わたしFPSやったことないから何言っているのかさっぱり分からないわ


「おいっ! そっち行ったぞっ!」


「エイム低いぞ! もっと狙いを付けろ!」


「うっせ打ち続けた方が当たるだろうが!」


「ばっきゃろ! 弾の無駄撃ち、反動で照準が遅れるだろうが!」


 魔物の足音を塗りつぶすほど鳴り響く銃声。

 空気をガツンと殴りつけるほどの爆発。

 今日も今日とてダークエルフたちは、アサルトライフルや手榴弾を持ちだして狩りを行っていた。

 みんなとても調子が良いようで、ギラギラとした夢持ち若者のような気迫で魔物を追い詰めている。

 正直この空気は……疲れる。

 ダークエルフの狩りにハルナはこう述べていた。


「なんでダークエルフが銃やら手榴弾やら持ち出してんだよ。ダークエルフだろ。異世界だろ! というかここ森だろ! っていうか用語がFPSじゃねぇか! 誰だよ広めた奴」


 気にしたら負け。何事も諦める。

 常識や普通、風習に疑問を持ってしまったら負けなのである。

 そう、ここにいるエルフのように。


「あんたら、魔法とか使わないの?」


「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」


 エルフもまた手榴弾は使わないけど拳銃といった類いの武器を使用する。

 追手が使ってきていた。

 

