古風で意味の分からない物事ほど、現代に引き継がれる物なのよね


 次の日の昼下がりのこと。


「任せて! すぐに終わらせてきてやるわ!」


 ミリアはお母さんの言葉を聞いて森の果実を収穫しに行く。

 一応監視役であるわたしも一緒に。

 ハルナはわたしの友人兼、文化を見るために。


「あなたいつになったら旅に出るのよ」


「少なくともこの問題が解決するまではいるな。ミリアが心配だし」


「だったらあなたも特訓に参加したらどうかしら? 神装、持っているのでしょ?」


「経験値が違うんだよ。おれは手加減とかしたことねぇし」


「誰かに教えられるようになってからが一人前よ?」


「じゃあお前は教えてくれないからゼロ人前だな」


 あなた、言葉の意味変よ?

 って言おうと思ったけどやめた。

 ミリアがこちらに「早く来なさいよ!」って手を振って急かしてくる。

 元気ねぇ。


 仕事を請け負ったミリアは絶対にサボらない。

 道行くダークエルフたちに分け隔てなく挨拶をするし、身体的スキンシップにも概ね好意的に受け入れている。

 そうしてミリアとわたし、ハルナの三人きりになったタイミングで唐突に叫びだす。


「カレー食べたい! カレーライスが恋しい!」


「きつねうどんの刑にされるわよ?」


「なんかもうほんとふざけた刑罰ね! あんたとハルナさんしかいないし良いでしょ」


「名前はふざけてんのに内容は拷問なんだよな」


 どういう意図があるのか分からないけど、ミリアはわたしとハルナしかいないときだけ態度を改める気が無いようね。

 無理に言い聞かせるのも労力を食うので、わたしはミリアの横に並び立ってリンダの実がなる場所まで案内する。

 ちなみにきつねうどん以外も頼めば出てくるわよ、あの拷問。

 エルフはうどんを蛇蝎の如く嫌うから知らないのよ。

 例えるなら有名なチョコお菓子戦争に近い不毛な争いね。

 ミリアは木になったリンダの実を採りながら言ってくる。


「未だに私はあんたの言うことが良く分かってないわ」


「うん」


「理解できなくても大事ではあるがな。コミュニケーション能力は」


 わたしはミリアを視界の中に入れながらリンダの実の収穫に勤しむ。

 こうして何かをしている間は、何も考えなくていいから。

 ミリアはリンダの実を手に取りながら聞いてくる。


「これ何に使うの?」


「うどんに練り込むのよ。病気を予防するために」


「病気?」


「ダークエルフに伝わる謎の奇病よ」


 ダークエルフがきつねうどんを食べ始めた時期に始まった謎の奇病。

 その症状は身体が虚弱になってしまったり、すぐに汗をかいてしまったり、水分を取る量が多くなるという物。

 中には手足の感覚が薄くなる。生きているうちに身体が腐り始めるなんてものまで。

 すぐに死ぬようなものじゃないのが、この病気の恐ろしいところよ。

 じわじわと身体を侵食していき、やがて死に至る。

 未だに治療法は確立していないので、掛かったが最後もう二度と治らない。

 わたしたちに出来るのはあくまで予防することのみ。

 そんな病気を予防するために重宝されるのがこのリンダの実である。

 ハルナが戦慄する。


「初期症状でも現れた時点で終わり……んっ? なんかどっかで聞いたことある症状だな、おい」


 何かに感づいた様子のハルナ。

 わたしは顔に指を立てて、少し考える素振りをしてから言う。


「あと尿が甘くなるわ、この病気」


「糖尿病じゃねぇか!」


「病気に掛かった人の身体は甘くなるわ」


「だから糖尿病じゃねぇか! 香川県で多い病気じゃねぇか!」


「ちなみに、遥かに大きいうどんの歴史が我らにあるからって理由で食べるのを止めないわ」


「歴史は病気に対しての免罪符じゃねぇだろ!! 時代に取り残された老人か!」


「ツッコミ疲れない?」


「お前ら種族のせいだ!」

「あんたら種族のせいよ!!」


 疲弊するハルナとミリア。

 上下に肩を動かす二人は息を整えていた。

 

 ……糖尿病を起こすから食べるのを止めろって言っても、聞く種族じゃ無いもの。

 一日三食おやつ含めてうどんなのよ?

