立ち止まってもいいって言われるけど、その実歩き続けないと追い抜かれるのよね
「それでこっから」
ミリアがわたしの下半身を脱がしてくる。
わたしの心は動かない。
いつも一緒にお風呂入っているのだから今更だもの。
……ところでこれ普通に身体を交えるだけで良いのかしらね。
儀式って割にはなんか単純というか、仰々しくないというか。
ハルナが何も言わなかったってことは、これで良いんでしょうけど。
「ねぇ、キリシマ」
「何かしら?」
「自分勝手になれた?」
またその話?
ミリアはわたしの顔色を窺うように聞いてきた。
手は全くと言って動かない。
「自分勝手も何も必要ないわ。わたしがやらないと、他にやれる人がいないってことでしょう? 社会の存続のためには」
「そういうことを聞いてんじゃないの……」
ミリアは食い気味に声を荒げた。
「私はあんたが、自分を出せるようになったかを聞いてんの! 社会がどうとか関係なく!」
「前も言ったけどこれがわたしよ。出した自分がこれなの」
わたしはひとつに固執している。
わたしは柔軟な思考をしてこなかった。
することができなかった。
たったひとつの物事に安寧を求め過ぎた。
だから死ぬ直前まで転職を考えなかった。
それに付いたらずっとそれだけで、死ぬまで付いていくものだと考えていた。
「ほんと空っぽね。空洞みたい」
「自分が進んでいるのか、逃げているのかなんて分からない物よ。自分では進んでいると思っていても、他と比べてみればただ逃げていただけだと気づかされることもある」
「だから何? じゃあ今進み出せばいいじゃない! 今! ここで!」
ミリアのまっすぐな目を見ていて考える。
若々しく輝きに満ちた瞳をしているなって。
きっとミリアは、わたしとは違う道を歩んでいくのでしょうね。
ミリアはなおも言葉を紡いでいく。
「良い? ダークエルフの寿命は千年、エルフは人によって万まで生きるって言われてるわ」
「そうなのね」
「それであんた、前世はたったの百年ぽっちも生きていないじゃないのよ。たった三十年、たった三十年ぽっちなのよ」
……言われてみればそうね。
ダークエルフの年月から考えてみれば、わたしは三十年ぽっちしか生きていないのよね。
わたしはミリアの唇に指を置いて、少し冷静になるよう促す。
「人間の三十年って、ダークエルフにとっての三百年はあることなのよ。ダークエルフやエルフにとって、三百年もの年月を、人間はたった三十年という短い期間でしか生きられないのよ」
「だから何よ」
「実年齢にしてみればわたしは四百歳なの」
「若いでありますな!!」
思わぬ方向から声が飛んできた。
メンマ、あなた何を聞いていたのよ。
四百年の月日は。
「そもそも人によって感じる月日の長さは違うであります!! うちの足りすぎたお父さんと足りないお母さんも実に若々しいでありますよ!!」
「古事記みたいな言い方すんな!」
なんか、ハルナが一瞬だけ扉を開いてツッコミしてまた閉じていったのだけど。
ツッコミするためだけに部屋の前に居たのかしら?
もう普通に入って来なさいな。
ミリアが言葉を続ける。
「そもそも考えてみれば、ダークエルフの五百歳って人間の年齢でいう五十歳なのよね。逆を言えば、あんたって四十歳ってことよね。現状」
「あんまり年齢をおおっぴろげにしないで欲しいわ」
「私はお姉ちゃんを今すぐご開帳した――」
はい、メンマは黙ってましょうね。
ここからでもカグツチは届くのよ?
「ということは、実質あんたって人間にとっての四十歳ってことになるの?」
「そうなるわ。わたしは精神年齢的に四十歳で。実年齢は百四十歳なのよ」
「何かおかしくないかしら? それ、精神年齢増えているって言えるの? 三十と十を足したら四十になる理論は分かるわ。けど、精神年齢と考えたら、子どもの状態から三十歳、子どものゼロやいちから増えて四十になるのは何かおかしくないかしら?」
なんなのかしらね。
屁理屈なのに妙に納得いくわね。
十歳の子が死んで、また生まれ変わって十歳まで生きてまた死んで。
これを四回やったら、生まれ変わってくる子は四十歳の精神になっているのかってことよね。
五歳の子が八回死んで生まれ変わって、四十歳の精神になっているかどうかってことよね。
……もしかしてわたし、精神年齢が増えていると思っているだけで、実際には自分が四十歳の精神年齢を持っていると勘違いした十四歳の子にすぎないってことなのかしら?
