第225話 仲直り

 私達が眼前に立ちはだかってなお、葵は結界を構築することは無かった。

 それは彼女の霊力が、既に尽きていることを示している。


「外にあった結界もあなたが作ったんでしょ? だったら、もう戦う力は残ってないはず」

「……私を殺す? 」

「殺さない。仲直りしに来た」


 緑色の目が揺れて、蛍光灯の明かりを反射させた後、すぐに彼女はそれを隠すようにして目を伏せた。


「よく助けようなんて思うね。こんな奴」


 それから大きく息を吸い込んだ。細い腕の中に、溢れるものがあった。


「霊力……」

「へへっ、ちょっと無理するけど、仕方ないよね」


 既に葵は限界のはずだ。

 これ以上力を使えば、最悪命も危ない。


「空亡、手を出さないで」

「了解した」


 葵は私の初めての友達だ。私が取り戻さなければならない。


「たああああああ!! 」


 なんの術も帯びていない、ただ霊力によって強化されただけのパンチだった。

 私の手のひらで、それは簡単に受け止められ、2発目を放とうとした葵をそのまま投げ飛ばして、床に組み伏せた。


「私、には、夜子さんしかいないの。じゃないと、また、ひとりぼっちに……」


 さすがに、頭にきた。

 なんで、1人だなんて言うんだ。

 思いっきり彼女の頬を平手で叩いて、怒鳴りつけた。


「勝手に1人になるなよ! 」


 それからポッケからスマホを取り出して、スピーカーにした後、それを葵に突きつけた。


『葵ちゃん! 無事!? 』

「明、菜、ちゃん? 」


 続々と声が入ってくる。


『勝手に居なくなんじゃねぇぞ、葵! 』

 西郷拓真。


『早く帰ってこい。待ちくたびれたぞ』

 香月芙蓉。


『大丈夫です。文句を言う人は私達が叩きのめします』

 東雲朝水。


『葵ちゃんが好きなご飯、ありったけ作るよ! 』

 加賀悠聖。


『聞いたわよ。同じ境遇の者同士、もっと相談してよ』

 加賀茜。


『葵さん! あなたは、出来損ないなんかじゃない! もう覚えてないかもしれないけど、私は、あなたに救ってもらったんです! だからそんなこと言わないで、帰ってきてください! 邪魔するやつ全員、私がぶっ飛ばしてやる! 』

 神宮奏多。


 全員が葵の帰りを待っている。特殲にとって、西園寺葵は今までも、決して欠けてはならない重要なピースだった。


「なんで……? だって、私、裏切り者で……」

『葵ちゃんが喜んでそんなことする訳ないやろ! うちらはあんたのこと、信じてるんやから! 』

「……ここに来る前に、美緒って子と会ったわ」

「え? 」

「あの子も言ってたわよ。“信じてる”って」


 彼女の目が少し大きくなった。それから、堤を切ったように涙が溢れだしてくる。


「私も、信じてる。葵のこと。だから、一緒に帰ろ? あなたの居場所はきっとここじゃない」

「……無理、だよ。だって、私、リコちゃんに、酷いこといっぱい言った……。心も、体も傷つけた」


 泣きじゃくる葵の頭を胸に抱いて、壊れないように、赤ん坊を抱くみたいに撫でる。


「そんな傷よりもね。あなたがいなくなる方が、ずっと痛いのよ」

「うっ、ぐっ、うあああああああああ!! 」


 ついに彼女は声を張り上げて泣き出した。

 抑えていたものが声となって溢れて、彼女の内心がそこにあった。


「私はありのままのあなたが好き。だから、あなたの本当の気持ちを教えて。私も本当の私で向き合うから。教えてよ、に」

「私、人殺しの手伝いなんて、したくない! 夜子さんを連れ戻して、みんなとも、一緒にいたいよ! 」

「うん。じゃあ、一緒に行こう」


 立ち上がる足が驚く程に軽い。

 差し伸べた手にも、一切の迷いは無かった。

 葵も、ゆっくりと手を伸ばし、そして私の手を掴んだ。


「……うん! ちゃん! 」


 あぁ、友達と喧嘩して仲直りするのって、初めてだなぁ。

 暖かい胸の内で、そんなことを思っていた。


 ***

 あとがき


 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 このエピソードはずっと書きたかった話の1つで、これを書くために葵と莉子の絡みが産まれました。

 今後のこの2人の活躍にご期待ください!

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