第228話 復活

 私達は神野と青目の空亡がいない時を狙って侵入した。彼の姿どころか、霊力の残穢ざんえすら感じなかった。

 ここに近づく気配すらも。

 空亡の能力を使ったのなら、妖力を感じるはず。それもなかった。


「どうしてここに……! 」

「残穢を感じなかっただろう? 霊力を消すのは得意でね。姿は、そこのお嬢ちゃんに消してもらったのさ」


 ――沙羅の霊術か!


 やられた。奴らは私たちが葵を取り戻しに来ることを想定していた。

 だがそれがどうしたというのか。敵の本拠地に乗り込んで来たのだ。これくらいは覚悟していた。

 隙を作れば空亡の力で脱出できる。私は密かに、巫女装束の腰のポケットに手を忍ばせた。腕に抱いている沙羅が壁となって、向こうからは見えない。


「やるじゃない、びっくりしたわ」

「本当に褒めてやるべきは、そこのお嬢ちゃんだよ。さすがは四条紗奈の娘だ。非常に、隠すのが上手かった。君と違って」


 神野が指をくいっと動かすと、ポケットに入れていた腕に痛みが走る。

 頬にかかる自分の血。すぐに腕が斬られたのだと理解した。手の中から、ポトリと忍ばせていた物がこぼれ落ちた。


「スタングレネード、術師らしくない。誰の入れ知恵かな? 」


 彼の目は、葵に向く。


「君も存外バカだね。みすみす命を捨てるなんて」

「これ以上他人の命を捨てさせるよりマシだよ」

「そんな体で僕たちと戦うのかい? 出来損ないの空亡使いと一緒に? 冗談だろ? 」

「神野、葵ちゃんは······」


 夜子さんが彼に向き直った瞬間、青目の空亡の腕が、彼女の首を掴んだ。


「夜子さん! 」


 葵の悲鳴などには耳を傾けず、空亡は腕に力を込める。


「な、なにを······! 」

「もう龍神の巫女は復活させた、一部を除いてね。傀儡化にも成功したし、君は用済みだよ」

「な、まだ早すぎる······! 龍神の力を抑えきれないわよ! 」


「空亡! 」


 このままではマズいと思い、空亡で夜子さんの救出を試みる。

 しかし、相手の空亡も当然立ち塞がり、彼の行く手を阻んだ。


「くそっ! 邪魔だ! 」

「当たり前だろ、邪魔してんだから」

「っ! 夜子さん! 」


 なりふり構わずに葵が飛び出した瞬間、神野の腕が夜子さんの胸を貫いた。

 正面から入った腕が、彼女の背中側から飛び出し、先端から血液が滴り落ちて行く。


「ごぼっ! 」


 吐血したのを見て、神野は彼女をこちら側に投げ捨てた。


「いやぁ! 夜子さん! 夜子さん! 」

「神野! 」


 右腕が負傷しているのも構わず、私は奴に立ち向かった。

 しかし、力の差は歴然だった。彼が腕を一振りするだけで、私は風圧で壁に叩きつけられ、衝撃で体を動かすことも出来なくなった。


「後は君の心臓さえ手に入れば、我々の計画は成る」


 彼がもう一度腕を振るった。

 霊力によって作り出された刃がこちらに向かっている。斬られると思い、目をつぶる。

 その刹那、私の体は何かに弾き飛ばされて床に転がった。その耳には、確かにザシュッという誰かが切り刻まれる音が聞こえてきた。


「っ? 沙羅? 」

「おや、庇われちゃったか」


 倒れて動かなくなった沙羅。うつ伏せになったその腹からは、赤い血溜まりが生まれていた。


「沙羅! 沙羅! しっかりして! 」


 庇われたのだと察するより早くに体は動いていた。

 今は一刻も早く、この子に治癒術をかけなければいけない。

 空亡は青目に足止めされている。葵も、今は神野の追撃を防ぐので手一杯だ。

 私は沙羅を腕に抱いて、何度も空亡に教わった治癒術を試みた。


「くそっ! くそっ! なんでできない! 」


 やはり、何度やっても治癒術が成功しない。どうして私には、お母さんのような才能がないのか。

 私の代わりに、あの人がここにいれば、とっくの昔に何もかも解決しているのに。


「わ、私······恨んで、ない······」

「沙羅! 喋っちゃだめ! 」

「私、おね、ちゃん、のこと、大、好き、だよ? 」

「沙羅! 沙羅! 治れ! 治れ! 」

「へへっ、やっと、言えた······」


 彼女の腕から力が抜けていく。

 ダメだ、行かないで。そう念じても、私の腕から治癒術が流れることは無かった。


「嫌だ、嫌だよぉ! たす、けて······! お母、さん! 」


 冷たくなっていく体温と共に、沙羅の命が消えていく。

 無力な私には、もう涙を流すことしかできない。結局、また家族が私のせいで死ぬのか。


「ん、ん? 」


 諦めかけたその時、沙羅が腕の中で呻いて、目を開けた。

 傷が治っている。


「へ? なんで······。っ! 」


 最初、私が治したのかと思ったが、違う。

 神野は言った。「龍神の巫女は復活させた」と。

 私が知っている唯一の龍神の巫女で、なおかつ奴らの傀儡になど、とてもじゃないがならない人。

 そんな人物が1人だけいたのだ。


「私の娘に、随分と舐めた真似してくれるわね? 」


 長い茶髪に、素手で戦う独特の戦闘スタイルを持った、巫女装束を来た女の人。


「夜子! 貴様! 」

「ふふっ、ざまぁ、みなさい」


 間違いない。私がもっとも会いたかった人だ。


「お母さん! 」


 ――お母さんも、生き返っていた!


「遅くなったわね。助けに来たわよ、莉子! 」

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