「もう理解できないであります!! お姉ちゃんはお姉ちゃんで良いであります!! 大人ぶっていて!! 心より社会が大事だと答えて!! 夢を持っていないと悲壮に暮れていて!! 前世の記憶を持っていて!! 神装カグツチ、神の炎を宿していると断言する!! 感情気薄な精神年齢三十歳の十四歳であります!!」
……。
…………。
………………わたしは目を閉じ、安らかな顔で静かに絶句していた。
廊下の方からハルナが床や壁を叩いて大爆笑する声が響いてくる。
改めて、字面にしてみると、なんか、こう、酷いわね。
なんかこう、酷いわね。
その通りなのだけど。その通りなのだけど。
なんかこう、熱烈に穴の中に逃げ込みたい気分だわ。
目を垂れさせて心配そうな顔つきのミリアが、わたしの顔を覗き込んでくる。
「大丈夫。良くあること良くあること。百二十歳の子とかみんなそうだったわ」
「中二病の一言で片づけるのは止めて」
わたしは胸の前で指でバツを作る。
それになんか遠回しに説得を受けていたら、段々勿体なく感じてきたわ。
もしかしてわたし、貴重な十四歳までの時間を、三十歳だからって理由で無為にしてきたみたいになっているし。
その時部屋の扉が音を立ててスライドした。
「というかお前三十代じゃねぇだろ。二十代後半とかだろ。多分」
「……なんでそう思うのかしら?」
「いや、悩みがなんか二十代っぽいんだよな。変に経験値が伴っていないって言えば分かるか? なんか三十代の貫禄みたいなのがねぇんだよ」
……四捨五入したら三十代よ。うん。
ハルナは口を膨らませ、「あと誰が来ても勝てる自信があるも追加で」と何かを含んだ笑みを浮かべ、再び扉を閉めた。
いい加減入って来なさいよ、あなたは。
これ一応そういう行為をする準備運動なのよね、とわたしはため息を吐く。
「もういいや。本音を言うと、とても面倒くさいわ。勝つ負ける戦いたくない。どれもが合わさって面倒くさいの。もう進まなきゃ後ろからくる人に先を越されて、みたいな生活はうんざりなのよ」
わたしは自分の髪をくしゃっと雑に握りこむ。
ミリアはあっけに取られた顔で、ただ一言だけ呟いた。
「……それだけ?」
「それだけよ。社会性だとか、社交性だとか、無駄に多いだけのマナーだとか、はっきり言って面倒くさいのよ。村だと変に目を付けられて八分にならない限り、そういうことってあんまりないじゃない?」
「まぁそうね」
「わたしは安定した生活を送れればそれでよかったのよ。なのにやれエルフとダークエルフの抗争だとか、やれカグツチを持っているからだとか、やれライスだナンだうどんだ、だとか」
口にしていたら余計にお腹の底から込みあがってくるわ。
押さえつけるのが大人だけどもう面倒くさいから全部吐き出しちゃいましょ。
「面倒くさい」
「あんたって……」
「はい、わたしの本音を聞いて満足したかしら? 思っていたより意地悪なのね」
わたしはもう話したいことを話し終えたので、自分から服を脱ぐ。
思っていたより人に脱がしてもらうのも面倒くさかったから。
どうぞご勝手にと、わたしはベッドに大の字に寝転がる。
「部族長に対抗できるのがわたしだけなのでしょ。これも安定した生活を送るための必要経費だから。やるなら早くやりなさいな」
「ほんと可愛くないわ、この褐色女」
「そういう面倒くさいお姉ちゃんが、どう乱れる姿を晒すのか楽しみであります!!」
……ところでこれ、何を持って穢れ無きっていうのかしらね。
よく分からないけどと考えているうちに、カグツチ強化の儀式が始まった。
嘘のようで本当の話。
後程カグツチを使ってみたところ、本当に出力が上がっているのを確認した。
この神装、男性の身体を持つ者に渡した方が良かったんじゃないかしら。
それとしばらくの間、ハルナが顔を合わせるたびに「わーわー」言って、逸らしてくるのが地味にイラっとしたわ。
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