第256話 麗姫 対 玉藻の前 ③

 殺生石――、死した玉藻の前が変化した、巨大な毒石である。近づく者に死を振りまく、呪いの象徴。

 それは、元より玉藻の前に備わっていた能力の具現化であった。


「死を振りまくか、迷惑なことこの上ない」


 気味の悪い虫を見るような目で、麗姫は玉藻を睨みつけた。

 白銀の九尾はその視線を愉快そうに受け取りながら、さっきと同じ蝶を今度は無数に集めていく。


「ほら、触れたら死ぬわよ? 」


 1匹だと美しく思える虫でも、こうも数が多いと不愉快である。


「虫は好かん」


 麗姫が腕を1振りすると、爆炎が蝶達を包み込んだ。残った熱波が玉藻の肌を少し焼く。


「っ!? 」

「ふふっ、驚いた? 頭領さん? 」


 だが、蝶は死ぬことは無かった。

 1匹足りともかけること無く、彼女に向かって突撃してくる。

 全速力で空に逃げながら、麗姫は群がる蝶をかわしていく。


 ――幻……、蝶の形は死の力をこの世に出力するためのまやかしか。


 玉藻の死の術には決まった形は無い。ただ、その力をこの世に現し、効果をもたらすのに器が必要である。

 蝶はその器にすぎない。器が破壊されても、術は発動し続ける。器さえ再生させれば、術は元の通りに効果を発揮する。


 ――少しでも触れれば、そこから細胞が死んでいく……か。


 麗姫の腕に蝶が触れる。

 一瞬のうちに、触れた箇所が黒く壊死ししてそれが広がる。3秒もすれば全身を破壊し尽くすだろう。

 彼女は自分の腕を引きちぎって、それ以上死の毒が体に蔓延するのを防いだ。


「まだまだ撃ち尽くすことは無いわよォ! 」


 蝶は何か物体に触れたら破裂し、その死の効果を与えるようであった。

 コンクリートや鉄であっても、その構成物質を溶かし、灰とする。それは、『何かにぶつかれば消える』ということでもあったが、玉藻は次々と新しい弾を生み出して差し向けていた。


 ――これほどの強力な術、妖力の消費も馬鹿にならないはずだが、さすがは玉藻の前といったところか。


 麗姫の目に映る玉藻の前の妖力量は、常軌を逸していた。

 長年の眠りによって蓄積された恨みからだろう。妖力量だけなら空亡よりも遥かに上である。


「こんな術を使い放題とは、全く羨ましい限りじゃ! 」

「あんたも人を殺しまくればこうなるわよ! 」

「人間からの恐れを妖力の媒体にしたと? 嫌われ者にしかできない芸当じゃな」


 麗姫は蝶から逃げながら、右手に鬼火を生み出した。


「“狐火”」


 そして、それを玉藻に向かって射ちだした。

 突然の奇襲によって繰り出された高速の炎の弾丸は、的確に玉藻の心臓を撃ち抜いた。

 それを確認し、彼女は今度は蝶を焼き払う。


 蝶は炎に巻かれて死んでいった。


「やはり、な。幻の器を必要とする術、確かに術者が健在なら無敵の術じゃ。しかし、お前が幻を出せなくなれば、死の術は払える」


 胸に開いた焼けた穴を治癒術で塞ぎながら、玉藻はゆっくりと立ち上がった。


「ふふっ、お見事……。でも、そう何度も通用すると思う? 」


 ――糸口は、これか……。








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