第230話 神野の絶望

 顔の横を通り過ぎた妖力が、私の頬を斬り裂いた。避けなければ死んでいただろう。


「空亡! 」


 私が叫ぶと、空亡は全てを理解したのだろう。何も言わずに術を発動する。

 青目に向かって拳を振り上げた直後に、空亡の能力で相手の背後へ瞬間移動する。


「“竜骨”! 」

「っ!! があああああ!! 」


 まともに技が決まった。

 空亡も畳み掛ける。吹き飛ばされ、地面に転がった青目に対して、こちらも術を使った。


「“現世”」


 馬乗りになって、相手の顔面に指を突きつける。そしてそのまま、彼の指先から高出力の炎が吹き出た。

 青目の顔面を赤黒く焼き、鼻が曲がるような刺激臭を私の鼻に届ける。


 しかし、青目はそれを食らってもなお飛び起きて、空亡を蹴り飛ばした後に私に向かって斬撃を飛ばした。


「くっ! 」


 斬られたのは左肩。噴出した血液が目の前に赤いカーテンを作り出し、床に飛び散った。

 だが怯んでもいられない。私は自由の効く右腕で、掌底を青目に突きつける。


「“龍掌りゅうしょう”」


 衝撃波を体に直接送り込む技。臓器は破壊され、体内にダメージが入るはずだった。

 青目は無傷。それどころか私の腕を掴んで振り回し、宙に浮いた所で腹を殴りつけられる。


「がっ、はっ! 」


 肋骨が何本か折れた音がした。

 痛みを堪えて、何とか距離をとる。


 ――こいつ、体内に結界を!


 至難のわざだ。

 それこそ、葵程の使い手でなければ真似はできないだろう。

 青目の肉体は既に治癒術で再生しており、その練度の高さを伺わせる。


 奴はは間髪入れずに、今度は両手を合わせて合掌する。


「“常世迦具土とこよかぐつち”」


 私達が立っている空間を、無数の目が埋めつくしていった。


 ***


「“天弓てんきゅう”」


 空から降り注ぐ無数の光の矢が、四条紗奈の肉体を貫いていく。

 だが彼女はそれを意に介することもなく、治癒術を発動しながら神野との距離を詰め、その右頬を殴りつけた。


 単に霊力操作によって強化しただけの拳だった。しかし、その一撃の余波は振り抜いた先にあった地形を破壊し、大地をめくりあげる。

 彼女はそのまま殴り、蹴り、連撃を加えて行った。


 ――速すぎる! 速すぎて、反応できない! 治癒術を使う暇すら無い!


 彼女の攻撃はまさに神速。

 神野が1発殴られたと思った時には、既に彼の体には4個の風穴が開いていた。


「“あた逆鉾さかほこ”! 」


 神野が腕に霊力を纏わせて、それを剣のように振るった。間違いなく紗奈の肉体を腰から切断した。

 だが、彼女の治癒術の精度は高い。斬られた瞬間、絶命する前に傷を回復し反撃する。

 神野の腹に、掌底がかざされた。


「“龍掌りゅうしょう”」


 ――まずい! 体内に結界を!


 彼は体内を守るため、体の内部に強力な結界を張った。大半の人間は、その発想にすら至らない神業。

 しかし、紗奈の攻撃はその上をいった。


「が、ああああああああ!!!! 」


 圧倒的な衝撃波によって、彼の内蔵は破壊し尽くされた。吹き飛ばされた体が、大地を大きくえぐりながら転がっていく。

 彼が通ったあとの地面は、モーゼが海を開いたように大きく裂かれ、あまりのエネルギーに大地がドロリと溶けだしていた。


 神野は今、久方ぶりの恐怖を感じていた。

 圧倒的な力を持った彼は、既に人の域を超えている。そんな彼にとっても、目の前の巫女はどう抗っても勝てない、絶望的な相手である。


 ――殺される······!


 そんな男の目の前に、再び巫女は降り立った。

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