 一個人の見解なんて慣れ親しんだ信仰の前ではないと同じなのよ。

 説得なんて無駄に疲れることやりたくないわ。

 むしろ一家全員がきつねうどんの刑に処される可能性が高いまであるわ。

 信仰心が足りないって。


「でも、命に関わることでも好きだからやろうとしてしまうのは分かるわね」


 気を取り直した様子のミリアがまだ緑色の状態のものまで採ろうとする。

 わたしはミリアの腕を掴んで止める。


「それ、まだダメ」


「なんでよ」


「食べてみれば分かる」


 うわぁ……と、引き気味の視線を送ってくるハルナ。

 ミリアは試しにと、まだ緑色のリンダの実を試しに一口齧った。

 数度の咀嚼。

 束の間の静寂。

 ミリアの顔が青く染まっていく。

 手をプルプルと震わせて、やがてリンダの実をぼとりと落とした。


「何この味!」


「若いうちは渋みとえぐみが強いから」


「それを早く言いなさいよ!」


「こういうのは早いうちに経験して、身体に身に着けさせた方が良いのよ」


 わたしはそれだけ返して籠半分くらいまでリンダの実を詰める。

 渋みって身体には良いらしいけど……どうなのかしらね。

 身体には良くとも、精神には良くないわよね。

 まだ渋いリンダの実を干して保存食にしたものもあるけど、わたしは熟したものをそのまま頂く方が好きなのよね。

 ハルナがミリアに何かを耳打ちしている。

 何か悪だくみでも企んでいるのかしらね。

 それともカルチャーショックを受けたもの同士で慰め合っているとか。

 わたしは次に香辛料になる果実の場所までミリアとハルナを案内する。

 顔を青くしたままミリアは口元を抑えて嘆く。


「嫌な物食べさせられたわ」


 別に食べさせたわけじゃないけど。

 勝手に食べたのだから自業自得よ。

 こっち側にあると指をさし、わたしがミリアに顔を向けた時であった。

 何かを企んでそうな顔をしたミリアが、わたし目掛けて手を突き出してくる。

 そんな物に当たるほど間抜けじゃないわ。

 数歩後ろに下がって避けようとしたところで、背中に何か柔らかいものが当たった。

 何がなんて思う暇も無く、ミリアの持っていた物がわたしの歯に直撃。

 内容物がそのままわたしの口内に侵入してきた。


「ッグ。……なにこれ」


 まっずい。

 ただまずいの一言。

 なんというか、口の中一杯に広がる緑茶のえぐみを、数十倍にまで濃縮したかのような味。

 本当に葉っぱって感じ。

 触感はミカンとかライムとか、柑橘系に近い。

 うっすらとしたミントに近い清涼感を感じる。

 熟した奴もあまり甘みを感じる物ではない。食べられない訳じゃないけど、食べるものではないの。

 けれどこれはダメ。

 噛めば噛むほどただえぐいだけの刺激が、口の中で暴れまわってくる。

 それから、後味として申し訳程度の渋みがやってくる。

 そのままだと到底ダークエルフが食べられるようなものじゃないわね、これ。

 若いリンダの実ってこんな味なのね、初めて知った。

 これ柿と同じ要領で作って、渋みとえぐみが本当に取れるのか気になるレベルね。


「ふふーん、どう? 若い果実の味は?」


「あれはお前が悪いわ」


 口角を上げていたずらっ子の表情をミリアは向けてくる。

 あと、図ったわねハルナ。

 いつも夜になると騒音で安眠を妨害してくるのに。

 わたしはハルナからすぐに解放される。

 それからすぐに、わたしは顔を抑えてその場に崩れ落ちる。

 流石のわたしの反応にか、ミリアは横から顔を覗き込んでくる。


「ちょっとちょっと、大丈夫なの?」


「うん」


「まぁ人誅だな」


 わたしはすぐにでも口を水で漱ぎたい気持ちを抑えて立ち上がる。

 子どもだから腕白なのはしょうがない。

 ハルナはムカつくけど、やり返してって仕方ない。

 その行為自体がとても疲れることだわ。

 わたしはミリアの手を取り、次の目的地まで連れていく。


「つまんない」


 ミリアはそれだけ呟くと、大人しくついてくる。

 けれど仕事自体は真面目にやっていて。

 つまらないと口にした割には、なんとなくミリアの顔は楽しんでいるようにも見えた。

 あと、ハルナは客だけど居候でもあるから仕事してちょうだい。

 あなただけよ、仕事していないの。

 その分のお金を毎日払っている? それとこれとは話が別だと思うわ、わたし。

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