慎みを覚えろって肌色強い種族に言う台詞じゃないわね


「あーおっかしい!」


「もう少し落ち着きを持つべきよ」


「お前はもっと慎みを覚えろよ!」


「ダークエルフの種族性に逆らうとか馬鹿のやることよ」


 温かな熱気が肌を擦るお風呂場。

 本当に面白おかしいといったように、ミリアはバシャバシャと力強くお湯を叩く。

 わたしはお湯が勿体ないと押さえつける。

 ハルナは相変わらず不動を貫いている。


 確かに最後にやったTRPGは面白かったわ。

 メンマが一々ナチュラルに奇妙な性癖を発症していたから。

 ミリアがビギナーズラックを繰り返し、ハルナがそれに振り回され続けて。

 またハルナがキャラクターを失うと、変な流れが出来上がっていた。

 ミリアは弾けるような表情をわたしに向けてくる。


「あんたはどうだったの? 少しは我儘になれた? 自分を出せた?」


「もうそんな歳じゃないのよ」


「まだもう少し押しが必要ね」


 もしかしてミリア、今日一日わたしを我儘に振舞わせようとあんなに連れまわしたのかしら?

 最初のカレーを食べた時も。

 普通のダークエルフなら全力で拒否するところをわたしは食べちゃったし。

 挙句にハルナとカレーうどん談義交わしちゃったし。

 魔物が出てくるところも「こんなところこさせないでよ」と我儘を言わせるつもりだったとか?

 服に関しても。

 なんだかんだ言って、やっぱり子どもねぇ……。

 ミリアは一度立ち上がり、わたしと目線が合うようにしゃがみこむ。


「だって笑った時のあなた」


 ミリアはわたしの顔を両手で挟み込む。

 ぴたっと肌と肌がぶつかる感触。

 ミリアはむにっとわたしの頬を摘みながら、口角を上げてませた表情で笑う。


「とっても可愛かったもの」


「わたしのことが嫌いじゃなかったのかしら?」


「えぇ、嫌いよ。大っ嫌い。この戦争が終わったらもう二度と顔を合わせたくないくらい。カレー食べた罪を告発して、ダークエルフの村から追放される姿を見てみたくもあるわね!」


 そう。

 ならわたしとの関係性は変わらないわ。

 今まで通り、仕事で監視するだけ。

 なんでこんなに干渉してくるのか本当に分からないわ。

 それからハルナ、指の間からチラチラとこちらを見ないで。

 あなた、存外楽しんでいるわね。

 ……あっ、夜だからか。

 ミリアはボソッと呟く。


「けど、私を助けてくれたから」


「助けられたからって心を開くのは止めておいた方が良いよ。尻軽って思われる」


「嬉しくない忠告どうもありがとう。やっぱり撤回するわ。可愛くないしとってもブスね。あんた」


 ブスは流石に傷つくわ。

 そしてハルナに「尻軽なのはお前だろ」と頭を叩かれた。

 間違ってはいないけど、生娘なのも本当だから止めてほしいわ。

 告白されたことないもの。

 多分、メンマが原因の十割だと思うわ。

 もうお風呂は良いのか、ミリアはお湯から出て魔法で身体を拭く。

 それから振り返りわたしを指さした。


「だからより一層、あんたを我儘にしてやりたくなったわ!」


「なんで?」


 わたしの返しに何か答えをするわけでもなく、ミリアは出て行ってしまった。

 我儘ね。

 いつからかしらね、我儘を言わなくなったのって。


「ミリアって妙にお前を気に掛けているよな」


「なんでかしらね。わたしより、あなたに懐くのが筋ってもんじゃないかしら?」


「多分だが恩人だからってのと、前世の話を聞いたからじゃないか?」


「それも込みしたら、一番助けているあなたに懐くのが普通よ」


「……案外、面倒見良いからじゃないか?」


「わたしが?」


「寝言は寝て言え。ミリアがだよ」


 あの子がねぇ……。

 大嫌いは本当の感情だと思うのよね。

 最後、ミリアに言われた言葉がいつまでも頭の中で反芻される。

 ……変なことにならなければいいのだけど。


「ところでその胸、おれもちょっと持ってみていいか? 気になって」


「どうぞ。勝手に」


 やっぱり開けっ広げじゃないのよ、ハルナも。


  *  *  *


 変なことにならなければいいと思った傍から、変なことが起こる今日この頃。


 わたしはベッドに押し倒されていた。

 上にいるのはミリア。

 ミリアがわたしの顔を上から覗き込んでいた。

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