第267話 時雨 対 霧雨 ③
妖怪は他の妖怪を喰らい、それに適合することでその力を吸収することができる。
霧雨がやったことは悪辣非道極まりないが、零雨の妖力に適合できたのは、紛れもなく彼の才能でもある。
「時雨、しかと見よ。今貴様が対峙しているのはもはや霧雨ではない。先代天狗の頭領、零雨であるぞ! 」
時雨の体が後方へ、押されるようにして下がりだす。
単なる妖力の解放だが、分厚い力の壁が彼女を威圧していた。
――なんという妖力量……! 単純に妖力が足されただけでは無い! 適合したことで、掛け算のように力が増している!
既に妖力の量では、霧雨は時雨を上回っていた。妖力量が多いということは即ち、無理矢理な出力をしても妖力が切れない。
妖力の出力も、必然的に向上する。
「っ! 速い! 」
刹那の一撃である。
瞬きすらしていない間に、霧雨が彼女との距離を一気に詰め、近接での徒手格闘を挑んできた。
最初の顔への攻撃は何とか防いだが、その後繰り出される連撃に対応することは難しい。妖力により強化された彼の肉体は、時雨のそれよりも速くそして強く動いていた。
霧雨の手のひらが時雨の腹に当てられる。
「“かまいたち”」
「がぼっ! 」
体の外側を切り裂いただけでは無い。
内側を、内臓をズタズタに引き裂く風の刃が、時雨の身体にダメージを与えた。
口から飛び出した血の量で、受けた傷がどれほどのものかは、ある程度彼女にも察しがついた。
――私の治癒術では、完治は難しいですね……。
妖怪にとっては、まだ死に至る程では無い。だが
これが仮に、零雨そのものが復活して彼女と戦っているだけなら、まだ互角だっただろう。
だが、零雨の力を取り込んだ霧雨を相手にするのは、それよりも遥かに難易度が高い。
「“かまいたち”! 」
「無駄だ! 」
霧雨に命中した風の刃が、途端に崩壊していく。彼が纏った妖力の鎧が、時雨の術を弾いたのだ。
「そんな……! 」
「“
大量の『かまいたち』が時雨を襲う。
発生が早すぎた。彼女は対処しようとする暇も無く、四肢を切断され、視界を失った。
――まずい! 先に目を……!
足という支えを失って地面に倒れた彼女の腹を、霧雨は思い切り踏みつけた。
「がっ、はっ……! 」
ギリギリと体の内部が圧迫される。口から心臓が飛び出すかと思うほどの、激しい圧力。
霧雨はそのままグリグリと足をねじった。
「あ、あああ……! 」
「どうだ? 痛いか? 私は、ずっと、この時を待っていた! 貴様を足蹴にし、その澄まし顔が苦痛に歪む、この瞬間を! 」
彼は踏みつける場所を、腹から胸に変える。
肺を潰され、呼吸ができなくなり、次第に酸素が回らなくなった時雨の意識が白み始めた。
――康二、様……。
幻か、はたまた亡霊か。
深層意識の中に現れた愛する人に、彼女は手を伸ばした。
――来てくれたんですね。良かった……。これで、ずっと一緒に……。
パンッ。勢いよく、叩くように彼はその手を振り払った。
――康二様? なぜ、どうして拒むのです!?
康二の顔が次第に遠くなっていく。走ろうとしても、ツタが絡まったように前に進むことができない。
最後に、一瞬だけ見えた康二の表情で、時雨はようやく自分がやるべきことを思い出した。
「ぬおっ!? 」
しかと霧雨の足を掴むのは、再生された時雨の腕。
傷つけられた目も、カッと見開かれていた。
「馬鹿な、まだこんな力が! 」
「まだ……」
「あ? 」
「まだ……、その時ではない! 」
全身に巡った彼女の妖力が手足を全て修復した。
一瞬の出来事。霧雨がそれを理解する前に、彼の足は引きちぎられ、顔に蹴りを食らう。
「私はまだ、あの方に会うことは、できない。会っちゃいけない! 」
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