信用は目には見えないから分からないのも無理ないわね


「私、こんなにも人望が無かったなんて」


 ミリアが悔しそうに歯噛みした。

 わたしは「うん」とだけ返して、泡立ったミリアの頭にお湯をぶっかける。

 ついでに湯船からこちらの胸を凝視してくるハルナに冷めた目を向けておく。

 わたしをお風呂に誘った理由、これじゃ無いわよね?


「この村の住民は……あったかいわね」


 わたしは「うん」とだけ返してミリアの背中を洗う。

 今日会ったばかりの、見ず知らなかったカレー派のミリアに優しくする。

 普通じゃ考えられないと思うの。

 例えるなら家出したクラスの輪に馴染めない子のためにクラス総出、一致団結して動くようなもの。

 日本だったら無視、最悪虐めだって起こるはずなのに。

 なのにダークエルフは、そんな細かいこと知らないとばかりに動く。

 良くも悪くも、動いてしまう。

 それが例え、よその村の子であっても。

 わたしには無理。

 例え冷たいだとか、人間失格だとか揶揄されても無理。


 あって数日しか経っていない、それこそ嫌ってくる子どものために動くなんて絶対に。

 ミリアは顔だけ振り向かせて聞いてくる。


「ねぇ……、あんたは私の味方にならないの?」


「わたしはあくまで、この村に居る間の君の監視役だから」


「じゃあなんで村まで見送ってくれなかったの?」


 そんなの決まっているとわたしはミリアの心に言葉のナイフを突き刺す。


「君にそんな力は無いから」


 顔を俯かせたミリアはそのまま目を見開いた。

 警戒するほどの力を持っているとでも勘違いしたのなら大間違い。

 暴れたところですぐに捕らえられて、ホブゴブリンの部屋行きでしょうね。

 その場合、管理管理不行き届きでわたしもホブゴブリンの部屋行きになるかもしれない。

 けど多分、そんなことにはならない。だって、


「わたしは力を――」


「そこまでだキリシマー! お前は心の方がダークなエルフだな!」


 わたしの言葉を遮ってハルナが飛びついてくる。

 さらには後ろから乱暴に胸を揉みしだいてくる。

 痛い。

 

「固い! 固いぞ! お前の胸は筋肉か! 筋肉で出来ているのか!? よっ、巨乳!」


「痛い」


 ミリアは目を数回ぱちくりさせたのちに大きく見開いた。

 わたしは機械のようにハルナに顔を合わせる。

 バチンッ! っと乾いた音を立てて、両頬を挟み込むように強く叩いてやる。

 あと二回ほど繰り返して、騒がしい暴徒を鎮圧する。

 ハルナは赤く膨れ上がった両頬を抑えながら、お風呂場の床に沈んでいった。

 わたしは表情を無にしたままミリアに言う。


「……交代」


「あんた、ハルナとメンマには容赦ないわね」


 こうなるから諦めているだけ。

 されるがままだと無駄に疲れる。

 わたしは疲れることと、無駄に労力を支払うのが嫌いなだけなのである。

 

 ミリアと場所を交代して今度はわたしが身体を洗い始めた。

 タオルの繊維が少し強くわたしの肌を走っていく。

 ちょっと痛いけど我慢できないほどじゃない。

 

「ねぇ。……なんであんたはそんななの? なんでそんな……希望も絶望も無い目をしてんの?」


「知りたいの?」


「……何となく聞いただけよ。悪い?」


 ミリアがむすっとした顔でそっぽを向く。

 わたしの話ねぇ。

 大したものじゃないと思うけど……そうねぇ。

 それじゃあとわたしは自分の話をし始める。

 先にひとつだけ前置きを入れる。


「君が嘘か真実か思うのは勝手。けどね、わたしにとっては本当のこと」


 それじゃあひとつ話そう。

 わたし、キリシマの転生前を。


「わたしはここより違う世界から転生してきたの。ついでにハルナもね」

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