第268話 時雨 対 霧雨 ④

 ――康二様、力をお貸しください。


 既に時雨の体力は限界を迎えていた。

 治癒術で回復できるのは体の損傷だけだ。体力までは戻ってくることは無い。


「死に損ないが! “かまいたち”! 」


 霧雨の腕が大きく水平に振られ、横方向に風の斬撃が飛ばされる。

 棒高跳びのようにそれを乗り越えた時雨は、足に力を込め、一気にそれを放出した。


 瞬時に縮まる2人の距離。


「“かまいたち”! 」


 ゼロ距離で放たれた『かまいたち』が、霧雨の体を切り裂いていく。

 しかし、それほど深い損傷にはならない。体の表面が切れたのみで、軽い治癒術ですぐに塞がってしまった。


 妖力の量だけでなく、出力もまた零雨を取り込んだ影響で増している。

 普通に戦ったのでは致命傷を与えることはできないだろう。


 ――ならば……!


 少し距離を取った時雨が右手の指を立てて印を結んだ。


「“流回りゅうかい”」


 彼女を中心にして大風が発生する。

 切り裂く風ではない。この技の真の狙いは、引き寄せることにある。作り出された風の渦が、霧雨を強く引き寄せた。


「“かまいたち”! 」


 妖力によって守る暇が無いほど、突然の一撃だった。

 出力が高いのであれば、その力を発動させずに

 ダメージを与えればいい。

 言うは易しだが、それには霧雨の不意を完全に突く必要があった。


「くっ! 」


 今度は先程とは違い、深い傷が生まれた。

 治癒術を強く発動しなければ治すことはできない。


「はぁっ! 」

「っ!? 」


 霧雨は次なる妖術の発動を警戒していた。

 だが時雨が選んだ攻撃は、体術であった。掌底を彼の顔面に叩き込み、ひるんだ隙に回し蹴りで頭を叩く。


 頭が地面に叩きつけられたことで、コンクリートががこりと凹み、破片が宙を舞っていた。


「舐めるな! 」


 だが当然、殺すには至らない。

 すぐに反撃に出た霧雨の蹴りが、時雨の腹をえぐった。


 吹き飛ばされた彼女は空中で踏ん張って何とかそこに留まる。


「“乱風散華らんぷうさんげ”! 」


 結ばれた霧雨の印から妖力が放出され、巨大な竜巻となって時雨に襲いかかった。

 彼女は抵抗することなくその竜巻に呑まれ、発生した無数の刃に肉体を刻まれる。


「はははっ! 妖力すら練れなくなったか! ここで終わりだ、仮初の頭領! 真の妖怪の前に、沈めぇぇぇぇ!! 」


 霧雨は全ての妖力を、『乱風散華』に費やした。出力が一気に跳ね上がり、一層時雨の体を傷つける。


 ――まだだ。


 腕をもぎ、目を抉る。


 ――まだ。


 破れた腹から内臓が飛び出す。


 ――まだ、まだ。


 やがて1つの刃が、彼女の首めがけて飛んで行った。


 ――今だ!


「“乱風散華”」


 突如、竜巻が弾け飛ぶように解除された。術者の霧雨は体を震わしながら、両手で自分を守るようにして抱き抱えている。


「こ、これは・・・・・・!? 」

「超極小の、“乱風散華”です。掌底を当てた時、あなたの体の中に放り込みました」


 ボコボコと霧雨の体が膨らんで、限界を迎えた場所からはち切れていく。


「あなたの体内でそれを発動するための妖力を練っていたので、自分の体は強化できませんでしたが、その必要もないでしょう」

「がっ、ああああああああああ!!! 」


 老天狗の絶叫が空に木霊する。


「調子にのって全ての妖力を攻撃に転用した、あなたの過ちです。急に強い力を手に入れて、驕りがあったのでしょう。その慢心が、あなたの敗因です」

「く、くそっ! こんなはずじゃ……! 私は、私、はああああ!! 」


 水風船が破裂するように、赤い水を噴射しながら彼の体は弾けた。

 時雨はその場に座り込む。


「康二様、私がそちらに行くまで、どれほどかかるか分かりません。ただ願わくば、それまで待って頂けると、幸いです」


 彼女に答えるように、一陣の暖かい風がその頬を撫でていった。


 ***

 あとがき


 お読みいただきありがとうございます。

 これで長野での戦いは終結ですね。次は福岡の方へ移ります。

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