悪くないのになんで理不尽に怒られるのかしらね


「事情は分かった。だがエルフを連れてくるなど言語道断だぞ」


 ダークエルフの祭壇。

 ドラゴンか何かに見える頭蓋骨、マンモスの如き反り返った鋭い牙、クジャクの羽と見間違うほど色彩豊かな羽。

 それが一堂に合わさった華々しい祭壇は承認欲求の塊のようにも見えた。

 当然、床や壁にもダークエルフ独自のペイントが施されている。


 そんな祭壇上でわたしを叱咤するのは、ダークエルフの族長ラオウさん。

 魔物の部位を人一倍勲章の如く身体に着飾る男性。

 上半身裸であり、岩の如く隆起した筋肉を惜しみなく見せびらかしている。

 初めて相対した時は威圧感たっぷりで圧倒されたけど、話してみると案外気のいい上司って感じなのだけど。

 今は威風堂々とした佇まいで、非常に鋭い眼差しを持って話してくる。


「エルフとダークエルフは互いに不可侵を守っている。どうしてだか分かるな?」


 あの後ラオウさんの居場所を聞き出したわたしとハルナは、ミリアを連れて事情を話したのだ。

 周囲からも非難を訴える目が、わたしに容赦なく突き刺さってくる。

 村というコミュニティ上、規則を破ってしまうと、それはもう良い顔をされないのだ。

 肝心のエルフ、ミリアといえば悪びれる様子もなく両腕を組んでいた。

 返す言葉もないと、わたしは頭を下げる。


「申し訳ございません」


「規則には規則である理由がある。カレーなど邪道に過ぎない!」


 周りのダークエルフたちも口々に「カレー滅ぶべし! カレー死すべし!」と同調する。


「カレーへの恨みが天井ぶち破り過ぎだわ! そんで持ってだからお前は日本どうきょう出身だろうが!」


 郷に入っては郷に従えって言うし。

 みんながカレーを嫌っているなら、わたしも形としてカレーを嫌わないといけない。

 九がそうだと言えば、真実がどうであれ九の言葉通りなのである。

 陰険な空気であるのに気づいていないのか、ミリアは平然と口を開く。


「別にいいじゃん。というかなに? 私を他のエルフと一緒くたにしないで欲しいんだけど!」


「ライスかナンかの違いだけどな」


 ミリアは反省というか、状況を理解しているのかどうかすら怪しい。

 今まで自分の考え方がエルフにとっての常識だったのだから、それも仕方ないと思う。

 けれどね、仕方ないだけで済まされないことがある。

 わたしからせめてもの忠告をしておかないと。


「君さ、本来捕虜として扱われているようなものなんだよ?」


「それが何よ? 私は特別なんだから敬われて当然でしょ」


 当然とは。

 もしかして社会に馴染めないのを特別だと勘違いしてらっしゃる?

 これからを思って厳しめに言っておこう。


「誰も君を甘やかさない。誰も助けないよ?」


「それくらい分かってるわよ。本当なら頭を下げなくちゃいけない立場なのは」


 ミリアは小さく「きつねうどん」と呟いてため息を吐く。

 ハルナが「頭を下げろよ」って呆れたこえでツッコミをしている。

 けれどそこはどうだっていい。

 わたしは素直に驚いていた。

 自分の現状をきちんと把握している。

 やはりエルフか。

 となると、理解はしているけど納得できていないだけか。

 わたしはミリアの態度に何となくぽつりとつぶやいた。


「人間っぽい」


「何言ってんの、あんた」


 ミリアは頭を下げないし、相変わらずそっぽを向いている。

 そういうところがエルフと違う。

 人間っぽい。

 ここまでのやり取りを聞いてか、ラオウさんが重い口を開いた。


「もういい。結構だ。どうあれエルフを連れ込み、皆の心に波風を立てた。族長としてキリシマ、お前に命ずる」


 唾液を飲んでわたしはラオウさんの言葉に頷いた。

 仕方ない。

 どんな理由があってもわたしはしきたりを破った。

 むしろわたしのせいで前例を作ってしまうよりはマシ。

 この程度で済む方が安いものである。


「お前、いやお前たちの家族にはあのエルフの監視役についてもらう。そしてこのエルフをきつねうどん色に染め上げてもらう。良いな?」


「何色だよ! ただの布教活動って言えばいいだろうが!」


 それ人は染めると言う。

 それで監視役というと……ミリアが変なことをしないように監視していろと。

 きつねうどん色が何なのかは分からないけど、一応頷いといた方が良いだろう。

 どのみちわたしに拒否権何かない。

 いつもの癖でつい反射的に「はい!」って答えてしまったし、もう後にも戻れない。

 ラオウさんはひとつ頷いて返すと、わたしの頭に手をやった。


「だが無事でよかった。今度からはすぐ逃げるようにな」


 良いこと言っている感じで嬉しくはある。

 あるけどもラオウさん……。


「胸ガン見しすぎだろこの族長」


 ハルナが突っ込んでくれた通り、目が下に行きすぎなのよね。

 わたしはあえて何も言わない。

 セクハラって騒ぎたい気持ちもあるのだけど、僅かに残っている男の心が分かるって頷いてくるから。

 実際なところ、自分のを揉んでもなんの感情もわかないってのが答えだけど。

 ミリアを含む女性陣のラオウさんを見る目は非常に寒々しかった。

 男性の心を持ったハルナと男性陣は、何とも言えない表情をしていらっしゃったけど。


「キリシマ、せっかくだ。そこのエルフにあそこを見せてやれ。ハルナさんもせっかくだから見ていってくれ」


 あそこ……?

 あぁ、あそこか。

 確かにあそこに案内したら、ミリアもある程度逆らう気が失せるかもしれないね。

 納得のいったわたしは祭壇を降り、指で来るよう指図する。


「なぁ、キリシマ。あそこって何だよ」


 耳打ちしてくるハルナ。

 ハルナにもまだ案内したことなかったけ。

 あそこは入ったら最後、心を持っていかれるって言われているから。

 わたしはミリアがついてくるのを確認しながら口を開いた。


「通称、快楽の部屋。ダークエルフ族、最強の拷問にして価値観が変わるほど幸せな刑を与えられる。別名、ホブゴブリンの家」

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