神話って大体こんな感じで創られるわよね


 今日の夕飯はきつねうどん。

 きつねうどんはダークエルフの主食である。

 そしてミリアはきつねうどんを啜りながら、「なんでよ」と呟く。

 飲むように食べていくミリア。

 スープまで飲み干して、腹の底から響く声を発した。


「なんできつねうどんが畑から採れるのよ!!」


 お母さん、お父さん、メンマが「何を言っているの、この子?」といった可哀そうな子を見るような目をミリアに向ける。

 ハルナは分かるとでも言いたげにうんうんと頷いている。

 わたしは巻き込まれたくないので、極力うどんを残さないようゆっくりと啜り続ける。


「なんできつねうどんが生えてくるの? なんでスープの素も一緒になって生えてくるの? おかしい。おかしいって! なんで誰も疑問に思わないわけ?」


 ハルナは首が壊れそうになるほどうんうんと頷いている。

 郷に入って郷に従えないのだろうか。

 首を痛めそうである。


「畑から採れるのはカレーでしょ!」


 ブフッ!! ハルナがひとり噴き出した。

 鼻を抑えながら数度咳き込み、みんなに大丈夫かと心配されている。

 なおわたしも無理に抑えようとしたせいで、変に咳き込んでしまった。

 鼻痛い。

 プールで間違えて鼻呼吸してしまいそうになったときみたいに。

 喉も若干の違和感。

 むりやりうどんを飲んだせいか、空気も余計に飲み込んでしまった。


「ハルナさんの汁を浴びれてメンマ!! 幸せであります!!」


「ぶれねぇな。こいつ」


 サムズアップするメンマを、ハルナは半目の視線を送っていた。

 わざわざ箸を止めて。

 ミリアは半眼の状態でわたしたち、ダークエルフを見渡した。


「何よ? 何がおかしいの?」


「カレー! 畑から直で取んなよ! 近未来じゃねぇんだぞ、おい!」


「ふーん、ここはコルチャーク神を崇めていないわけ?」


 そう言ってミリアは神、コルチャークについて語りだす。

 この世界はマナの影響により異世界から物が飛んでくるという壮大な語りから始まった。


「銃とか手榴弾が飛んできたのと同じで、別世界から新種の食べ物カレーが降ってきたらしいじゃない?」


「飛んできたのはきつねうどん!!」


 ミリアの話にメンマが食いつく。

 今そこは大事じゃないとハルナが抑えにかかる。

 わたしは素知らぬ顔でうどんを啜り続ける。

 明日どうしようかなぁとか考えながら。

 輪に入らないのは不自然なので、思ってもいない共感を口にしながら。

 ミリアに聞かれてもいないのに話の続きを促した。


「その時、エルフはカレーの美味しさに感動して、自分たちでも作れないかって試作し始めるじゃない? けど出来なかった。それでエルフの手では再現できない神の料理だと考えたエルフの先祖たちは、降ってきたカレーにコルチャーク神様と名を与え、信仰するようになった。それ以来、畑からカレーが採れるようになった」


 簡単に要約すると、壮大な話から始まってオチが畑からカレーを採れるようになりましたよってこと。

 ダークエルフの信仰するバルバロッサ神様はこれのきつねうどんバージョンである。

 同じエルフだけあって細かな部分は似てきてしまうのだろうか?

 正直、こんなくだらないことが戦争に繋がる火種のひとつだと信じたくない。

 信じたくないけどそれはあくまでわたしの意思。

 わたしがどのように考えていようとも、社会には何の影響も及ばない。

 それと同じで、カレーやうどんが畑から収穫されるというのは、この世界では真実なのである。


「せめて肉じゃがを経由しろよ! カレー模倣するならマジ初めに肉じゃがを作れよ!」


 ハルナが少しずれているツッコミを入れていた。

 カレーが相当好きだったのか、ミリアはうどんの容器を箸で突く。

 行儀が悪いなぁとか思いながらも、わたしは特に何もしない。

 それで立場が悪くなるのはミリアだから。

 ……けど、それでミリアが追い出されたとしよう。

 癇癪を起されて村に被害が出た場合、怒られるのはわたしになる。

 わたしに例えその意思がなくとも。

 監督不届きでわたしのせいになってしまうのよね。

 社会は本当に理不尽だとわたしはため息を吐いた。

 そうしてわたしは席を立ち、メンマの口を手で塞ぐ。

 手のひらを舌で舐められる気持ち悪さを必死に耐えながらミリアに言っておく。


「言いたいことは分かる。けど、それをこの村で言わない方が良い」


「なんでよ」


「この村の宗教と違うし、別の宗教派閥だから消される可能性がある」


「ひとりくらい違う考え方を持っていたって良いでしょ!」


「その言葉を口にできるほど、君はまだダークエルフとエルフから信頼を得られていないから。ううん、はっきり言っておく。集団社会で自分だけ違う意見を持っていても許されるなんて考え方は、ただのまやかしだから。分かったら自分の意思を捨てて、諦め――」


 言いかけている途中で、ミリアは反骨精神たっぷりで立ち上がった。

 憎悪という憎悪をわたしにぶつけてきているような気がする。

 正しく一触即発の空気である。

 わたしはそんな憎悪を無表情という形で受け流す。

 海に投げられた赤い絵の具は揉まれて消えていくのみなのである。

 ミリアは立てかけられている和傘を手に取ると、玄関の方まで歩いていく。


「もういい。私、この村から出る!」


「村の迷惑にならないなら好きに出るといい」


「そう……、じゃっさよなら」


 ミリアが玄関の扉を閉めて出て行った。

 お母さんとお父さんは「やんちゃで良いわね」と何ひとつ気にも留めない。

 当たり前である。

 他人の子ども、それもエルフなんてどうでもいいのである。

 ハルナは目を半分だけ開けた状態でわたしを睨んでくる。

 いつもいつも日本出身と訴えかけてくるくせに。

 わたしから行動を起こすとそういう目をするのね。


 メンマだけが唯一わたしを見上げ、「良いの!!?」と口にする。


「厄介な種が消えるし。出来れば、もう二度と会わないことを願うかな」


 わたしは物語の主人公じゃない。

 女子どもであれば無条件で救おうとするようなヒーローでもないから。

 いっそ森の魔物に食い殺されてくれた方が楽かも。

 面倒くさいし。

 惨状は見たくないのでどこか人もいない場所で。

 わたしは食器を洗い流し棚にひとつひとつ立てかけていく。


「探してくる!」


 ハルナはそう言い残して家から飛び出していった。

 もう深夜遅いのに。

 捜索なら日が昇った後にすればいいのに。

 人を助けるために、自分の身を危険に晒してどうするのさ。

 なのにメンマと両親も松明なんか持ち出して、ハルナの後を追っていった。

 取り残されたわたしは、家の安全を守るよう言いつけられて。

 明るいのにどこか暗い部屋。

 ひとりで家にいると、電気が付いているのに妙に暗いあの現象。

 それはなんだか、隠れて見えない闇が徐々に侵食するかのようで。

 食器から名残惜しそうに滴る水滴がうるさかった。


 ……お風呂でも沸かそう。


 わたしは生活リズムを崩さないためにも、表情ひとつ変えず決まった動作をなぞっていくのであった。

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