第224話 西園寺 葵③

 気がついたら朝だった。

 格子の向こうに付けられた窓からの光が差し込んで、コンクリートの床を照らしている。

 ここは独房だろう。目の前には鉄格子が私の前を塞いでいた。


 カツカツと、ヒールの音が広い部屋に響く。

 その音が止まった時、おもむろに顔を上げた。

 黒いフードとローブを身にまとった、怪しげな女性が立っていた。温和な印象を受ける目だ。


「おはよう。ごめんなさい、あなた錯乱してたから。一旦ここに入ってもらったの」

「あなた、は? 」

「討魔庁長官補佐、一条夜子。あなたと、それからお母さんの身に何が起こったか。大体は把握してるわ」

「お母、さん? っ! うっ! おえぇ! 」


 目に焼き付いた赤がフラッシュバックして、私の吐き気を刺激した。

 胃液をぶちまけて、肩で息をする私を見て、夜子さんは慌てた様子で格子を開け放ち、中に入ってくる。


「大丈夫、大丈夫よ。あなたは何も悪くないわ」


 優しく、穏やかな手つきで背中をさすってもらうと、次第に私は落ち着きを取り戻した。


 ***


「葵ちゃん、いよいよ来年ね。討魔官の訓練」


 私はあの日から、夜子さんに拾われた。

 彼女は、何もかもを与えてくれた。家や食事だけでは無い。

 私が霊術を1つ習得する度に、頭を撫でて認めてくれた。私が何より欲していた、『肯定』をくれたのだ。


「うん。でも、不安だなぁ」


『妖喰らい』となったことによる副作用で、私の霊力は不安定になった。

 ただ使うだけなら問題は無いが、過度な使用や長時間に渡っての戦闘による代償は、体の不調となって降りかかる。


 リビングでテレビを見ている夜子さんの隣に腰掛けて、私も同じ番組を見た。

 音楽番組だ。忘れもしない。私はその瞬間、心臓を撃ち抜かれ、脳を焼かれたのだ。


 計算し尽くされたダンス。一切の淀みのない歌声。なにより等身大のパフォーマンス。

 圧倒された。何も飾った態度など無いのに、彼女は、完璧に見えた。


「夜子さん、この人は? 」

「あぁ、“リコ”ちゃんっていうアイドルなの。知り合いの娘さんで……」


 そのあとの言葉は耳に入っていなかった。

 テレビの中の『リコ』の世界に引き込まれたのだ。もう目が離せなかった。

 歳は私と変わらないのに、リコちゃんはとても大きくて、そして強い。


 やがてパフォーマンスは終わり、司会の人がリコちゃんにインタビューを始めた。


『どうして、アイドルを? 』

『……認めて欲しかった、んだと思います。沢山の人に』

『なるほど。では、アイドルを通して、何か伝えたいことなどはありますか? 』

『私みたいな人って、きっと沢山いると思います。もっと沢山の人に認めて欲しい、肯定されたいって人。そんな人達に私の姿を見てもらって、勇気を与えたいんです。って、それを知って欲しいんです』


 その日から、リコちゃんは私の『推し』になった。

 多分、人生で初めて見つけた、熱中できる趣味だったと思う。



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