夜になると異常なまでに元気になる娘っているわよね
リンと騒がしい虫の音すら聞こえぬ夜の時間。
恐らく時刻は深夜0時を既に過ぎ去ったころ。
わたしは身体を揺さぶられる感覚に見舞われる。
「誰?」
ショボショボする瞼を擦りながら、わたしは眠りから起き上がる。
「夜! 夜だぞ夜! 良い子は起きる時間だぞ! 褐色おっぱいホルスタイン! ほらっ、起ーきーろ! そして風呂を沸かせ!」
そんな妙にハイテンションな声を水のように浴びせられる。
続いて二本の手がわたしの肩に掴み掛かり、勢いそのまま揺さぶってくる。
もうひとつあくびを浮かべてわたしは声の主を確かめる。
……ハルナだった。
ハルナが深夜テンションだとしても妙にはしゃぎまくった表情で、わたしの背中を力任せに叩いてくる。
その隣に信じられないといった顔を貼り付けているミリア。
あぁ、見つけてきたのね。
「なにひとりで寝てんだよ! 夜はこれからだぞ! 一緒に楽しもうぜ! その前に風呂を沸かせ! 一緒に入ろうぜ!」
うるさい。
昼にツッコミを入れまくっていた奴と同一人物なのかどうかを疑うほどうるさい。
耳がキンキンする。
本当にうるさい。
わたしはハルナの肩を掴んで引きはがす。
「おはよう。アンデッドだとしても他種族のことも考えて」
「おはよう? 夜はこんばんはだぞ! もしかして寝ぼけているのか! このやろー!」
うるさい。
動作がうるさい。
この夜にテンションが上がる馬鹿は一旦おいておこう。
わたしはハルナの鳩尾に拳を入れる形で静かにさせる。
「ミリアもお帰りなさい」
わたしが声を掛けると、ミリアはひとつふたつ目を瞬かせる。
それから不機嫌そうに眉を中央に寄せ、口も尖らせていった。
「本心から思ってないくせに」
そりゃそうね。
本当にそう思っているのならわたしも捜索に向かったことでしょう。
けどわたしはミリアの安否を完全に無視して、ひとり先にベッドへ入り込んでいた。
本当に本心から、ミリアがどうなろうとどうでも良いって考えていた。
どう言い繕ったとしても、ミリアを見捨てたことは事実だろう。
考え自体は今でも変わらないのだけどね。
わたしはやはり表情ひとつ変えることなくミリアに向かって口を開く。
「お風呂ね。分かったわ。沸かしておく」
ミリアの身体は土や葉っぱで汚れている。
入る前に出ていったからまだ入っていないでしょうし。
わたしとしては別に放置させても良いのだけど。
わたしの部屋で寝かせる以上、汚いままでいさせるは嫌だ。
衛生的に。
僅かに残った男の部分が持つ幻想を胸に、わたしがドアノブに手を掛けた時であった。
「何も言わないの?」
ミリアがそう口を開いたのは。
相変わらず不貞腐れたようにわたしから目線を外している。
おおよそ人に物を聞く態度ではない。
けれど聞かれたからには答えてやるのが、大人という物だとわたしは思う。
「お父さん、お母さんから既に説教されていることでしょう?」
「度胸あるなと笑われただけだったな!」
ハルナが復活した。
そして何やってるのよ、あの人たち。
……分かってはいたけど。
あの人たちがそう反応するなら、余計にわたしから何かを言うことは無い。
わたしとしては一々理由を尋ねるものでもない。
面倒くさいし。
「お風呂、入って来なよ」
それだけ言ってわたしは部屋から出ていこうとして。
「待って」
ミリアはわたしを呼び止めてくる。
見上げてくるミリアの瞳は何となく、どこか覚悟を決めたものになっていた。
「私もやる。……魔法は得意だから」
そういうことならとわたしはミリアに手伝ってもらう。
わたしとハルナとミリアは三人でお風呂場へと向かっていく。
家から少し離れた位置にあるので、服を忘れてしまうと裸で外を歩くことになる。
ダークエルフは羞恥心が薄いのか、全裸で歩くことになんの抵抗感も持たないみたいだけど。
ミリアは変えの服を持ってきていないということなので、一先ずわたしの服を貸しておいた。
お風呂場に付くとミリア、ハルナは脱いだ服を洗濯籠に入れた。
空の風呂桶にミリアが手を掲げると、途端に水でいっぱいになっていった。
後はわたしがカグツチでお湯にするだけである。
「一緒に入ろうぜ! ほらほらっ、キリシマ顔が固いぞ! ミリアももっと表情崩せ! お前ら笑った方が可愛いんだから!」
水をお湯にし終えるとテンションの上がったハルナが、わたしとミリアの腕をがっしりと掴んだ。
タラシをするにしてももう遅い。
ミリアはハルナの手を握っている。
妙に膨れた顔で。
どうもミリアはハルナに懐いた様子。
ハルナははしゃいだ表情でわたしの腕を掴んだまま放さない。
こうなるとハルナの言葉通り、わたしも入った方が良いようだ。
無理に引きはがそうとする方が労力のいること。
深夜に騒いだらそれはそれで近所迷惑になるだろうし。
無駄に目立つようなことをする必要はないだろう。
そう決断したわたしは、瞼を下ろして自身の服に手を掛けた。
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