第253話 西郷拓真 対 西郷嘉則 ③
――この世に完全無欠の術なんて無いわ。必ずどこかに綻びがあるはずよ。
思い出すのは師の言葉。
一条夜子の薫陶を受けた拓真には、『慧霆暗礁郷』の弱点が見えていた。
――その術の弱点⋯⋯これだろ!
「“千夜影狼”! 」
「っ!? 」
拓真が影で生み出した分身は全部で3体。彼に残っている霊力を考慮すると、今はこれが限界だった。
嘉則は『千夜影狼』によって何十何百といった分身を同時に展開できる。3体程度の分身では物量で負ける⋯⋯はずだった。
だが、分身が繰り出した鎖鎌の一撃を前に、彼はただ避けるだけだ。そして、右手で作り出した印を解除することもない。
「“慧霆暗礁郷”は使用中、他の霊術を使えない。それどころか、印を解くことすらできない。最初はお前の霊力が底なしなのかと思ったが、そうじゃない。むしろ逆で、その術は消耗がデカすぎるんだ」
「くっ⋯⋯! 」
3体1の戦い。それも印を結びつつ、しかも他の霊術の使用もできないとなれば、いかに嘉則といえども劣勢になることは免れない。
たまらずに、彼はついに印を解いた。
拓真の足元に広がっていた影の海が、フレームが飛んだように消え失せていった。
「ふん! この術を破ったところで、術の練度はこっちの方が上! 」
「あぁ、正攻法の使い方ならな」
集中し、霊力を練り上げ術として形にする。
影を武器とし、それを相手にぶつける攻撃型の幻惑術。それこそが西郷家の相伝術だ。
時間をかけつつも一撃ごとの威力を高め、ジワジワと相手を
だが、彼の生み出した影の槍や剣は、次々と拓真が生成した影に打ち消されていく。
時間をかけているが故に、威力はこちらの方が上のはずである。
嘉則は困惑した。
「どうなってる! なぜ押し負けるのだ! 」
「お前の術は溜めが長い。威力を高めるための代償だが、術が形になる前の脆弱な所をつけるのは、速射性に勝る俺の術の利点だ」
器用に3方向からの攻撃を交わし続けていた彼にも、ついに限界が見え出す。
足、腕、あらゆる箇所に鎖鎌による傷が生まれだした。
「くっ! “千夜――」
「させねぇよ」
嘉則が印を結ぼうとした瞬間、分身では無い。拓真本人が彼の腕を切り落とした。
「分身を出されると面倒なんでな」
「ちぃっ! 」
接近した拓真を蹴り飛ばし、分身達の間を掻い潜るようにして後方へ退避。
彼は30メートル程の距離を取った。
「お前が見せてくれたおかげで、俺もその境地にたどり着けそうだ」
「なに? 」
拓真の右手の人差し指と中指が立てられ、印を結ぶ。
嘉則の足元に黒が広がった。
「“
***
「見事だ⋯⋯我が子孫」
無数の影の槍と剣に貫かれた嘉則は、地べたに仰向けになっている。
その下には血の海が出来上がっており、時期に彼は死ぬだろう。
「なんで、あの技を俺に見せた」
「“慧霆暗礁郷”のことか? 」
「あれを使うよりもお前の“千夜影狼”の方が強力だろ。なんであったを使った」
力無く、横たわる嘉則の口に微笑みがこぼれる。
「あの技は、実は未完成だったんだ」
「未完成? わざわざそれを使ったのか? 」
「お前なら、俺の子孫なら、完成させてくれると思ってな。実際、お前は完成させた。“千夜影狼”と“慧霆暗礁郷”を両立させたんだからな」
そこまで言って、彼は咳き込んだ。口から大量の血が噴き出していく。
命の終わりは近かった。
「⋯⋯ちゃんと、守れよ。大事な人がいるなら」
「お前⋯⋯」
「俺には、できなかったから。だから、お前らが⋯⋯」
彼の口がそれ以上動くことは無かった。
その過去を拓真が知ることはできない。勝者はただその場を去るだけだ。
「お前は極悪人やけどな。ま、墓参りくらいは行ったるわ」
少しの敬愛を戦場に残して。
***
「明菜! 明菜! 」
今川明菜は、自分を揺さぶる力強い手と、名を呼ぶ愛しい声で目が覚めた。
「西郷、はん? 」
「目、覚めたか? 」
彼女が起きるやいなや、拓真は彼女の目を真っ直ぐに見据える。
「好きや、愛してる。俺が一生守るから」
「な、な、急にどうしたん! 戦いで頭でも打ったん!? 」
「あの時言えなかったことや! 」
戦いが始まる前、最後に言おうとしたセリフを、彼はやり直していた。
すると、途端に明菜が吹き出したように笑い出す。
「ぷっ! あっははは! なんや、そのベタなセリフ! 始まる前に聞かんで良かったわ、死亡フラグやで? それ」
「う、うるさいわ! ほら、俺から、あんまり、こういうこと、言ったこと無かったから」
明菜の笑みが、優しい穏やかなものに変わる。
「まぁ、でも、期待しとるで。拓真」
***
あとがき
最終決戦、西郷拓真編はこれで終了です。次回は麗姫になると思います。
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