第227話 罰

「どいてください空亡さん」

「刀なんて持ってそれ言うのか? そりゃ通らんだろ」


 沙羅が持っている小刀の切っ先には、私の血が滴っている。間違いなく、今しがた私を刺したのは彼女だった。


「沙羅、どうして……」

「どうしてって、決まってるじゃないですか。お母さんのかたきを取るんですよ」


 丁寧な口調だが、彼女の目は笑っていない。

 この子は本気で私を殺そうとしている。

 空亡もそれを察したのだろう。足を進める沙羅に向かって、能力を行使しようとした。


「待って! 空亡! 」

「だが、莉子……」


 仕方なく、彼は沙羅の前に立ち塞がった。彼女を傷つけずに捕まえるのなら、体術で制圧するしかない。

 しかし、彼が彼女の腕を掴もうとした刹那、沙羅の姿は忽然と消えた。


 次に現れたのは、私の目の前。お得意の隠密術を使ったのだろう。

 葵が飛び出そうとしたのを、片手で制した。


「莉子! 」

「来ないでください。空亡さん」


 そう言って、沙羅が刀を当てたのは自分の首筋だった。

『近づいたら死ぬ』そういう事だろう。


「……っ! 空亡、来ないで! 」

「何考えてる、莉子! 殺されるぞ! 」


 空亡が動きを止めたのを確認して、沙羅は1歩ずつこちらに歩を進めてくる。

 葵に離れるよう促した後、私も歩み寄った。


「私の、私だけのお母さんだったのに、お前が来たせいで……! 」


 私を睨むその視線。

 それは、ずっと予想していた眼差しだった。彼女はきっと、そう思ってるだろうって分かっていたから。


「沙羅……、私のこと、憎い? 」

「当たり前でしょ! 」

「そっか」


 彼女が刀を持つ手に力が入る。


「お前なんか、居なくなれば良かったんだ! 」


 見えていた。なんの訓練もしていない、素人の体捌きだ。

 やろうと思えば簡単に対処できた。彼女を傷つけることなく、取り押さえることができた。

 でも、私は、


 さっきとは違い、正面から腹を刺されている。何もしなければ致命傷だ。


「なん、で? 」


 腹から引き抜かれた刀を震わせながら、沙羅は怯えたような目でこちらを見る。

 どばどば、滝のような血が体から流れ出た。


「あなたには、私を殺す、権利があるから」


 ガクッと膝が崩れる。

 助けようとする空亡も葵も、私が来ないでと言ったら動かなくなった。


「ずっと考えてた。お母さんが、はあっ、死んだのは、私のせいだって。あなたから、はっ、何もかも、奪っちゃった、って……」


 私は、きっとこれを望んでいた。

 ただの死ではなく、きっと彼女に裁いてほしかったのだ。

 あの日からずっと後悔していた。それと同時に逃げていた。沙羅は、こんな私でも愛してくれるって。

 ありもしない幻想を抱き続けて、沙羅のことを見ていなかったんだ。


「ごめんね、沙羅……。あなたの、お母さん、居なくなったのは、私の、せい」

「あ、ああ、あああ……」


 途端に沙羅が頭を抑えて苦しみだした。

 どこかで見覚えのある反応だ。そう、あれは烏楽の、霧雨の時。


 はっとした。

 咄嗟に首にかけてあった勾玉を手に握って、沙羅に押し付けた。

 眩い淡い翡翠色の光が、彼女を包み込む。何か悪いものが、その細い体から抜けていくのを感じた。

 やがて光が収まると、沙羅はがくりと崩れ落ちる。私はそれを腕で受け止めて、空亡を呼んだ。


「莉子ちゃん、私……」

「うん、わかってる」


 空亡に治癒術をかけて貰いながら、沙羅を抱きしめた。

 道満の術にやられたのだろう。悪いのはこの子じゃない。

 もっとも、語った想いはきっと本物だ。


「ごめんね、沙羅。あなたのお母さんを殺したのは、私。でも、あとちょっとだけ時間を頂戴。全部終わったら、ちゃんと責任取るから」

「ち、が……う。私は……」


 何かを言いかけて、沙羅は気を失った。


「さぁ、夜子さん。観念して一緒に来てもらうわよ」

「そうは行かないわ」


 夜子さんがそう言った直後、突然感じる妖力。

 沙羅を抱いたまま、すぐさまその場を飛び退くと、見えない斬撃が床を切り刻んだ。


「約束は守らないとダメだよ? 莉子」

「神野……! 」

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