第255話 麗姫 対 玉藻の前 ②

 地獄がそこにあった。

 2人の大妖怪の戦いによって、気候は変動し、天は焦がれ、大地が焼けた。人間が作った街並みは炎の中で溶けていき、ドロドロのマグマの海がただ広がり、時々燃え残った建物がそれに流されていく。


 2人のぶつかり合いは、その赤い海を空に散らして、割っていく。


「肉弾戦もいけるくち? 」

「……嗜む程度じゃ」


 麗姫は自分顔面を貫こうとした玉藻の腕を掴み取って、足を巻き付けて固め、そのまま逆方向に折り曲げるようにしてそれを引きちぎった。

 だが玉藻はそれを意に介さない。

 痛覚はあるはずだが、すぐさま腕を生やして、体を捻って反転させ裏拳を麗姫の顔側面に叩き込む。


 相手がよろめいた所を白銀の九尾は逃さない。頭を鷲掴みにし、地面に叩きつける。


「接近戦なら、こっちが上ね? 」


 そうして腕に霊力を集中させ、発火させる。

 業火の中で麗姫の顔は焼け、皮膚と肉は燃え消えた。足で玉藻を払い除け、ゆらりと立ち上がった彼女の顔面は、赤黒くなった骨が露出している。


「“狐火きつねび”」


 予備動作は無い。麗姫の体の前に突然現れた火の玉が、超高速で玉藻に飛びついて、その腹に風穴を開けた。


「っ! 」

「遠距離は、妾の方に分があるようじゃな? 」


 接近戦に優れる玉藻に対し、麗姫は妖術の扱いに長けた。

 妖力の量はほぼ互角。そして、出力も互角。

 さらに互いに相手より勝るものを持っている。2人の実力差は皆無と言って良かった。


「久しぶりじゃのう、こんなに血が滾るのは……」


 妖は、持て余した自分の力を振るう時、無常の喜びを感じる。

 平時は高い理性で妖怪特有の本能を抑えている大妖怪ならば、なおのことそれは強かった。麗姫の頬が綻ぶ。


「互いの力は互角……、さぁ楽しもうでは無いか」

「互角……ね」


 ふわっと玉藻の白銀の9本の尾が広がっていった。


「確かに、このままだったら互角かもね」

「何が言いたい? 」


 広がった彼女の尾の1本ずつ、その先端に青白い炎が灯り出した。


「私の能力は、炎だけじゃないわ」


 麗姫の体に、ぞくりとした悪寒が走った。大妖怪である彼女にとって、それは久方ぶりの感覚だった。

 九尾狐の妖術ではない、異質な術。それが玉藻の体から放たれていた。


「“白死蝶びゃくしちょう”」


 玉藻の手に、透き通った虹色の羽を持った蝶が1匹止まった。

 それはふよふよと宙を舞って、麗姫の元へと飛んでいく。


 蝶は美しく、その見た目からは危険性を認識できない。

 しかし、麗姫はそれをかわした。行き場を失った蝶は燃え残ったビルにぶつかる。


 一瞬だった。その一瞬のうちに鉄筋コンクリート性のビルが崩れ去った。


「私のもうひとつの能力、それは、“死”よ」

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