部屋は機能性があればそれで良いのよ。小物とかいらないわ 2
わたしダークエルフは新しく常識を覚えた。
ナンを食べたり、肯定するのはマナー違反。
例えどれだけそれが美味しかったとしても、必ず否定罵倒しなければならない。
それがこの社会のルール。
戦闘中なのにわたしはハルナに頭を叩かれた。
「んなルールあって堪るか! お前はだからよ!」
「出されたお茶は飲まない。唐揚げにレモンを掛けない。上司より先に手を付けてはいけない。似たような物よ」
「それマナーでも何でもねぇから!」
熱くて持つのに苦労するし、ちょっと顎が痛くなるけどカレーと絡みあうふっくら甘い生地は本当にわたし自身の価値観を変えてくれたよ?
なんでナンで突っ込みをせざる負えない状態にしてくるのこの世界!
ターメリックは両腕を広げて高らかに宣告する。
「戦いというのはノリの良い方が勝つのだ!」
「そっち行ったであります!!」
メンマの言葉でハッと我に返ったわたしは、飛んできたナンをナイフで両断する。
勢いの落ちたナンが偶然にも近くにいたダークエルフに当たってしまう。
するとナンを当てられたダークエルフは苦しそうにお腹を押さえて蹲った。
「フハハハハ!! 我がゲート・オープン・ナンスローから放たれた数千度にも達するナンは、当てられた者の胃へ強制的に転移する! 貴様らは強制的にナンを身体に入れる破目となるのだ!」
「無駄に凶悪だなおい! 消化する前に死ぬだろそこまで行くと!」
「クッ、なんたる屈辱! ナンを身体に入れるくらいなら!」
「くっそ、こっちに来るな下賎なダークエルフ共が! こっちにまでナンが」
「ターメリック様おやめください! 味方まで巻き込むつもりですか――」
なんでか知らないけどあのナン味方すら巻き込んでいるわ。
恐らくあれね。本人は強いから全部ひとりで片づけられると思い込んでいるタイプね。
あれと一緒の村に居たというなら、ミリアが社交性の無い子に育ったのも頷けるかも。
ミリアがダークエルフたちにターメリックの武器の解説してくれる。
「あいつの攻撃はかなり凶悪よ。その見た目から一時期何でナン? とか言われていたわ。けどそのすべてを、あいつはナンで黙らせてきた」
「いや黙るなよ! どこまで凶悪でもナンであることに変わりねぇだろうが! 疑問を呈し続けろよ!」
「これも全てナンへの愛が為せるわざ。憎きライスに天誅を下す技だ!」
「愛が為した結果ナン投げ捨ててんじゃねぇか!」
この緊迫とした中、良くハルナはツッコミに徹することができるわね。
少しは手伝ってくれないのかしら。
ハルナってば、ほとんと動いていないのにナンを避けているのどうかしているわ。
ともあれ先に取り巻きを片付けるのが先決ね。
わたしは足に力を込める。エルフの集団まで飛ぶために。
狙いを定める。
一足で飛ぼうとして、
「お前のその神装には気を付けろと、ガーリック様は仰っている。簡単に部下たちをやらせはしない!」
わたし目掛けて大量のナンが飛来する。
「お前らさ、職人のプライドとかさ。なんか無いわけ?」
「無駄だ。こちらの言語があちらの世界に通じるものか。それに、投げたナンの数によって私から給金が出る! 分かるか? 当てた数ではなく投げた数だ!」
「……羨ましいわ」
「職人それで良いのかよ! そしてキリシマ、お前は羨ましがるな!」
結果が出ずとも過程で賃金を得られるのよ?
羨ましい以外なにものでもないじゃない。
わたしはカグツチの炎を槍上にしてターメリック目掛けて投げ放つ。
しかしターメリックの放ったナンはカグツチの炎を吸収して飛んでくる。
「神装の力を引き出せていない状態で、私のナンに敵うものか!」
「今更少年漫画風の台詞吐いても遅いだろ! ってかこいつ、神装知ってんのかよ。……となるとやっぱりあいつ」
ミリアはわたしとターメリックが繰りなす攻防を縫うように撃ってくる。
ミリアへと向けられるゲート。
それよりも先に。
わたしはターメリックに斬りかかる。
やだ、このナン縮地してくるわ。見えない!
