第229話 決意

 お母さんは神野に向き合ったまま、静かに拳を震わせていた。

 そして傷ついた夜子さんに目を向けると、その手を一層握りしめた。治癒術が効かないのだろう。


「君の死体には封印を施していたはずなんだけどね」

「誰かが解いていたみたいよ? 」

「チッ、夜子か」


 そう吐き捨てると、神野は目を鋭くして冷や汗を流しながらお母さんを見る。


「あの妖怪達はどうした? 万一に備えて、狭い結界内にかつての九尾や鬼、天狗を一千体ほど用意していたはずだが」

「殺したわよ。全部」


 彼女はさも当然のことのように答えた。

 神野は呆れたような笑みを浮かべる。


「呪いの無くなった君は、つくづく化け物だね」

「そうね。その化け物に、あなたももうすぐ殺されるわ」


 そう言って彼女が1歩踏み出した時、その眼前に青目の空亡が立ちはだかった。


「行かせるか⋯⋯」

「⋯⋯邪魔」


 次の瞬間には空亡の頬に裏拳が決まった。

 いつ繰り出したのかも見えないほど、高速の一撃だった。壁に叩きつけられた空亡に目もくれず、お母さんは神野に対して瞬時に距離を詰めた。


「なっ!? 」

「“竜骨”」


 下から上へ、突き上げるような拳が神野に叩き込まれる。目にも止まらぬ速さで神野は天へ突き上げられ、地下室の天井を破って暗い空へ飛び出した。

 お母さんもそれを追って行く。


 立ち上がった青目の空亡が、またそれを邪魔しようとしていた。


「やらせるか! 」


 丁度倒れていた奴を蹴り上げて妨害を阻止する。グラグラふらついた青目が鋭く私を睨みつけるが、ちっとも怖くなかった。


「葵! 沙羅と夜子さんを! 」


 全身の霊力を解放して、臨戦態勢を整える。神野と青目が分裂した今がチャンスだ。

 こいつがいる限り、敵は復活し続ける。逆に倒せさえすれば、こちらに勝機が見えてくるだろう。


「空亡! ここでこいつを倒すわよ! 」

「あぁ、またとない好機だ」


 ***


 アジトの遥か上空、夜明けまではまだ少しあるだろう。

 暗い空の中で、紗奈と神野は対峙していた。

 既に神野は先程の一撃のダメージを受けて、治癒術を全力で回して回復している。


「たった、一撃で、これか! 」

「良いわね、呪いの無い体。軽くって仕方が無いわ」


 紗奈の体から溢れ出した圧倒的な量の霊力が、絶えず神野を威圧し続けていた。

 空亡の妖力量と比較してもなお、破格の霊力量だ。


「死んだらまた霊力も増えたし。あなた達のおかげで、また娘達を守れそうだわ」


 霊力というものは、死に瀕すると上昇していくことがある。

 彼女の場合は実際に死んでいるのだから、その上昇値は計り知れない。


 歴代最強とまで言われた龍神の巫女が、更なる力をつけて復活したのだ。


「私の親友の敵、取らせて貰うわよ」


 大気にヒビが入るほどの迫力が、神野を襲った――。

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