第262話 キャシー、香月芙蓉 対 安倍晴明 ②

 晴明が霊術を発動した途端、空は暗くなり大地は慄いて、空気は淀みだした。


「今度はなんだよ……」


 呆れたように芙蓉は頭をかく。ここまで彼の多様な術に翻弄され続け、いい加減に疲れてきていた。

 晴明の体の周辺には、12個の光の玉が漂っている。


「“十二天将 騰蛇とうだ”」


 晴明の右腕から赤い炎が逆巻くように立ち上った。

 彼はそのまま踏み込んで、芙蓉の顔面を殴りつけた。受けてはまずいと直感した彼女は、体を横に倒すようにして避け、自身の背後の建物が真っ赤に燃え上がるのをその目に見た。


 ――炎……、式神の霊術か? いやでも、式神はどこに?


 式神の姿を探す彼女を尻目に、キャシーが大口を開けて晴明に向かう。


「“十二天将 天后てんこう”」


 しかし今度は晴明の足元を起点にして大地がぱっくりと割れ、そこから大量の水が溢れ出し、波となってキャシーと芙蓉を呑み込んだ。


「がばっ、っ! 」


 突然発生した水に、1人と1匹は対応出来なかった。空気を失った彼女達は、水の中でもがいた。


 ――水!? 馬鹿な! 式神はいなかったぞ!


 式神の術では無いとすれば、晴明本人の術だろうか。

 しかし、そうなれば最初から使えたはずである。あの大袈裟な『十二天将』という術は何なのか。


 芙蓉はキャシーの体を押すようにして上へ飛んだ。

 やがて水面を突き抜け、およそ1分ぶりの空気に触れた。


「あいつの得意は、式神術……」


 彼女は1つの可能性にたどり着く。

 ヒントとなったのは、今川明菜から聞いたことがあった、古の式神術である。


「式神との、一体化……」


 式神を出現させるのではなく、その身に降ろす。

 現代の術師からすれば、発想を転換させたようにも思える技術だが、本来の式神術とはそういうものであった。


 いつしか式神の具現化という技が生まれ、式神の降霊は廃れた。今では扱うものなど皆無と言って良いだろう。

 しかし、晴明は霊術が栄えていた平安の術師である。彼が使えたとしても不思議は無い。


「当たらずも遠からず、と言ったところですかね」

「どういうことた? 」

「式神の降霊、確かにその技術は失われた術の1つです。しかし、その内容は式神の具現化の下位互換。性能としては、現代の式神術の方が勝ります」

「じゃあお前は……」

「私が使っているのは、式神のです」


 晴明は炎を纏った右腕を見せつけた。


「式神の力を100パーセント引き出し、かつ扱いやすくする、それがこの術です。単に降霊させたのでは式神の力を3割ほどしか引き出せませんし、具現化させれば完全体として使役できますが、連携という作業が必要になります」


 次は晴明の右目が淡く光りだした。

 その光が芙蓉の目を貫いた。


「古の技術の正統なる進化。それこそが私の式神の取り込み。12体の式神を、自分のものにできるのです」


 芙蓉は目を覚ましたキャシーと離れると、また拳銃を精製して晴明に向けた。


「だったらその式神ごと、ぶっ殺してやるよ」



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