第242話 対峙②

「なんで……夜子さん……? 」

「けハハッ」


 ――違う。体の遺伝情報を真似てるだけだ。多分、この妖怪の能力。


 葵は目の前に現れた恩人の姿をした化け物を睨みつける。

 握りしめた小刀の柄が壊れそうなほどに強く握り締め、それを妖怪に向けた。


「お前なんかが、その体を使うな……! 」

「けハッ! 」


 東京都渋谷区、


 西園寺葵 対 ???――。


 ***


 紗奈は震えていた。

 膝が笑っている。

 最強の巫女たる彼女が、その体を震わせている。

 恐怖から? 違う。断じて否である。


「まさか、これは……」

「あぁっ……あっ……」


 彼女が対峙しているのは、巨大な肉の塊。ただ、所々に女の顔のようなものが浮き出ている。

 黒く濁ったその肉塊は、うわ言のようにうめき声を上げていた。

 紗奈は、その肉塊から発せられる力を感じ取っていた。


 ――歴代の、龍神の巫女?


 そう。この肉塊は、龍神の巫女の肉体の集合体。

 無理やりくっつけられたために、異形の怪物と化しているのだ。


 ――何が、霊術師のためだ。あの野郎……。


 握りしめた拳に血が滲む。


「弄びやがって……! 」


 東京都千代田区、


 四条紗奈 対 龍神の巫女――。


 ***


 白銀の9本の尾がゆらゆらと揺れている。

 それに立ち向かっている金色の九尾狐の尾もまた、逆立ち揺れている。まるで麦のようであった。


「ほぉ、玉藻の前……、九尾の面汚しがノコノコと良くここに顔を出せたな? 」

「そんな怖い顔をして。小じわが増えるわよ? 九尾の頭領」


 九尾の頭領、麗姫れいきはその言葉を聞いてふわりと笑みを浮かべる。


「心配は無用じゃ。お主ほど歳は取っておらぬ」

「……言ってくれる」


 麗姫の腕がゆっくりと上がり、その指が印を結び出す。


年増としまは好みでは無い故、遠慮なく殺せるな」


 京都府京都市、市中。


 麗姫 対 玉藻の前――。


 ***


「あんた、尾延山にいた……」

「あら、覚えててくれたの? お姉さん嬉しいわぁ」


 明菜の前に立っている女は赤い派手なドレスを身にまとい、ブロンズの髪の毛を風になびかせていた。

 尾延山で大蛇オロチを使役していた女である。


 明菜はあの事件の後、この女について一通り調べていた。


 美作みまさか優佳ゆうか。欧州で生物学の研究を行っていたが、非人道的なクローン技術に没頭し、研究所を追放された。

 その後は消息を絶っており、妖怪をも人工的に生み出す技術を持っているとして、討魔庁でもマークされていた人物である。


 ――大蛇もこの女が作ったって訳やな。


「まだまだ若いのに、可哀想ねぇ。こんなとこで死んじゃうなんて」

「簡単に殺されるつもりはないで? あんたの方も、お面なんか付けてたら危ないで? 割れて破片が刺さるかもしれへん」


 美作は少しだけ目を開くと、すぐに「はあ? 」と声を上げた。


「私、面なんか付けてないわよ」


 それを聞いた明菜は、1拍を置いた後、吹き出すように笑い出す。


「なに笑ってんのよ? 」

「あはははっ! 堪忍堪忍、ふふっ。はぁっ……」


 息を整え、普段は糸目で細い彼女の目がゆっくりと開かれた。


「化粧濃すぎて、能面付けてるんかと思ってましたわ」


 美作の額に青筋が浮き出す。


「っ! ガキがぁ……! 」


 同じく京都府京都市、市中。


 今川明菜 対 美作優佳――。


 ***


「お前、まだ生きてたのかよ」

「自分の子孫の様子を、もっと見ておきたくてな」


 右半分の髪を特に伸ばして片目だけを覆った赤髪の男が、小刀を逆手に構えて西郷と向かい合った。


「西郷、嘉則よしのり……」


 500年前の西郷家の伝説の当主。

 子供の頃、おとぎ話として聞かされた話だったが、それが今彼の目の前にあった。


「あんた、西郷家で最強らしいな」

「ほぉ、後世ではそのような評価になっているのか」


 鎖鎌を構え、西郷はニヤリとほくそ笑んだ。


「相手にとって、不足なし」

「……存外、熱い男か」


 同じく京都府京都市、市中。


 西郷拓真 対 西郷嘉則――。


