第259話 東雲朝水 対 蘆屋道満 ②
朝水は孤独だった。
幼少期に植え付けられた不死身の肉体は、彼女が望まずとも再生をするように、その行動が脳のシワひとつひとつに刻み込まれていた。
痛みに慣れるとはすなわち力だ。
耐え難い苦痛を味わい続けてきた彼女は、いつしか痛みを忘れた。そのおかげで本来なら激痛でのたうち回るほどの攻撃を受けても、彼女は冷静に治癒術を発動できる。
道満には、朝水の治癒術を妨害する術は無い。ならば、彼女がそれを発動できない状態に追い込めば良い。
「っ!? 」
朝水の脳内に流れ出した、大切な人の情報。
――おい、行くぞ。
――また男かよ。いいから任務だ。
――なぁ聞かせてくれよ。お前の過去。
――私は、絶対にいなくならないから。
――大丈夫。お前は化け物なんかじゃない。優しくて面白い、私の親友だ。
「どうして、こんな、時に⋯⋯! 」
「儂の術は心に干渉する。負の方向に想いを強めることができるなら、正の方向にもできよう」
満たされていく。体が暖かくなって、愛おしくてたまらない。
それは、朝水にとっては毒であった。
混乱する脳では踏み込んで斬りつけてくる道満の速度に対応できなかった。肩から腰に、刃がすり抜ける。
いつもならすぐに治癒して反撃できる。しかし、温もりを知った彼女は、同時に痛みも思い出した。
「ああああああ!!! 」
傷口を抑え、血を垂れ流しながら彼女は地面に倒れて悶えた。
霊術の発動には集中力は不可欠である。それゆえ、普通の討魔官は痛みになれるための訓練をする。
しかし、朝水は討魔庁に入った当初から既に痛みを喪失していた。彼女はその訓練を積んでいない。
久方ぶりに体を襲った感覚は、彼女の思考を歪めるには十分すぎた。
「ほれ、どうした? 治してみよ」
今度は足首を刀で貫かれる。
「うああああああ!!! 」
集中が阻害され、霊力が霧散していく。目からは滝のように涙が溢れ出て、心臓は危機を知らせるように高鳴っていた。
道満が刺した刀の向きを変え、押しつぶすように足首を切断した。
耳をつんざく悲痛な絶叫が響く。
それに同情することもなく、道満の狙いはもう片方の足へと移る。袴の裾からのぞく、朝水の純白の肌が赤く汚れた。
彼女の両足首は無理やりに落とされた。
――痛い、痛い痛い痛い痛い痛い。助けて、芙蓉さん⋯⋯。
意識が薄れる。暗い海の底に、体か沈んでいくようであった。次第に意識にモヤがかかっていく。
――もし私が死にそうになったら、その時はお前が助けてくれよ。
あの人の言葉が、彼女の頭にかかったモヤを一瞬で取り払った。
――私が死んだら、誰が芙蓉さんを助けるの?
きっとまた無茶をして、大量の怪我を作っている彼女を想うと、自然と集中が高まった。
「うああああああ!!! 」
「なに!? 」
痛みを消すように、全力で叫んで全身に治癒術を回す。
足の断面から足首が生え揃い、胸に付けられた切り傷もすぐに塞がった。
「はぁ、はぁ、私は、あの人が生きている限り、死んじゃいけない! 」
東雲朝水は再び薙刀をその手に握りしめた。
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