百四十年ぶりにカレーを食べたわ。懐かしさで本当は良く味わいたかった
わたしは夕焼け空を眺めながら家への帰路を歩いていた。
道行く人には挨拶をして。捕まったら中身のない会話を繰り広げて。
また夕焼け空を眺めながら帰路を歩く。
わたしはひとつため息をついて玄関の扉を開ける。
そこからは特に何かするまでも無く、時間を潰して食事の時間になれば手伝いに入る。
家族団欒とした食事の風景。
ミリアとメンマが何かよく分からないことで争いを繰り広げている。
ハルナがひとりでツッコミを頑張っている。
わたしはそれをただボケっと眺めるだけ。
こっちに会話を振られれば相手を不愉快にさせない言葉選びで場を和ませる。
そうして風呂に入って軽いストレッチをした後、わたしは床に敷かれた毛布に身体を埋める。
ベッドじゃないからか、今日は身体が良く冷える。
わたしは身体をブルブルと震わせていた。
翌朝、ダークエルフの村ではエルフの村に侵攻する計画が企てられていた。
祭壇上でわたしは最重要戦力として紹介されていた。
周りから浴びせられるのは賛美の声。
今こそエルフに目に物を見せてやるといった、奮い立つ声。
わたしは嫌だなぁとか考えながら、耳に入る音を右から左に受け流していく。
……本当に嫌だ。
……面倒くさい。
わたしは主人公じゃないのに。
わたしは主人公を止めたのに。
なんで今更なのかしら。
どうして今なのかしら。
何の感情も湧いてこない。
心の中にあるのは、ただ嫌だなって言葉。
それと面倒くさいなって気持ち。
けどそんな思いを秘めていたって、事態が良くなるわけじゃない。
ましてや誰だって同じ気持ちを秘めているのに、わたしだけ否定的なのは人として失格だと思う。
ただ早く終わるようにと人形に努める。
わたしは多分、笑顔だったと思う。
無表情とかではなく、場に合わせて笑顔を作っていたと思う。
やっぱり、平穏無事な生活を送るためには個性や自我など必要ない。
何かを残そうだとか、自分の夢を持って突っ走るのは疲れることだから。
決められたレールを走るだけ。それが目標への最短ルート。
わたしの場合、ダークエルフたちの言うとおりにすることこそが最短ルート。
わたしは言われたことに「はい」だとか、「面白い」だとか、相手が気持ち良くなる姿勢を見せるだけで良いのである。
そういう人にしかわたしは慣れない。
* * *
「どうよ、私の社会性は」
隣にいるミリアがわたしに籠を突きつけてくる。
果実やきつねうどんと狩りで得た肉を物々交換しているときのことである。
ミリアの方も籠の内容物がここに来た時と全て変わっていた。
わたしは最後に川魚と今日得た果実を三つ、肉ときつねうどんを交換して取引を終える。
「良くなったね」
「でしょ!」
少しくらいハルナも手伝ってくれないかしらね?
いくらお金を持っているからって、そういう態度は良くないと思うのよ。わたしは。
ミリアはドヤ顔を見せると、わたしとハルナの手を掴んでくる。
「今日やることは」
「ミリアの監視」
「おれも今日は特に予定無いな」
「いつも通りね」
こういう相手の予定を無視するところは本当に変わらない。
ひとまずわたしたちは家に戻って戦利品を置いていく。
どこに行くのか聞かされないまま、わたしとハルナは元気なミリアに引き摺られていく。
それにしてもと、わたしはさっきとえらい違いの様子であるミリアに問いかける。
「機嫌治ったの?」
「別に。けどメンマがあんたは人形みたいなものだから強引に行けばいいって」
「流石は妹。的確にこいつの性質を突いている」
ハルナはにやけた笑みを浮かべてわたしを見る。
いつも断っているわよ?
メンマの強引な誘いを。
わたし、メンマから人形か何かのように思われていたのね。地味にショック。
「だから、あんたには少し我儘になってもらうわ!」
「別にわたしは——」
「あんたが、私に社会に馴染む大切さを教えてくれたように。ねっ」
ふーんとわたしは気にも留めず、ハルナは自主的にミリアに引き摺られていく。
ズルズルと引き摺られること十分ほど。
ついた先はエルフたちが囚われている監視付きの部屋だった。
……なんでここに?
ミリアが縄で縛られたエルフと何か会話をしている。
それから少ししてミリアはエルフの懐を弄り、取り出したのは銀色の袋。
「はい、カグツチだして」
ミリアに促されるままわたしはカグツチの炎を手のひらから現出させる。
ナンといい神も形無しねぇと微笑を浮かべながら、ミリアの張った水にそつと入れる。
空に浮かべたお湯にミリアは銀袋を入れる。
それから五分くらい経った頃、ミリアは銀袋を取り出してわたしとハルナに突き出した。
「インスタントカレー! ほらっ、食べなさい!」
「じゃあ遠慮なく」
「久しぶりだな。うん、良くある懐かしい味がすんな!」
わたしは銀袋を受け取り、開けて中身をあおる。
何の変哲もないカレーと言われればカレーって感じの味。
即席で作れて時間が無い時とかは良くお世話になった懐かしい味でもある。
ちょっと辛い。
ミリアは目と口をまん丸と開いた。
というよりかは縄で縛られているエルフたちみんながこぞって同じ顔を晒していた。
「な、なんで普通に食べるのよ!」
「……うわぁ、カレー。よくも食べさせたなー。……で。満足?」
「酷い棒読み。で、どうよ、味は!」
「カレー。やらせたのに酷いわね」
口を尖らせたミリアはつまらなさそうに地団太を踏む。
口を自由にされているエルフたちがざわつく。
別にこの場にダークエルフたちはいないし。
というか、ダークエルフにカレーを食べさせたことバレたら不利になるのミリアの方だし。
久しぶりにカレーを食べたせいかな。
「カレーうどんが恋しい」
「カレーなの? うどんなのそれ?」
「うどんにカレーを掛けた奴。両方だね」
「美味いよな、あれ。大抵はカレーが残った次の日にうどん買ってきて入れるだけなんだけどな!」
ハルナの言う通り、カレーうどんを食べたいって心で作ることは中々無いわよね。
カレーうどんの話題にハルナと盛り上がりそうになる直前で、わたしはふと冷静になる。
ダークエルフとしてカレーを肯定するわけにはいかないから。
食べ物を粗末にするわけにもいかないので、カレーの中身を全部食べてからわたしは床にポイ捨てする。
……もう十分遅いと思うけど。
ミリアは感銘を受けたかのような表情になり、すぐに元のむすっとした表情に戻っていった。
「次!」
ハルナは自主的についてくるので必要ないと考えたのだろう。
ミリアはわたしの手を掴んで再びどこかへと向かって行く。
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