「もっと意味不明の物も持っていたけどな。カレーの容器とか。って、傘から弾発射するお前が言うな!」


 変な部分で疑問を呈さない方が良いと思うわよ、ハルナ。

 考えるだけ面倒くさくなるから。

 わたしは憂鬱な感情を瞳の中に押し殺し、ダークエルフに混じって狩りをするミリアを眺めていた。


「おい誰だそっちに撃った奴!」


「偏差打ち! 偏差打ち意識しろ!」


 一撃で仕留めようと動いてしまうミリアは、狩りの邪魔にしかなっていなかった。

 誘い込もうとしていた方とは反対方向へ、獲物たちは逃げてしまう。

 なのでわたしは獲物の逃げる進行方向に向けて神の炎を放つ。

 これを繰り返し繰り返し行い、囲い込むことによって獲物の逃げ道を完全に断つのである。

 とはいえ獲物もただではやられない。

 世間的に魔物と呼ばれるだけはあり、意図せぬ方法で逃げ出してしまう。

 なので他のダークエルフたちが、じわりじわりと追い詰めて狩っていくのである。

 わたしが居なくても狩りをすることはある。

 けれどどうもいるといないとでは、効率が雲泥の差らしい。


「ナイスキリシマ!」


「ほんと便利だな、お前の不思議な炎! いつも頼りにしてるぜ!」


「神の炎を便利で片づける。中々恐れ多いこと言っているよな……。こいつら」


 村のダークエルフたちがこぞってわたしの背中を叩く。

 男性たちの視線は胸に吸い込まれているのが半分。

 逸らそうとしているけど、それでも本能的に行ってしまうのだろう。

 わたしは気にしないからいいけど。

 気にしたところで改善される物でもないわ。

 男だった時代もあるのでその気持ちは分かってしまう。

 胸に目が行くのは本能なのよね。引力で引き寄せられるのよ。

 そして一部のダークエルフたちは、結果的に狩りの邪魔をしたミリアにも歩み寄っていった。


「なっ、何よ」


 男性数人に囲い込まれたらそりゃ怖いだろう。

 おまけに上から見下ろされる形である。

 ミリアは和傘を胸に抱き、後ずさりしながら寄ってきたダークエルフたちを睨みつける。

 その様子にわたしは特に気にすることなく目を背け、神の炎の鎮静にいち早く取り掛かる。


「わる――」


「惜しかったなぁ! 次は当ててくれよ!」


「撃つならもうちょっと狙おうな?」


「良くある良くある! どんまいどんまい、次に活かそうぜ!」


 口々にメンマの肩やら頭やら背中やらを叩いていくダークエルフたち。

 叱咤されると思っていたのだろう。

 ミリアは真逆の反応を返されて、開けた口を閉じられないようでいるようだった。

 ダークエルフたちは振り返り、わたしに手を振ってくる。


「んじゃ、先解体してるからまた後でな!」


 ダークエルフたちは獲物に縄を括り付けると村まで運んでいく。

 取り残されたわたしとハルナとミリアとメンマの三匹と一体。

 それから目の前で勢いを増すことも衰えることも無い不老の炎。


「何この種族……」


「ダークエルフ」


 ミリアは何気ない表情で叩かれた部位を撫でながらボソッと呟く。

 これにハルナが何食わぬ顔で返していた。

 メンマがわたしの後ろから抱き着き、ついでに服の下から手を突っ込んでくる。


「さっすがお姉ちゃんであります!!」


「はいはい」


 わたしは適当にメンマをあしらい、わたしを映した炎をひとつひとつ消していく。

 手を振りかざすだけでシュッと消える炎。

 感じ入ることもないただの作業。

 付けたから消す、ただそれだけの。

 不機嫌という言葉を顔に貼り付けたミリアはフンと鼻で笑ってくる。


「あんた、前から思っていたけど何その力。神の炎って聞いたけど」


「これ?」


 わたしは手のひらの上で炎を出して見せる。

 ぼうっと浮かび輝く赤い炎。

 幽鬼のように揺れ動くそれは、まるで篭に入れられた灯のよう。

 肝試しなんかで使われれば、人魂の小道具と勘違いしそうである。

 ミリアの顔ほどある炎。

 されどミリアは一歩も怖気づくことなく、堂々とわたしに向かって聞いてくる。


「それ、何よ。魔法でも闘気でもないわよね?」


「これは神装しんそう、カグツチ。別名、愛宕様の炎。ここより違う世界の神様の炎よ」


「へぇー、そんなありがたーい神の炎を持っているあんたが、なんで他のダークエルフと一緒になって狩りなんかやっているわけ?」


「社会で生きるため」


 例え突出した力を持っていたとしても、ひとりでやれる範囲には限界がある。

 出る杭は必ず打たれる。

 打たれなくてもいつかはコミュニティから外れて孤立する。

 そんなリスクを起こすよりかは、こうして周りに同調して、多少役立つ個性程度に見せるのが一番である。

 同じ神装持ちのハルナには、「大人だな」とそれだけを言われた。

 そこに込められた十の意味をわたしは知らないし、考えようともしない。


「理解できないわ」


「理解する必要もないし、そもそもわたしと君は別の――」


「そんな力を持っているのに、そんな何もかも諦めた目をしているのは」


 言葉を吐き捨てるミリアの肩に、ハルナが腕を回しに行く。

 聞こえてくるのは、ミリアを肯定も否定もしない言葉。

 共感という文字の羅列。


 ひとりで何でも解決出来るのは少年漫画の主人公だけ。

 わたしは物語の主人公じゃない。

 人生の主人公であるという考え方からも卒業したのよ。

 ましてや主人公なら夢や目標を持っているのが普通。

 そんなのすらないわたしは、炎を吐き出すだけの抜け殻にしか過ぎないわ。


「どうせそんな炎じゃ料理やお風呂にしか活かせないわよ」


「それと狩り以外になんの用途が?」


 面倒くさい。

 できる奴って思われたらあれこれ仕事を押し付けられる。

 しがらみもできる。

 後々のことを思えば、良いことなんて何一つない。

 無駄に仕事を負いたくないなら、仕事できない風を装うのが一番。


「あんた、本当に」


 わたしがこう言うのは何だけど、ミリアは周りに合わせるという行為が必要なのだと思う。

 そこまで面倒を見る気も気概も無い。

 覚えたいなら勝手にやってって感じ。


 メンマがわたしを押し倒そうと腕を伸ばしてきたので、軽く横にステップを踏んで躱す。

 この子はもう少し、常識と一の本能を抑えるのを学ぶ必要がありそうだけど。

 わたしは素知らぬ表情のままに、感情のない言葉を投げる。


「さて、そろそろ夕食の時間なので帰りましょう?」


「カレー食べたい」


「うどんしかない」


 あまりがっかりしないで欲しいわ。

 どういう意図を組んだのか定かではない。

 けれど、帰る途中ミリアはわたしに攻撃的な目を向けてきていた。


「私は嫌よ。こんな場所で閉じ込められるのも。何かに縛られたままでいられるのも。絶対に」

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