第251話 西郷拓真 対 西郷嘉則 ①

 鈍い地響きと、金属がぶつかりあう音。そして、火花。

 小さな2人だけの戦場には、それだけで十分だった。


「“影刺し”! 」


 拓真の伸びた影から打ち出された黒い槍が、嘉則よしのりの腕を貫いた。

 発生が早く、霊力の使用から術としての発現までのロスが極端に少ない。それが、拓真の持つ技術の高さを如実に示していた。


 ――ほぉ、術の速射性だったら向こうが上か。


 しかし嘉則の顔に焦りは皆無である。

 自分より術の扱いに長ける者の相手など、彼は幾度となく経験してきている。


「“影刺し”」


 彼が扱う術もまた、相手と同じ影を用いた幻惑術。

 彼の持つ経験は、西郷家相伝の霊術を限りなく強化していた。

 技の発生はそれほど早くない。だが、彼の影から現れたのは、槍などという生易しいものでは無かった。


「おいおい! デカすぎんだろ! 」


 縦に30メートル、横幅は15メートル。

 巨大な鉄柱とも言うべきそれを、嘉則は全速力で拓真にぶつけた。

 地面に転がって何とか回避はするが、既に二の矢を用意していた嘉則は、さっきと同じものをまたぶつけてくる。


「西郷の相伝術は影で何らかの形を作り、それで攻撃する。お前は技の発生を早くしたようだが、それでは威力は小さくなるし、霊力を練る時間が少ない分形も崩れやすい。この相伝術が真価を発揮する時は、溜めを大きくした時だ」


 2個目、3個目。

 次々に生み出される影の柱に、拓真は逃げるだけで精一杯だった。


「力を小出しにして速度だけに頼るなど、術の強みを自ら捨てているようなものだぞ」


 まるで稽古をつけるような口調で、嘉則が術を発動し続けている。


「説教くさいこと言ってんじゃねぇぞ! “千夜影狼せんやかげろう”! 」

「っ!? 」


 突如彼の背後から現れた、西郷拓真の分身体。分身でありながら実態をもったその存在は、鎖鎌で彼の背を切りつけた。

 咄嗟にそれを蹴り飛ばし、警戒した彼は拓真から一気に距離を取る。それでようやく、影の柱を使った連撃が止んだ。


「今のは⋯⋯」

「“千夜影狼”の、お前にはできないことだろ? 」


 拓真の術は、百戦錬磨の嘉則に比べれば一撃ごとの威力は確かに小さい。

 だが、その速射性は『撹乱かくらんする』という、幻惑術本来の使い方としてはこれ以上なく適していた。

 いつどこから技が飛んでくるのかは分からない。なにせ、影というのはそこら中にあるのだから。


「“影刺し”! 」


 ――今度はビルの影を!


 操る影の対象は、人間のものである必要は無い。

 そこかしこから影の槍が嘉則を襲い、その血を奪っていった。

 彼は大きく跳躍し、術が届かないビルの屋上まで一旦退く。


「子孫よ、正直に言おう。私はお前を侮っていた」


 右手に刀を持ち、左手で印を結ぶ。


「だが、認めよう。お前を強敵であると」


 影が、街全体を支配した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る