第266話 時雨 対 霧雨 ②
2者間の力の差は圧倒的である。
もとより、頭領クラスの大妖怪と普通の妖怪との間には、埋めがたい圧倒的な差が存在する。例え霧雨程に年齢を重ねた妖怪であってもそれは変わらない。
「くっくっくっ」
喉に詰まったような笑い方で、霧雨は血の滴る口角を持ち上げた。
――この状況で何を笑って⋯⋯?
時雨は直感的に、決着を急ぐべきだと判断した。
腕に妖力を込め、一気に霧雨の体を破壊しようとした。
「“
弾けたのは時雨の両腕だ。赤い霧が噴射して彼女の視界を奪う。
――何が⋯⋯!
次いで、自由になった霧雨が彼女の腹を手刀で貫いた。
腹の底からせり上った血液を口から吐瀉した彼女は、為す術もなく地面に倒れる。
あまりにも速い一撃だった。
現状、生きている天狗の中で最速を誇るのは頭領である時雨である。
しかし、霧雨の攻撃速度は、彼女のそれを遥かに凌いでいた。
――さっきまでとは、まるで別人になっている。
頭を踏みつけてくる彼の足を避け、治癒術で体を再生させながら、首に目掛けて回し蹴りを繰り出した。
彼女の足は空を切り、余波は
しょがみこんだ霧雨が、彼女の足元で印を結んでいた。
「“かまいたち”」
大天狗であれば、誰もが扱える技だ。時雨も先程使用していた。
だが、霧雨が放ったそれは、常軌を逸していた。
風は時雨の体を両断したばかりか、そのまま天を翔け、雲を切り払って空をも真っ二つに裂いたのだ。
治癒術を継続してかけ続けたおかげで、妖怪である彼女にとっては致命傷にはならなかった。
しかし、自然をも凌ぐその威力に、時雨は
「こんな、“かまいたち”を⋯⋯? 霧雨、あなたは一体、何をしたんですか!? 」
「なぁに、食ろてくれただけよ。零雨様をな」
「なん、ですって⋯⋯? 」
零雨、先代の天狗の頭領である。
かつて空亡が空亡となる前、まだ人間だった時に1戦交えたこともある伝説の妖怪である。
彼は青目の空亡に零雨を蘇生させた後で、自らの血肉として吸収したのである。
――吸収したというのですか! 零雨様の力を!
「霧雨! 喰らわれ、妖力に還元された妖怪がどうなるか、あなたは知っているでしょう! 」
「あぁ、そうとも。零雨様の魂は儂と混ざり合い、そして消滅した。儂の力となったのだ」
「なんてことを⋯⋯」
魂が消えてしまった者は、ただ死ぬだけでは無い。
普通、人間にしろ妖怪にしろ、死んだ者の魂は輪廻の輪に加わる。
魂が無ければそれも出来ず、転生することも叶わず、この世からもあの世からも完全に消滅し、ただの無となるのだ。
「苦労したぞ、零雨様を取り込むのは」
「どこまで誇りを、踏みにじれば気が済むのですか! 」
「なんとでも言え。軟弱な半端者共の誇りなど、ハエにでも食わせておけばいい」
霧雨が再び印を結ぶと、彼の妖力がまた増していく。
「さぁこの力、堪能させてもらおうか」
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