第257話 麗姫 対 玉藻の前 ④

 幻想的な美しさを持った死の蝶が集まって、クリスマスのイルミネーションのようにキラキラと光を放っている。


「その蝶で大道芸でもやれば稼げるのではないか? 」

「その減らず口も、すぐに叩けなくなるわよ! 」


 玉藻の前はその虫達を、一斉に麗姫に向けて放つ。

 羽をバタバタとはためかせ、煌びやかな鱗粉を撒き散らしながら、死は急速に近づく。


「⋯⋯」


 麗姫は空を飛び回りながら、何とかその群れを避け続ける。

 時折、かすめた腕や足を切り落として毒が回らないようにしながら、瞬時にそこを再生させ続けていた。

 防戦一方。そのように見える。


「“転流 光音天 獄門形兆⋯⋯」


 だが玉藻は、麗姫の口元が微かに動くのを確かに捉えていた。


「言霊、か⋯⋯」


 彼女は妖術の威力を底上げするための呪文を、静かに唱えていた。

 大きく口に出さないのは、玉藻に悟られたくないため。


「でも、バレてるわよ! 」


 白銀の九尾の尾が、ゆらゆらと揺れる。その先端に灯った青い炎が、渦をまくようにして巨大化にし、麗姫を襲った。


 ――死の術と同時に使えるのか!?


 この戦いで初めて、彼女に本気の緊張が走った。体中の血管が開いて、血の巡りが加速していく。


 炎を避けようと、体を反転させた彼女の眼前に、玉藻の死の蝶が迫っていた。


 ――まずい!


 触れたら死ぬ術と、灼熱の業火。

 麗姫は灼熱地獄を選んだ。炎をかわすことを諦め、その中に飛び込む。


「うあああああああああああ!!! 」


 肉体の神経細胞が焼け落ちていくのが手に取るように分かった。


 ―佳姫よしひめ⋯⋯。


 九尾の頭領の頭に浮かぶのは、親友の顔。


 ――ねぇ、麗姫。

 ――なんじゃ。

 ――太陽って出せる?


 体を燃やして落下しながら、走馬灯は流れ込んでくる。


 ――そんなもん出せる訳ないじゃろ。妾は妖であって、神ではない。

 ――えー、出せたらかっこいいよ。

 ――そんな火力の術、必要ないじゃろ。それに、何度も言うがそこまでの力は無い。


 ――――できるよ。


 灼熱は内蔵すら焼き払っていた。


 ――だって⋯⋯

 ――――麗姫はだから。


 地上に落ちた麗姫の体からは、麗しさは消え去っていた。

 肌は赤黒く焼け、髪は燃え落ち、全身が炭のように黒く固くなっている。


「最大出力の炎よ。あなたでも、この状況じゃ詠唱を続けることはできないでしょ」


 既に肺が焼けている。

 言葉どころか、息を吸うことすらままならないはずだった。


「⋯⋯を、⋯⋯」

「ん? 」


 しかし――


「“冥王青天 辺獄 『天照あまてらす』”」


 ――彼女の詠唱は続いていた。


「っ!? 」


 ――こいつまさか、他の部位を後回しにして肺を最優先で治癒した!? 心臓だって焼けている! 死ぬことが怖くないの!?


 気がついた時には、玉藻達の頭上にが現れていた。

 麗姫の、言霊によって何百倍にも高められた妖術が太陽となって具現化していた。


 ゆっくりとその火の球は地上との距離を詰めていく。


「くそっ! 離せ、この死に損ない! 」


 その場を離れようとする玉藻の足を、九尾の頭領はしっかりと掴んでいた。

 足で蹴られようが、火でさらに炙られようがその手は離れない。


「あれは妾の炎じゃ。妾には効かん。だが、お主はどうかな? 」

「この、クソ狐がああああ!!! 」


 陽の神を思わせる火球と地上に、微かな接点が生じる。

 その瞬間、街は閃光に包まれた。


 ***


「ふぅ、巫女の結界というのも、中々良いものじゃな。戦地を覆ってくれているおかげで、この国が沈まぬよう済んだわ」


 肩をグルグル回しつつ、火傷を治癒術で回復させながら、彼女はぐるりと周りを見渡した。

 街並みなどもう無い。『天照』によって全てが無に帰っていた。


「存外、できるものだな。佳姫」


 一瞬だけ吹いた、暖かい風が麗姫の頭を撫でていった。


 ***


 あとがき


 麗姫の戦いは以上となります。次回からは芙蓉と朝水の方をやっていきます。

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