第254話 麗姫 対 玉藻の前 ①

 今は11月である。冬場も近く気温は低い。

 麗姫れいき玉藻たまもの前という大妖怪2人の間にも、秋の寒気が満ちていた。

 一陣の風が、京の街のビルの間を駆けていく


「私を殺す気なの? 小娘の分際で生意気な」

「ババアの口は大きくて適わんな。わらわを前にしてその自信とは。焼き尽くされたいか」


 温度が上昇していく。

 2人の妖力の高まりに合わせるようにして、秋の大気が灼熱に変わり始める。


「当代の九尾狐頭領の実力、見せてもらおうか! 」


 散った街路樹木の葉がヒラヒラ舞っていた。

 そして、両者が臨戦態勢に入ったその瞬間、たちまちのうちに燃え、消え去った。


「はぁっ! 」


 麗姫と玉藻の鋭い爪が互いの肌を切り裂く。鮮血が散った瞬間から再生していく。

 これは小手調べである。彼女達は妖怪。その真髄は、妖術にある。


「ふはははっ! 」


 玉藻の白銀の尾の毛の1本に至るまでが逆立って、体から発せられる無限とも思える妖力が一気に開放される。

 彼女の周りに浮き出るようにして現れた数十の鬼火、それが全て麗姫に向いた。


 ライフル弾並の速さで飛んでくる炎の塊を、九尾の頭領は宙を駆けながら避けていった。

 着弾した場所が大爆発を起こし、それがまた熱の発生源になる。

 そしてビルの壁を足場にして、彼我の距離を詰め、炎に包まれたその腕を玉藻に向けた。


「燃えよ」


 爆風と熱だけが、その場を支配した。

 超高温の炎に焼かれ、マグマのように溶けだしたコンクリートや鉄が海のごとく街に広がる。

 地面は無くなり、玉藻は地下へと落下していく。しかしダメージは無い。この灼熱を、妖力による強化術だけで凌いでいる。


 地下は地上の熱がそこまで伝わっており、突き抜けた麗姫の炎が逆巻いていた。

 まるで地獄の様相を呈しているが、玉藻はニヤリと口角を上げて涼し気な表情を崩さない。


「こんなものか、頭領よ? 」


 彼女は空いた穴から覗く天に向かって手を広げる。

 足元から発せられた炎が、柱となった。


「“万焦ばんしょうの柱”」


 柱は大地を破壊し、天を焼く。

 空に広がった炎は、まるで星のようにキラキラ光っている。

 巻き込まれたように見えた麗姫はというと、玉藻と同じような、涼し気な顔を浮かべていた。


「ううむ、これはちと、やりすぎたか? 」


 広がるマグマの海。溶けていくビルの群れ。人間こそいないが、天変地異の仕業であると言われれば疑う者はいないだろう。


「人間の味方してるのに街を壊してどうするの? 頭領さん? 」


 これだけの激戦だというのに、2人の大妖怪の美しい柔肌には傷1つない。


「あの玉藻の前が相手じゃ。国が落ちぬ程度に、本気は出すさ」


 この日、この戦いによって生じた炎の柱や、それに包まれる天を見た者達がいる。

 彼らは口々にこう言った。


「世界が滅びるのかと思った」


 と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る