ターメリックが嘲笑う。
「エルフがダークエルフの文化に馴染めるわけないだろうに」
ナンが一斉にミリアへと向かって行く。
傘は閉じたまま。あれでは防ぐことができない。
着弾まで残り数秒。
けれどわたしを含めてみんなも間に合わない。
その瞬間、ナンの着弾する音が辺りに響いていった。
ターメリックが驚愕に目を引ん剝いた。
「私は自由になるのよ。そのためなら馴染んでやるわ!」
「あづっっっ!! いぐっっ!! お腹が!! お腹が!! や、焼けるように痛いであります!! し、しかし、美少女エルフに盾にされた思いと攻撃された感動が合わさって!! 不肖メンマ!! 感激で――」
「「メンマぁぁぁぁ!!」」
わたしとハルナが同時に叫んだ。
多分、お互いに頭にあること違うと思うけど。
その光景にお腹を押さえて地面に転がるダークエルフたちが感激の言葉を漏らす。
「確かにあいつならすぐピンピンする! 考えたな!」
「メンマを盾にできるほど、エルフはダークエルフに歩み寄れるのか」
「いいぞぉメンマ! その調子で食いつくしてやれ!!」
「それで良いのかメンマの扱い!?」
良いと思うわ。
当然のように公然猥褻している子だもの。
それに神の炎、カグツチを受けてすぐにピンピンしている子よ?
たかが数千度の熱を持つナン程度にやられるほど柔じゃないわ。
メンマは投げ捨てられると同時に、その場に崩れ落ちた。
「知らないでしょうけどね。ダークエルフってみんな、明るくて、優しくて、エルフの私も受け入れてくれたわ。見ず知らずなのにも関わらず!」
「メンマ盾にしながら言う台詞じゃねぇーよ!」
……もしかして多様性を受け止められないわたしって社会不適合者なのかしら。
もう一度、我が身を見直さなくちゃ。
ミリアの手にあるのは極限まで魔力を溜めた和傘。
わたしとの修行の時に見せた、虹色の燐光。
「少しの違いも受け入れてくれないエルフとは大違いよ!」
ミリアの収束された破壊光線は何重にも連なったナンを貫き、ターメリックへと突き進む。
ターメリックも負けじと砲門を向けた。
「せめて醜く、そして美しく死ねっ! はっ、今日は店じまい? 待て待て! 金なら払うから投げろ! 業務用でも良いから! はっ? 職人のプライドだと!?」
「もう無いも同然だろそんなの」
ターメリックは虹の光線に包まれた。
反対にミリアの腕から力が抜けていく。
それと。
わたしはターメリックが飛ばされた方に目線をやる。
そこでは未だ健在で必死に起き上がろうとするターメリックの姿があった。
「わたしとしては降伏をお勧めしたいのだけど」
「舐めるなよ! 私はまだ!」
インド風のおっちゃんがナンを作るときに使用する道具をわたしに投げてきた。
飛んでくる道具。
わたしは思わず目を開く。
「遅いわね」
ぺしっとわたしは飛んできた道具を叩いて落とした。
木を背にするターメリックが目を逸らす。
「ど、どうやら私の攻撃はナンにしか効果が無いらしい」
「そうね」
「まっ、待てッ! 話せば分か――」
わたしはナイフでターメリックの意識を狩る。
無念の表情でその場に崩れ落ちるターメリック。
残念だけどターメリック。
話せば分かるって言って死んだ人、二人くらい地球にいるのよ。
空間の綻びは元に戻っていく。
ゲートが自然に閉じていく。
わたしはターメリックを縄で縛り付け、ダークエルフみんなの治療に走る。
ただ汗を搔いた様子もないハルナだけが、空を仰いで呟いた。
「……何でナン」
「言ってないで手伝ってくれないかしら?」
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