第261話 香月芙蓉、キャシー 対 安倍晴明 ①

 銃声と、肉同士がぶつかり合う音。

 時折街に鳴る地響きが、戦いの激しさを物語っていた。


「“潰蛙かいけい”」


 安倍晴明が撒き捨てた札から発せられた霊力によって、コンクリートの地面が凹む。

 それに巻き込まれないように宙へ飛んだ芙蓉は、彼の頭に目掛けて銃弾を発射した。しかし、間一髪。結界による防御が勝った。


 そして彼の手からまた札が放たれ、芙蓉の持っていた銃を弾き、その後に急接近した晴明の膝が彼女の鳩尾に突き刺さる。

 彼女は少しだけ息を詰まらせながらも、すぐさま反撃の回し蹴りをこめかみに叩きこみ、晴明を吹き飛ばした。


「チッ、意味がわからん術を使いやがって」


 その戦いと並行して、黒猫のキャシーは晴明が生み出した式神、白狼と噛み合っていた。

 互いに首に噛み付いた、我慢比べ。

 力で勝ったのはキャシーだった。彼の顎は白狼の首を噛み砕き、左右に振り回してからそれを投げ捨てる。


「せっかくまた喋れるようになったんだ。早く莉子と話したいからさ、さっさと死んでくれないか」


 キャシーの力は、彼が言葉を失う以前よりも格段に上がっていた。

 本来、霊術師の血を飲んだくらいでは動物が妖怪化することは無い。


 だが、彼の莉子への強い想いは血液という小さなエネルギーを増幅させるに十分だった。

 四条紗奈の血は、莉子のそれよりも遥かに大きな力が込められている。もう一度莉子のために戦いたいという想いがそれを増幅させた今、大妖怪にも匹敵するほどに力が膨らんでいた。


 いかに晴明の式神といえども、彼には敵わない。


「はっ、ご自慢の式神もあの様だ。どうだ? 降参して、大人しく頭を撃たせてくれないか? そっちの方が楽だからさ」


 ゆらりと立ち上がった晴明は、口元の血を拭い去って、ニヤリと笑う。


「くっくっくっ、まったく、現代の霊術というのは面白い。私の知らないことが、次々に巻き起こる」


 芙蓉は察知していた。

 彼の体からこぼれる霊力の量が、どんどん大きくなっていることを。


 すぐさま銃を精製し、弾丸を発射する。

 1発の銃弾を数百発に増殖させ、その全てが、正確に晴明の体を撃ち抜いた。


「霊術は日々進歩する。最新型のあなたたちの術と、私の古い術では、あなた達の方が術の性能に分がある」


 キャシーが芙蓉のそばに寄る。彼もまた異変を察知したのだろう。

 晴明の方は、体に空いた風穴を少しずつだが治癒術で回復していた。


 芙蓉は次の弾丸を発射する。さっきと同様、1つの弾丸が増殖し、全て命中した。

 だが晴明は死なない。また治癒術で再生を始める。


「どうなってる……! 」

「芙蓉、こうなったら僕が丸呑みして……」


 キャシーの足が前へ出たその瞬間、伝説の術師の肉体に宿る霊力が、解き放たれた。


「しかし、あなた達が勝るのはあくまで同じ種類の術のみ。新しい世では、失われた古い技術もあるのですよ」


 彼は取り出した札を両手でぐしゃりと潰した。


「“六壬りくじん 十二天将じゅうにてんしょう”! 」


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