 ***


 薙刀を地面に付け、朝水は目の前の術師に睨みをきかせる。


蘆屋あしや道満どうまん……」


 歴史上に名が残る、術師としての頂点と言ってもいい存在。

 かの安倍晴明あべのせいめいと双璧をなす、伝説の術師が、烏楽の地に立っていた。


 彼は禿げ上がった頭をペタペタと触りながら、太刀の切っ先を朝水に向ける。


「不死身とやらは、何度切れば死ぬのかな? 」


 長野県烏楽市、


 東雲朝水 対 蘆屋道満――。


 ***


「はっ、かの安倍晴明様が2対1で戦うのか? 」

「生憎、私の十八番は式神術でね」


 香月芙蓉と対するのは、安倍晴明。

 隣に召喚した白狼は、既に臨戦態勢に入っていた。


「じゃあ、こっちも仲間を増やそうか。キャシーちゃん! 頼むぞ! 」


 彼女が巫女服の胸元を大きく開くと、中から飛び出して来たのは黒猫。

 猫は宙に飛び出すなり、一瞬でその姿を変え、巨大化し妖となる。


「馬鹿な……もうそいつは……」

「莉子の力は使えなくても、紗奈の霊力だったら取り込めるからね」


 キャシーは失われたはずの人語で晴明に反応した。


「なんでもありだな。現代の術師は」


 同じく長野県烏楽市、


 香月芙蓉、キャシー 対 安倍晴明――。


 ***


「またお会いできて光栄ですぞ。時雨様」

「霧雨……やはりあなたも……」


 天狗の頭領は、眼前の怨敵をどう殺すかを考えていた。

 勝てるかどうかを悩んでいるのではない。どのように苦しめて殺してやろうか、ということを考えていたのだ。


「今度こそ、首を取ります」


 同じく長野県烏楽市、


 時雨 対 霧雨――。


 ***


「これは、ちょっと想定外かな」

「こんな奴を復活させるとか、あいつ正気じゃないでしょ」


 加賀悠聖、そして加賀茜の夫婦は福岡にて妖怪の鎮圧を行っていた。

 そこに現れたのが、公家の格好をしたこの男である。その外見からは彼が2人が恐れるほどの人物だとは到底思えない。

 だが、対峙した瞬間、即座に彼らは理解したのである。男の正体を。


菅原道真すがわらのみちざね……」


 日本史上でも、最悪クラスの怨霊、菅原道真。そこに存在するだけで死を振りまく彼は、間違いなく、この百鬼夜行においても一二を争う脅威であった。


「ここで止めよう、茜ちゃん」

「言われなくても……」


 福岡県鬼柄市、


 加賀悠聖、加賀茜 対 怨霊・菅原道真――。


 ***


 2人の鬼が組み合っている。

 彼らが力をこめ、足を踏ん張るだけで、コンクリートは沈み込んだ。


「さすがは俺の血を引くだけはある……」

「そりゃ、どうも。酒呑童子様……! 」


 苦笑いしながら、八瀬童子はさらに力を込める。

 まだまだ、相手には余裕があった。


「ふんっ! 」


 酒呑童子が少しだけ強く押すと、たちまち八瀬は仰け反り、20メートルほど後退する。


「さぁ、戦ろうか。我が子孫」


 同じく福岡県鬼柄市、


 八瀬童子 対 酒呑童子――。


 ***


「ふふっ、よもや、これ程の強者も味方につけるとは」


 不敵に笑みを浮かべる神宮奏多の目の前には、甲冑を身にまとい刀を持った壮年の男が立っていた。

 伸ばした髭が彼の体躯から放たれる威圧感を一層に強くしている。


源頼光みなもとのらいこう、貴殿と戦えること、嬉しく思う」


 自分の2倍はあるであろう大鎌を振り回して、奏多は頼光と対峙した。

 頼光は何も喋らない。魂を無理やりに呼び戻され、傀儡にされたからであろう。


「今日は全力で戦って良いらしいからな。殺す気でいくぞ! 」


 秋田県、道祖さえかみ市、


 神宮奏多 対 源頼光――。


 ***


 それぞれが、それぞれの場所で最強の敵と相まみえている。

 今日この日、妖怪と人間が初めて組織的に、共通の敵に立ち向かっていた。


 それらを全て繋いだ女は今、宿敵の場所へと向かう――。


 ***


 あとがき


 あまりにも長くなったのでふたつに分けました。

 次回、もう1話を挟んでからいよいよ最終決戦に入ります。

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