第243話 名も無き英雄たち

「“霊爆”! 」


 投げつけられた札を起点とし、単眼頭の巨大な妖怪がぜた。

 術者の巫女は音もなく地面に降りるなり、仲間に指示を出す。


「民間人の救助は自衛隊に任せろ! 私たちは露払いだ! 」


 討魔庁の班編成は1班につき6人。

 共同で1体の妖怪にあたり、これを排除する。


「ほら、もう大丈夫だ」


 30人程の討魔官に守られながら、1人の男性自衛官が制服を着た少女の手を取った。


「よし! じゃあ運ぶわよ! 」


 救助した少女をがっちり抱えた彼ごと、巫女が米俵でも持つように方に担いで、空を爆進していった。

 悲鳴を上げる少女と、顔をひきつらせる自衛官を尻目に、彼女はどんどん速度を上げていった。


「ほんと、どうなってるんだ君たちは……」


 ゴリラのように太い腕でもない、むしろ細く見える巫女の腕には、人間2人を軽々と運ぶ体力があるようには見えない。

 彼は初めてその目にする、霊力というオカルティックな力を前にして困惑していた。


「味方にすると心強いでしょ? 」

「……あぁ、頼りにしてるよ」


 ***


 鼓膜を突き破るほどの轟音が木霊していく。

 自衛隊の火砲や戦車から発射された砲弾が、侵攻してくる妖怪達を足止めしていた。

 足を潰された彼らだが、時間が経つ事にそれは生え揃い、歩き始める。

 虫型の妖怪に対しては、頭を吹き飛ばしているが、これもまた時間とともに再生しまた動き出す。


 妖怪の前に、通常兵器では殺すまでには至らない。


「妖怪は依然として進行中。砲弾は、足止めはできているが、ダメージはほぼない」

『了解した。どの程度止められそうだ? 』


 無線を繋ぐ中年の男は、自身の背後にある街並みを一瞥する。


「10時間は止められるさ」

『分かった。頼むぞ』


 民間人の退避が遅れていた。

 討魔官達は街に入り込んだ妖怪を駆逐するために出払っている。

 苦肉の策として、自衛隊の火力を用いての足止め作戦が実行された。

 現状、彼らはその役目をしっかりと果たしていると言えるだろう。人口密集地には、それ以上の妖怪の侵入を許していない。


「あぁ……、踏み潰されるまでここは離れないさ」


 霊力という対抗手段を持たない彼らにとって、そこはまさに死地である。

 百鬼夜行に対抗するために、予備自衛官を含めた日本の防衛力は、ほぼ全て国内に注がれている。

 その全てが、市民の盾となる決死隊だった。


 ***


「おい、まさか目標ってのはこいつか? 」


 戦闘機を乗りこなす彼らの目の前にいるのは、かの“だいだらぼっち”である。

 美作が遺伝子から生み出したクローンだが、その大きさは東京の高層ビルの上から頭を覗かせる程だ。

 彼らの任務は、だいだらぼっちの足にミサイルを命中させて、討魔官が攻める隙を作ることだ。


『あぁそうだ。なんだ? 当てる自信がないのか? 』

「いや――」


 男の指が、ミサイルの発射ボタンにかかる。


「――イージーさ」


 正確無比である。

 的確に巨人の膝を破壊し、吹き飛ばした。

 地面に倒れただいだらぼっちに、ビルに隠れていた討魔官達が一斉に襲いかかった。


「はっ! ざまぁみろ! 人間様を舐めやがって! 」


 足が無くては抵抗もできない。

 一方的に蹂躙されていく妖怪を眺めながら、男は勝利の雄叫びを上げた。


 ***


「総理。今のところ、百鬼夜行の被害は最小限に留まっています」

「うむ。夜子くんが残した情報が役立っている。だが油断するな。慎重に避難地を確保しつつ、討魔庁と自衛隊が密接に連携して掃討にあたれ! 」


 総理は官邸にて部下に素早く指示を送る。

 東京も前線の1つだが、彼は意地でもここを動かなかった。


「特殲や大妖怪だけでは無い。今回、任務に当たっている全ての人間が、だ。彼らを残して、私だけが逃げる訳にはいかない。もとより、安全地帯などないしな」

「……お任せを。官邸の守りは我々が」


 総理の自らを奮い立たせるような言葉に反応したのは、1人の天狗だった。


「頼りにしているよ。澄晴ちょうせい

「母上も戦っておりますが故、私も力を出さねばなりません」


 特殲や大妖怪のような怪物達の裏でも、人間と1部の妖怪は必死に戦っている。

 未曾有の大災害に対して、国中の戦力が一致団結していた。

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