いのは強敵との戦いなんだよ、元々。あっちは神装だけじゃなく、身体も鍛えることができるから。この方法は、あくまで神装を強化するだけであって本人はなんの成長もしない」
「つまり強くなるためには苦労しろってことよね?」
「今から修行しても遅いんだよ。それならこっちで鍛えた方が神装は強くなるから良いかと思って」
「フーン……そう。ちなみにゲームで例えるなら、わたしはどれくらいなのかしら? 目測で良いわ」
「推定あのエルフの部族長は10だ。お前は1か2が妥当。ミリアは2か3だな。ターメリックが5。ちなみにおれは15くらいだ」
わたし、ミリアと同等かそれよりも弱いの?
ちょっと意外。
普段は世界各地を冒険しているハルナが言うなら、そうなのだと思うけど。
「神装をかみしたうえでもお前は3か4だな。まっ、今更努力だとか頑張るだとかしたくない気持ちも分かるし、新しい世界でそれを有言実行していたらこうなるのは当然だな」
「嫌味ね」
「あぁ、嫌味だよ」
となるとこれは……本当にメンマ案件になるわけね。
ならさっさと終わらせるに限るわね。
特にあの娘が来る前に。
なすがままに任せようと身体中の力を抜いた直後であった。
わたしの部屋の扉が音を立てて勢いよく開かれたのは。
「お姉ちゃんと同じ遺伝子を持っていない人がでしゃばるな!! であります!!」
「知っているか? 同じ身体から生まれてきても、同じ遺伝子を持つとは限らないんだぞ」
むしろ姉妹だとそういう感情が湧かないようになる遺伝子があるとされるわね。
もしかしてメンマが言っているのはその遺伝子のことかしら?
どっちにしろ、矛盾が発生しているのは確かね。
メンマはわたしの上に乗っかるミリアを睨みつけ、後ろ手で扉を閉めた。
ミリアが固まっている最中でも、メンマはずかずかと歩いてきて声を荒げる。
「私も混ぜろであります!!」
「良いけど、これがどういう行為なのか知っているの?」
ミリアが純粋な顔つきで無垢な質問を飛ばした。
ハルナの奴、そこまで踏み入ったことを話していなかったわね?
ジトッとした目で見てみれば、ハルナはわたしに両手を振っていた。
生まれ変わって性別が変わっても小心者なハルナには土台無理な話だったわね。
メンマは頼りがいのありそうな表情でドンと自分の胸を叩く。
「当然であります!! 私に任せれば万事解決であります!!」
「じゃあお願いするわ! 近親でやるとより力が増すって聞いたわ!」
目をまん丸とさせてミリアはその場のノリに合わせた無知を晒す。
この子、やっぱり教養落ちているわね。
それより近親でやるってどういう意味? と、わたしは再度ハルナに目線を飛ばす。
するとハルナは目を泳がせながら答えてくれる。
「神話って割と近親があったりするんだよ。誓いの印とかで」
へえーそう。
誓いの印とかで生まれる子どもがかわいそうね。
わたしは両腕をメンマとミリアに掴まれた。
ここまでやられたら逃げようとする気ないわ。
「これもカグツチの力を上げるためよ」
「お姉ちゃん今日は楽しい夜になりそうなのであります!!」
「じゃあおれはこの辺で退出——」
「ひとり逃げようとしている奴がいるわよ」
「今回の戦争におれ関係ないだろぉ!」
関係の有無はおいておいて、ハルナひとりで逃げるなんてずるいもの。
しかし自分でレベル15と自負するだけはあるハルナ。
メンマの魔の手からするりと抜け出していた。
「最後に、逃げんなよ。キリシマ」
ハルナはそれだけ告げると、一目散に部屋から抜け出ていった。
逃げたのはあなたじゃないのよ。
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