第263話 キャシー、香月芙蓉 対 安倍晴明 ③

 晴明がその身に宿した式神は12体。

 彼はその全ての力を自在に操ることができる。霊術だけでは無く、身体能力、基礎的な霊力量と出力までも、12体の式神の分だけ上昇していた。


 芙蓉が発砲した無数の弾丸も難なくくぐり抜け、キャシーの巨体を蹴り飛ばし、逆巻く炎と水で全てを呑み込む。

 彼がやっていることは、明らかに人間としての域を超えていた。


「くそっ! 隙が無い! 」


 遠距離からの銃による狙撃はいとも容易くかわされ、芙蓉が得意とする近距離の徒手格闘でも、式神の強化を受けた晴明には到底敵わない。

 如何に彼女が戦闘技術に秀でているとは言っても、圧倒的な膂力の差が存在する以上、それはなんの気休めにもならなかった。


 キャシーの鋭く大きな牙も、晴明の体を貫くことはできない。

 瞬間的に部位に纏わせた霊力の出力を引き上げることで、牙を弾いてしまう。


「芙蓉、このままじゃまずいよ」

「あぁ、分かってる」


 式神ごと殺す。

 そう息巻いたは良いが、攻略の糸口は見えなかった。


「がぁっ! 」


 化け猫の大口が開かれ、そこから高出力の妖力波が発射された。

 キャシーの大技ではあるが、晴明はそれに眉ひとつ動かさない。


「“十二天将 六合りくごう”」


 彼が手のひらをその妖力波に向けると、たちまちのうちにエネルギーが消え失せた。


「ダメージを無効化した? あんなことも出来るのか……」


 歯をガシガシと鳴らしながらキャシーは憤慨する。

 己の攻撃がまったく通用しない歯がゆさに、焦りを感じ始めていた。


 ――式神、式神……、なんか引っかかる。


 芙蓉は思案を巡らせる。

 への、強烈な違和感。


『頼むで! ライコウ! 』


 脳裏に思い浮かべるのは、仲間の式神使いの姿だった。


 ――待て……。? いや、そんなはずは無い。

「“十二天将 青龍”! 」


 天から降り注ぐ雷を何とか避けながら、芙蓉は目を見開いた。


「キャシーちゃん。ちょっとあいつの気を引いて」

「……分かった」


 キャシーが晴明と正面から対峙する隙に、彼女は銃の照準を定める。


 通常、式神は術者の近くに存在する。

 莉子の空亡や明菜のライコウのように、普段はその姿は見えなかったとしても、それは霊体化しているだけだ。触ったり見れなくなっているだけであり、存在しない訳ではない。

 霊力は実体を伴わないものに対しても出力の仕方によってはダメージを与えることが出来る。仮に霊体化している式神に対してそういった攻撃を行った場合、彼らにはダメージが通るのである。


 晴明の周りには式神の姿は見えない。かといって霊体になっている訳でもない。

 式神は、彼の体の中に憑依しているのだ。

 そう、である。存在そのものが消えた訳では無い。晴明の体の中に、式神は確かに存在している。


「“霊慧弾れいけいだん”」


 実体に対する攻撃力を捨て去る代わりに、霊体を撃つことに特化させた、霊力を纏わせた弾丸を、芙蓉は晴明に発射した。

 晴明は噛み付いてくるキャシーに対応していて、まだ気づいていない。仮に気づいたとしても、十二天将の力があれば致命傷にはならないと判断し、わざわざ回避行動は取らないだろう。


 芙蓉の放った弾丸は、晴明の燃え盛る右腕に命中した。

 痛みは無い。血も出ていない。

 この弾丸の標的は、彼の体に眠る式神である。

 激しい炎を出していた彼の腕から、蝋燭が消えるようにふっ、とそれが無くなる。


「っ!? 」

「はははっ! 大当たりだ! なんだよ、やっぱりあるじゃねぇか! 弱点がよぉ! 」


 芙蓉はチャキッともう一度銃を構えた。


「お前の式神、これで全部殺せるなぁ? 」

「若造の分際で、生意気な……」


 安倍晴明の顔には、楽しげな微笑が浮かんでいた。

 自分より遥か先に生きる霊術師。本来なら交わることも無ければ、戦うことも無かった。

 まるで祖父と孫が遊ぶように、彼はこの状況と、芙蓉の成長を楽しんでいた。


「撃ち抜いてみろ! 若き術師! 」


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