第252話 西郷拓真 対 西郷嘉則 ②

「“慧霆暗礁郷けいていあんしょうきょう”」


 嘉則が印を結び、その霊力を解放する。

 拓真の足元に、まるでバケツで水をぶちまけたようにして影が広がった。


 ――影の拡散⋯⋯!? おいまさか⋯⋯。


 次の瞬間、彼の体を影の槍が貫いた。真後ろからの一撃である。腹に穴が空いたが、慌てることなく自分で体を前に押し出し、それを引き抜く。

 だが、攻撃は止まる気配が無い。


 四方八方、至る場所から剣や槍の形を模した実態を持つ影が、彼を刺し貫いた。

 これこそが『慧霆暗礁郷』の効果の1つである。

 影を戦場全体に広げることで、霊術の威力、速射性、奇襲性、あらゆる性能を格段に引き上げる。


 ――こんなの、相伝の術に無かったぞ!


 これは拓真でも知らない、西郷家に伝わっていない術であった。

 拓真は解析しようとするが、次々と飛んでくる攻撃の前に、頭を働かせることができない。


「困惑しているようだな。西郷家相伝の術に、これは無かっただろう」


 図星をついた嘉則の言葉にも、反応する暇は無い。


「当然だ。この術は俺にしか使えない。西郷家の相伝術ではなく、幻惑術を極めた者だけがたどり着ける境地。つまるところ、俺のオリジナルだ」


 術の練度、経験、霊力の量や出力。その全て、拓真より嘉則の方が上であった。

 それならば、どうして今まで拓真が戦いについていけていたのか。それは、元は自分と同じ技を使っているというデータである。


 自分が扱うものなのだから、当然、強みも弱点も手に取るように分かる。

 しかし、『慧霆暗礁郷』は違う。全く彼のデータに無い術だ。対応するのは困難であった。


 ――どうする! 攻撃が止まない! 反撃どころか、このままじゃ霊力が切れて治癒術も回せなくなる!


 切れ目の無い連続技。自分の周りに広がる影、その全部が彼にとっての敵だった。

 無敵の術。彼の目にはそう映っただろう。相手に反撃の隙を与えず、ジワジワと追い詰めていく。


 ――『千夜影狼』を使うか!? いや、ダメだ。あいつは西郷嘉則、何十何百と分身を出せる伝説の術師だ。手数勝負はこっちが不利! ただ霊力を無駄に消費するだけだ!


 鎖鎌で正面の剣を弾き、背後から迫る槍を身を捻ってかわす。

 霊力の節約のため、なるべく治癒術の使用も抑える。


 そこまでしたところで、一向に出口が見えない。


 ――どうなってる! これだけの大技、霊力の消費も馬鹿にならないはずだ! なぜ切れねぇ!


 拓真は一瞬の隙をついて、嘉則の姿をその目に収めた。

 何とか反撃の機をつかもうという、必死の抵抗だった。


「あいつ⋯⋯」


 嘉則は片手で印を結んだまま、ビルの屋上から動く気配が無い。

 ダメ押しの術でも使えば、すぐにでも彼を仕留められるはずなのに。


「あぁ、そうか⋯⋯」


 拓真は、掴んだ。勝機を。


「そういうことか⋯⋯! 」

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