第260話 東雲朝水 対 蘆屋道満 ③
肩で息をしながら、朝水は半身になって薙刀を構え出した。
傷は塞がっている。しかし、痛みまでは消すことができない。
「くくっ、人と繋がり持つと弱くなるなぁ? 」
彼女の様子を見て、道満は勝ちを確信していた。
朝水の強さの根源は、死ぬまでのディレイと圧倒的な精度の治癒術にある。慣れない激痛により集中を乱されることで、治癒術が回せなくなれば、死のディレイは意味をなさなくなる。
――こやつは基礎戦闘力は大したことは無い。不死身でさえ無くなれば、儂の方が上。
道満の左手が印を結び出した。
「“
彼の頭上に金と黒の球体が出現した。金の方は熱を放ち、黒は周りの木々や建物を吸い寄せている。
――熱と引力ですか⋯⋯。引き寄せられたら燃やされますね。
彼女が吸い寄せられないように、足に力を入れたのを見て、道満は『金烏玉兎』の裏に移動した。
そして、『金烏玉兎』を徐々に前に押し出し始めた。
黒い球体による引力により、朝水はその場を動くことが難しい。球体は巨大だ。避けることは現実的では無い。
術を解除するには、術者を倒すことが1番の近道だ。
しかし、肝心の術者たる道満は『金烏玉兎』の裏側にいる。
彼を倒すには灼熱の中をくぐり抜けねばならない。
以前までの東雲朝水であれば、迷わずに突撃しただろう。
だが今の彼女は不死身では無い。痛みを感じる以上、治癒術を回せなくなる可能性がある。つまり、死ぬかもしれない。
足がすくんでいた。いかに特殲といえども死への恐怖が無い訳では無い。今までそれと縁遠い戦いをしていた朝水であれば、尚更だった。
「すぅ、はぁ、すぅ、はぁ」
高鳴る心臓を落ち着けるため、彼女は大きく息を吸って吐く。
「待っててください。芙蓉さん」
彼女は嫌がる自分の体を、無理やり前に進めた。
――馬鹿な、自分から死地に飛び込むのか?
朝水の体が焼けていく。黒く炭化した肉体だったが、すぐに元に戻った。
――こやつ、治癒の術を⋯⋯!
彼女の目から涙がこぼれる。痛みのためだ。しかし、その口元は笑っていた。
「私は、弱くなんてなってない! 」
引力に抵抗しつつ、空を飛んで前に進む。少しずつだが、前進していた。
道満は油断していた。『金烏玉兎』で彼女は死ぬだろうと踏んで、球体の裏に回ってから印を結んで威力を高めたのだ。
『金烏玉兎』は印を結んでいる最中には移動できない。
彼は慌てて出力を高めた。
「あの人のせいで弱くなったなんて、言わせるか! 」
激痛に耐えながら、彼女は進み続ける。治癒術を発動し続ける。
乱される思考の中では完璧な治癒術は発動できない。所々に治し損ねた火傷が生まれる。
「ああああああああああああ!!!! 」
『金烏玉兎』が貫通されようとしていた。
「馬鹿な! 精神操作で痛みも増幅しているはず! 」
普通の人間であれば、傷は治せてもショック死するほどの激痛である。
にわかには信じ難い光景である。
パリン、とガラスが割れるような音が響いて、彼の術が破られた。
「“
全身を熱傷に侵されながら飛び出した朝水の薙刀が道満の胸を貫き、そこから霊力が流し込まれる。
彼の体が大きく膨らんだ。
治癒術を相手の細胞にかけ、無理やり増殖させる。行き過ぎた回復は、毒となった。
「こんな、ことが⋯⋯」
蘆屋道満の肉体は、空中で弾け飛んだ。
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