拷問、ホブゴブリンの部屋。その実態は……


 ミリアの顔が見る見るうちに不快感と不信感をぐちゃぐちゃにしたかのように青褪めた。

 入ったと同時に響いてくるのは女の鳴き声。

 入ってすぐの壁に鉄格子が張り巡らされており、中で行われている残虐な仕打ちが丸見えとなっている。

 女の喉はしきりに動いていた。

 ホブゴブリンから渡されるそれを、しこしことただ口に含んでいた。

 ミリアは何もされていないのに、足と腕がガクブルと震えている。

 喉をひきつかせ、目の前で行われている光景に目を離せないでいる。

 それはハルナも同様だった。

 現実から思考を逸らそうとしているのか、ツッコミという役目を放棄している。


「何か問題を起こしたら、君もこうなるからね」


 わたしはミリアの肩をポンと叩く。

 わたしとしてもここに長くは居たくない。

 快楽の部屋とはよく言ったものだと思う。

 ダークエルフらしい表現よ。

 わたしはもう、全てを諦めているから受け容れちゃったのだけど。

 早く出てわたしの家に案内しようと振り返ってみると、ミリアが今まさに傘の先端を鉄格子の中に向けているところだった。


「何をしているの?」


「あんた、これ見て何も思わないわけ? こんなことされていて……何も不思議に思わないわけ?」


 思うよ。

 本当は物凄く不思議に思う。

 あくまでわたし的ではなく、ダークエルフ全体の利益から見てでの話だけどさ。

 けれど合理的に考えるのであれば。


「この行為は実に最適解だと思うよ」


「いや……、それにしたってこれは……」


 ようやく再起動を果たしのか、ハルナも苦言を呈している。

 だから言った、ここは別名ホブゴブリンの家だって。

 大前提として、この世界のホブゴブリンはゴブリンであってゴブリンではない。

 ホブゴブリンは家事手伝いや困ったことがあれば助けてくれる森のお助け屋。

 見た目はどうあれ、ダークエルフの垣根を越えて人間や小人族に大助かりな種族なのである。

 唯一迫害をしているのはエルフだけ。

 ハルナも友好的なゾンビだから、種別的にはホブゾンビなのかもしれないわね。

 

 そんなエルフに対して行われる、ホブゴブリンを使った拷問。

 散らばった白い欠片。ゴクゴクと喉を潤すエルフ。

 一切の自由を奪われて、延々と味の感想を答え続けないといけないのは賽の河原と例えるほかない。


「……あんた、人の心とか無いわけ?」


「あるけど」


 わたしは別にイエスマンじゃないし。

 生きているのだから人の心はあるに決まっている。

 換気をしていないためか、独特な粉の臭いが漂い続ける。

 それでもハルナとミリアは、臆することなく息を吸い込んだ。


「じゃあなんでこんな、寄ってたかって!」


「ああそうだ。こんな一方的に!」


 ミリアとハルナは、ついに決壊したかのように叫ぶ。


「きつねうどんでシャブ漬けにするのよ!」


「きつねうどん食わせ続けるだけかよ!」


「それはわたしも知りたい」


 ホブゴブリンから渡されるきつねうどんをしこしこと食い続け、その味がどうなのか感想を言う。

 好評であれば村全体に振舞われる。

 うどんが多少地面に転がっているのはしょうがない。

 この中でエルフは味の違いはあれど、うどんを食べ続けないといけないのだから。

 小麦粉のにおいを嗅ぎ続けるとか、拷問というほかない。

 わたしの肩をぐわんぐわん揺らしながら、ハルナが問い詰めてくる。


「ホブゴブリン雇用してまでやる拷問じゃねぇだろこれ! ちょっとした期待返せよ! どこに快楽要素あんだよ!」


「ダークエルフはね。三食おやつ含めて四食うどん。水が足りなくなれば貿易してでも、隣の種族から水を引っ張ってくるから」


「香川か! ダークエルフの村じゃなくて香川か! 水不足なのにうどん茹でてんじゃねぇ!」


「受け入れた方が楽よ」


「それは受け入れるじゃなくて諦めるだろうが!」


 大きなことを気にし続けても疲れるだけ。

 どうせわたしはこの村から出ない。

 出ないのだから諦めた方が賢い生き方だとわたしは思う。

 それから傘の先端を向けているミリアに忠告だけはしておく。


「撃ってもいいけど、その中にいる娘が君になるだけよ?」


「……私、あんたのこと大っ嫌いよ」


「そう。わたしも君のことが嫌い。良かったじゃない。嫌いな者同士で」


 ミリアが歯痒そうな表情で傘を下ろした。

 ハルナがわたしの肩に手を置いたまま「おいキリシマ」と弱い声を出した。

 わたしからしてみれば、ミリアは平穏な生活を脅かしてきた侵略者でしかない。

 嫌いと言っても仕方なし。

 目の前の光景から目を背けると、ミリアはわたしに鋭い目つきを叩きつけてくる。


「あんた何歳よ」


「140歳」


「……サバ読んでるんじゃないの? おばさん」


 読んでいない。

 本当に140歳よ、わたし。

 前世も含めればおばさんっていうのは間違っていない。

 それだけ話せればもうミリアから何か言いたいことは無かったのだろう。

 ミリアはじっと快楽の部屋を見つめた後、悔しそうに顔を歪ませてその場を後にした。


 さて、次はわたしの家に案内しようと足を一歩踏み出したところ、一言だけ伝えておかないといけないことを思い出す。


「ああは言ったけど、わたしは正当防衛なら許されると思っている」


「あぁ……あれか」


 わたしの言葉にミリアが立ち止まる。

 わたしを見るその瞳は胡散臭いという感情を全開でぶつけてきていた。

 嫌いとは言ったけど、話さないと何かされるとでも思ったのだろうか、ミリアは返事をしてくる。


「いきなり何よ?」


「先に手を出してきたのがダークエルフなら、ミリアはその和傘で反撃して良いってこと」


「撃たれて死ぬような奴でもないしな、あれ」


 ハルナもわたしの言葉に同調してくれる。

 なんせ次に案内する場所は、わたしの家。

 そしてわたしの家といえば……とんでもない奴がいるからね。

 先に忠告だけはしておかないと。

 だってうん、あの子は多少なりと痛い目を見るべきだと思っているから。

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