第250話 今川明菜 対 美作優佳 ④

 明菜は今、左腕が無い。右手に錫杖を持っている関係で印を結ぶのに不自由だし、近接戦闘においては大きな不利となる。

 しかし、彼女はそれを加味してもなお、自分に勝機があると見ていた。


 霊力は『再臨』と治癒術によって既に底を尽きかけている。ライコウを強化するだけの余裕はなく、技を放てるのもあと1回が限界だ。


 ――勝負は1度きり、負けたら、死ぬ。


 足に力を込め、彼女は大きく跳躍した。

 迎撃する大蛇の攻撃をかわしながら舞うその姿は、まるで1羽の鳥のようにも見えた。


「死に損ないの分際で! 大蛇、雪男イエティ、さっさと殺しちまいな! 」


 敵は大蛇だけではない。

 剛腕自慢の雪男もまた、大地を蹴って明菜に殴り掛かる。


 ――さあ、ライコウの力を使え! それでお前の霊力は尽きる!


 美作の狙いは、明菜の霊力切れ。

 雪男の攻撃を防ぐため、彼女はライコウを向けざるをえない。あとたった1度の霊力残量。それを吐き出させようとしていた。

 だが、その狙いは外れる。


 明菜はライコウを、

 自ら雪男を相手にしようとしたのだ。


 ――馬鹿な! あの霊力では身体強化もままならない……。素の戦闘力では、雪男の相手にはならない! 何を考えて……。


 くるりと体を反転させ、明菜は雪男の腰に足を巻き付ける。

 一撃を避けただけ。すぐに次の攻撃が迫る。彼女の今の力では、雪男に致命傷を与えることは出来ない。

 


「ま、まさか……! 」


 美作が使役するモンスターに埋め込んだ核。それこそが彼女が化け物を操れるカラクリである。

 その大きさは、直径およそ1ミリにも満たない。正確に撃ち抜くのは不可能。美作はそう考えていた。


 しかし、明菜には、見えていた。半径1ミリ未満の心臓が。


「なぁ、あんたが弱いの、ここやろ……? 」


 雪男に体を密着させ、耳元でそう囁く。細い目が開かれ、彼女は笑っていた。

 冷や汗。使役者の美作だけでは無い。雪男の硬い面の皮にも、雫が垂れた。


 雪男の胸には錫杖が突き刺さっている。

 彼の核を貫いて。


 ふっ、と力が抜けたように落下する、白毛の怪物。明菜はそれに目もくれず、落ちていく巨体を踏み台に大蛇に向き直った。


「っ! 大蛇、逃げ……」

「もう遅いわ、アホ」


 それまで蛇と戦っていたライコウが、突然距離をとる。

 そして、その大太刀を鞘に納め、霊力が集中する。


「あんたの弱点もお見通しや」


 彼女の持てる霊力の全てが、ライコウの太刀に注がれていく。


「“神越雷斬しんえつらいざん”」


 轟いた雷鳴よりも速く、太刀は大蛇の体の一部分を見事に切り裂いた。

 分厚く頑丈な皮膚をものともせず、正確に、そして強く核を破壊していた。


 ビルをなぎ倒しながら、大蛇の巨体が街に倒れる。

 地震のような地鳴りが、怪物が沈んだことを示していた。


 ***


「くそっ! あの女……! 」


 息を切らし、美作は走る。使役するモンスターが消えた今、彼女の力では明菜に勝てない。


「必ず復讐してやる……! 」

「どこ行くんや? 」


 その声に、地面に向けられていた目を、彼女は恐る恐る上に向けた。


「今川明菜……! 」

「逃がすわけないやろ? 」


 へたりこんだ彼女は身体を引きずるようにして後ずさりする。


「ま、待って! 一旦話し合いましょ……? 」


 声は震え、目からは雫が流れ出す。

 彼女の目に映る明菜は、今までの温和な表情を浮かべた可憐な女ではない。

 糸目は開かれ冷たく相手を見下ろし、一切の情けが感じられなかった。


 怯える美作に、彼女が持つ錫杖が振り上げられる。


「堪忍な。うち、そんな甘くないねん」

「い、いやあああああああ! 」


 美作は泡を吹いて倒れた。

 錫杖は彼女ではなく、コンクリートに突き立てられている。

 失神したその女を、明菜は片腕で器用に縛り上げた。


「よし! あとは……」


 ***


「うん、これでよし! 」


 明菜の前には2つの光り輝く霊魂がふよふよと浮かんでいた。


「あんなヤツにいいようにされて、可哀想やったし、これからはうちが守ったるからな」


 その正体は、先程倒された大蛇と雪男。

 彼女は死にゆく2体の魂を取り出し、式神として契約することで命をつなぎ止めた。


 全ての大仕事を終え、立ち上がろうとしたが、くらりと頭が揺れ、その場に膝をつく。


「おっとっと。さすがに無茶しすぎたわ……」


 大の字になって、彼女は地面に寝転び、空を見上げた。


「そっちも勝つんやで。西郷はん」


 ***


 あとがき


 最終決戦、明菜編はこれで終了です。次回からは西郷の戦いに移っていきます。

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